12.対峙・過去の冒険者


 マルードの姿が消えた。

 とはいえその動きは把握している。

 ギギとイグルは一気に詰めよって武器を振るった。


「はぁっ!」

「フッ!」


 大鉈が空を切る音と、槍が空を割く音がする。

 能力が向上しているので攻撃力も上昇しているのだ。

 そのためこの一撃はAランクの魔物であっても仕留めることが出来る。

 ギギであれば武器の重さで叩き割る。

 イグルであれば武器の鋭さで切り裂いてしまう。

 もちろんギギの大鉈も特別な研ぎに掛けているので鋭さも天下一品なのではあるが、使用している鉄の量からやはり重さを生かした戦い方になってしまうのだ。


 二つの刃がマルードに襲い掛かる。

 だが彼は片刃の長剣を巧みに操り、尚且つ『俊足スキル』を遺憾なく発揮して危なげなく攻撃を防いでしまった。

 その流麗さたるや目を見張るものである。


 ついでと言わんばかりに二人を思い切り蹴飛ばした。

 スキルの効果も相まって威力はすさまじく、防具越しでも強い衝撃が二人の腹部を襲う。


「「ぐ!」」


 それと入れ替わるようにして突っ込んできたのは女店主。

 マルードが蹴りを入れて態勢を整えていない所を狙った完璧な奇襲だ。

 両刃剣が彼に接触するか否か、といったところで彼は裏拳を両刃剣の腹に入れる。

 それによって軌道が逸れてしまい地面に切っ先が突き刺さった。


「嘘だろ!?」

「──」


 次の瞬間、横っ腹に凄まじい衝撃が走る。

 マルードが回し蹴りを女店主に喰らわせたのだ。

 苦痛に顔を歪めたと同時に吹き飛んでいく。


 前線を張っていた三人が簡単に吹き飛ばされた。

 マルードは立っているもう三人を視界の中に捉え……顔を向ける。


「「ひっ!」」

「聖魔法……! 漆黒照らす月明りよ、亡霊を打ち消せ!」


 ガリガリッと杖で地面に一線を引く。

 それと同時にマルードが突っ込んできて攻撃を仕掛けたが、その線から奥には進めないらしい。

 壁に思いっきりぶつかったかのようにして弾き返され、更に片腕が吹き飛んだ。


 これがヨナが得意とする聖魔法。

 時の変化によって魔法の詠唱方法が明確化され、ここまで短略化されるようになった。

 彼女の師匠が短略詠唱と無詠唱を扱うことが出来るため、教えられてここまでできるようになっている。


 そして聖魔法はアンデッドや亡霊に非常に有効な魔法だ。

 どれだけ強いレイスであっても、この魔法の前には成す術がない。


「──!」

「睨まないで~? こっちだって必死なんだから! それじゃあね!」


 カツンッと地面を杖で叩く。

 するとマルードの足元に淡い光が発生した。

 その瞬間彼の姿が一気に崩れていく。

 脱出しようともがいていたがそう簡単に脱出させるわけもなく、マルードはそのまま消滅してしまった。


 ガラン、と音を立てて転がった片刃の長剣だけが残る。

 しかしガタガタとしばらくの間動いていた。

 ヨナが再び聖魔法をそれに向けて掛けると静かになったが、これで亡霊を何とかできたかどうかまでは分からない。


 なんにせよ脅威は一時的に去った。

 ヨナが大きく息を吐くと、彼女の後ろで縮こまっていた二人はへなへなと座り込んでしまう。


「怖かったぁー!!」

「こ、こわ、かった……!」

「あー、大丈夫だよー。もう怖いのいないよー」


 ヨナが二人の頭をぽんぽんと触る。

 これだけで恐怖心が消えるわけではないが、脅威が去り安堵したことで感情が噴出していた。

 ロロは泣きながらタリアナの胸に顔を埋める。

 タリアナも震えながらロロを抱えていた。


 防御できたとはいえ、大人が殺意を露わにして剣を振ってきたのだ。

 初めてそれに遭遇するのであればこうなるのも無理はない。

 自分も昔はこんな感じだったな、と思いながら落ち着くまで二人の頭をポンポンと撫でる。


 その後ろでは何とか立ち上がって自力で合流したギギとイグルが腹を押さえていた。

 いくらSランク冒険者とはいえ、亡霊にあそこまでやられるとは思っていなかったのだろう。

 しかしヨナの支援魔法があっても太刀打ちできなかった。

 できた事といえば、相手の動きを目視した程度だ。


 どうやら思っている以上に自分は弱いらしい。

 そう再確認してしまった二人はなんだかバツが悪そうにしながら頭を掻いている。

 Bランク冒険者になってそこそこできるようになったと勘違いしていたようだ。

 上には上がいるとは思っていたが、ここまで違うとは思っていなかった。

 何もできずに蹴り飛ばされたことが悔しくてたまらない。

 ギギは大鉈を、イグルは槍を強く握っていた。


「……ああーっと……いいかなー?」


 重くなり始めている空気を察して、少し遠慮気味に声をかけてきたのは女店主だった。

 彼女に視線が一気に集まる。

 この中で唯一普通に喋ることが出来そうなヨナが代表して返事をした。


「まず、お名前を」

「私の名前はテレス・ファマリアル。ローデン要塞で代々続いている異国料理店の店主さ。あっちにいるのはロシュ・マヴォルのロン。子供の頃から世話してたらたまたま上位個体だった」

「ロシュ・マヴォルは長い間生きなければ能力が使えないと聞いたことがあるのですが」

「ありゃでまかせだよ。過酷な環境下に居ればいやでも力を身に付けないと食べられちまうんだ。私だって修行中にこの子と出会ったしねぇ」


 昔を懐かしむように空を見上げる。

 そして思い出してしまった過酷な修行に顔を青ざめた。

 頭を振るって嫌な思い出を払いのける。


「まぁ、それはいいです……。色々聞きたいんですけど、いいですかね」

「それが道理だろうねぇ……。巻き込んでしまったわけだし」

「巻き込んだとは?」

「これだよ」


 女店主……もといテレスは懐から例の手紙を取り出した。

 ロロをちらと見やったが、一つ息を吐いて説明しはじめる。


「成り行きを説明すると長くなるんだけどね……。これは五年前私が書いた手紙なんだ」

「貴方が?」

「道理で使者が来ねぇわけだよ……。まさか郵便局ギルドで止まってたなんて」

「……何処に届けようとしたんです?」

「リヴァスプロ王国」


 大きな国の名前が出てきた。

 リヴァスプロ王国はここキュリアル王国から西へ行った所にある大国だ。

 昔は繁栄していたらしいが、今はそのなりを少し潜めている。

 キュリアル王国の様に何か英雄譚がある訳でもなく、過去の栄光に縋っているという話も聞いたことがあった。


 しかし共通認識として、キュリアル王国とリヴァスプロ王国は仲が悪いという事。

 キュリアル王国のせいでリヴァスプロ王国の繁栄が衰えた、という話をヨナは冒険者伝手で聞いたことがある程度なので詳細は知らない。

 一方的に恨んでいる、という噂もあるのでどれが本当の話なのかは当事者にしか分からないだろう。


 テレスは話を続ける。


「五年前の話だし、ここまで来たら教えるけど……。私はリヴァスプロ王国の人間からキュリアス王国転覆の為に手を貸そうとしてたんだよ」

「えっ……!?」


 とんでもない発言に全員の警戒心が一気に高まる。

 それを感じ取ったテレスは手を前に突き出して誤解を解く。


「いや待ってくれ! 落ち着いて! ……手紙にはロンの唾液が塗り込まれてて、この手紙を手に取らないと私の屋台は見えないんだ。一年間墓地の前で待機してたけど来なくて、四年間キュリアス王国で適当にぶらぶらしてた。今となっちゃ、リヴァスプロ王国の人間は私を血眼になって探してるはずさ。だってキュリアス王国転覆の話しちゃってるんだから」

「「……だ、唾液……?」」

「ん? 知らないのか? ロシュ・マヴォルの姿隠しを見破るには、ロシュ・マヴォルの唾液に触れる必要があるんだ」

「「汚い!!!!」」


 ぞわわっとせりあがってきた嫌悪感を払拭するために、とりあえず地面に手を擦って見えない汚れを落とす。

 一刻も早く水で手を洗いたい。

 ギギもひっそりと手を服で拭った。

 二人で「うわああああ」といいながら気持ち悪がっているのを無視し、テレスは話を続ける。


「話を戻すけど……。いま私はキュリアス王国を転覆させようって話を持ち逃げしてるってリヴァスプロ王国には認識されてる。要するにお尋ね者ね。それに気付いたのはお嬢ちゃんが私の手紙を持って屋台に来てくれた後」


 今までずっと姿を隠していたので危機感も何も覚えなかった。

 手紙は無事に向こうに届きはしたが、彼らがただ自分を見つけられないだけだと思っていたのだ。


 そして五年ぶりにやって来た使者と思わしき少女。

 最初はまさか、とは思ったがここに辿り着くためにはあの手紙に触れるしかない。

 なによりあんなか弱そうな子供がロシュ・マヴォルの唾液をどこかで触ってしまったとは思えなかったのだ。

 ロンの唾液でなければ見ることはできないのだから尚の事。


 しかし、少女は何も知らなかった。

 何も知らない子供が手紙を手に取り、この場に来た。

 と、いうことはキュリアス王国に手紙は残っており、彼女はそれを発見しているはずだった。


 この事により、リヴァスプロ王国の使者に手紙が届いていないという事実が浮上する。

 協力をテレスに頼んだのに本人がどこにもいない。

 こんな大事な情報を持って何処に逃げた、と血眼になって探しているはず。

 一瞬でお尋ね者になっている可能性が浮上してしまった。


 そして……この手紙にはとある仕掛けが施してあった。


「この手紙には死者を呼び起こす召喚魔法みたいなのが施されてるんだ」

「そんなの聞いたことありません」

「正確にはレイスを召喚する魔法。過去の文献から魔族の使用していた魔法を調べていくうちに、召喚魔法なるものが発見された。それを基盤にしてレイスを呼び起こすことが可能になったんだ。強い人間であるほど、上位個体になる可能性が高まる。発動条件は……手紙が墓地の地面に触れる事……」


 魔力の失われた手紙を見て嘆息する。

 もう魔法は発動してしまっており、恐らく今日から少しづつ過去の冒険者たちがレイスの上位個体となって蘇るはずだ。


 ロロが手紙を廃棄したのであれば御の字だったが、もしも保持しているのであれば大問題。

 テレスは手紙の有無を確認するために二人を追跡したが想像以上に逃げ足が速くて大苦戦。

 結果……手紙に施された魔法が発動してしまった。


「ちょっと待ってくださいテレスさん。どうやってキュリアス王国を転覆させる予定だったんですか?」

「今まさにやってるこれだよ。過去の亡霊を蘇らせて……街を、国民を……ね」


 説明した後、テレスは頭を抱えた。


「いやもう最悪! リヴァスプロ王国の話を受けたから準備したけど! 今あいつら関係ねぇし! なんならこの主犯私じゃん! 私が何とかしないとキュリアス王国からもお尋ね者になる! ローデン要塞帰れないってまじで!」


 今まさに罪を指摘しようとしたヨナだったが、どうやらしっかり自覚はあるようだった。

 お咎めなしとまではいかないが、この事件が解決するまでは協力してくれそうだ。


「とにかく! お前ら手伝え!!」

「……お前が言うな!!!!」


 イグルの鋭いツッコミが夜の墓地に響き渡った。

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