11.キュリアス王国墓地


 夜になると一気に暗くなる墓地は来る者の足を遅くさせるような気がした。

 しかし月明りが大地まで届いており、松明も不要なほどの光量をもたらしてくれている。

 これだけ明るければなにかに躓くことはなさそうだ。


 大小様々な石が丁寧に陳列されていた。

 日頃から手入れされているものもあれば、そうでないものも見受けられる。

 ある程度は綺麗にされているようではあるが……気持ち程度だ。


 夜風が墓地を通り過ぎていく。

 それと同時に数名の足音が聞こえてきた。


 キュリアス王国墓地の依頼を請け負っている不動パーティーのメンバーと、ロロとタリアナである。

 ギギたちは昨晩の間にこの仕事を終わらすことが出来なかったので、今日もここに足を運んだ。

 結果から言えばレイスは出てこなかったが夜草が意外にも多くて厄介だったため、一夜で全て取り除くことはできなかった。

 なので今日は大きな鎌をもう一つ新調しての挑戦となる。


 そして……パーティーメンバーのイグルとヨナには詳細こそ避けているものの、ロロとタリアナが危険な状態にあるということで護衛をしてもらうことになった。

 詳しく話を聞いて来ないのはこの二人の良いところだ。

 どう誤魔化すか考えていたギギにとって、説明の必要がないのはとてもありがたい。


 しかし急に喋るようになったものだから心底驚いていた。

 流石にこの心境の変化だけは説明をしなければならなかったらしく、ギギはしどろもどろになりながら何とか説明をしていたようだ。


「んじゃ今日はよろしくにぇー」

「よろしくです!」

「よろしくお願いします」


 ヨナがロロに手を振りながら挨拶をする。

 誰にでもこのような態度なため女性陣にはすぐに受け入れられた様だ。

 ロロとタリアナの二人は、ヨナの近くに居て後ろから作業を見守ってもらうことにしている。

 見学しながら、ここに何があるかを探す予定だ。


 挨拶もそこそこに、一行は目的地へと進む。

 百鬼夜行で犠牲になった冒険者たちの墓を素通りし、夜草が生い茂っている場所に到着した。

 ギギとイグルは大鎌をもって除去に当たる。

 軽々と振り回しているので自分でもできそうだな、なんて思いながらロロは周囲をキョロキョロと見渡した。


 ここで女店主が企んでいることの証拠を掴まなければならないのだ。

 運よく何か見つかればいいが、と思いながらロロは手紙を取り出した。


「……?」


 炙り出しで出てきた文字が……淡く光っている。

 時間が経つごとに光の強さが増し、ついにはランプも必要ないほどになった。


 その変化に誰もが気づく。

 ヨナが不思議そうにそれを見ていたが、魔法使いである彼女も知らない現象だ。


「なに……!?」


 思わず手紙を手放してしまう。

 光る手紙はヒラヒラと宙を舞いながら地面に落ちていく。


「まぁてええええええい!」


 突如、轟くような女の声が全員の耳に突き刺さった。

 ロロとタリアナは、それに聞き覚えがある。


 声のした方を見やれば、女店主がロシュ・マヴォルの背中に乗って全速力で走ってきていた。

 跳び跳ねて驚いた女性陣は、すぐさまギギとイグルのいる方へ走り出す。


「なんだあれ!?」

「ロシュ・マヴォル! 魔族領の魔物です!」

「まじかよ!」


 イグルはすぐに背中に担いでいた槍を構える。

 ギギも同じように大鉈を手にして前に出た。

 二人の後ろに下がったヨナは杖を掲げて詠唱の準備に入る。


 こんなところまで追ってくるとは、余程のことがあるのだろう。

 すぐにでも突っ込んでくるぞ、と気を引き締めていた三人だったが……。

 女店主は予想外の行動に出た。


 ロシュ・マヴォルが尻尾を使って女店主を投げ飛ばす。

 だがそれはギギたちが構えている場所までは到底たどり着かないようだった。

 しかし……手紙にはギリギリ手が届く。


「ぬおおおお!」


 地面に落ちる前に、女店主は光る手紙を掴もうとしていた。

 その事に気づきはしたが、もう阻止することはできないだろう。


 女店主が手を伸ばす。

 投げ飛ばされた勢いそのままに、飛び込むようにしながらヘッドスライディングをかました。

 しかしそんな努力も虚しく、ヒラヒラと舞っていた手紙は彼女の手からスイッと逃げて地面に着地する。


「うわああああ! まじかああああ!」


 大慌てで地面に落ちた手紙を拾うが、それは急速に光を失っていった。

 それを見て女店主は顔面を蒼白にさせる。


「まじかよおおおおおお!」

「……え、あの人……どうしたの?」

「わかんない」

「……?」


 ロロとタリアナがひそひそと話す。

 その隣で様子を見ていたヨナが目を凝らした。


「……手紙の魔力が消えてく……」

「「手紙の魔力?」」


 この場に居るほとんどの人間は、手紙から抜けていく魔力を感知することはできなかった。

 だが魔法使いであるヨナだけは理解できる。

 強く光を発していた手紙に魔力が多く含まれており、それが消えると同時に霧散していったのだ。


 なにか悪いことが起きそうな気がする。

 そんな予想を的中していると言わんばかりに、女店主が大きな声を張り上げた。


「お前らぁ!! レイスぶっ飛ばせる奴いるかぁ!?」

「は!? お前何言って……」

「緊急事態だ! 緊・急・事・態! もう争っていい状況じゃなくなったんだよ! ああもう! だぁから話聞けって言ったんだよこの小娘ぇ!!」

「え!? 私!?」


 叫び散らしながらビシッとロロに指をさす。

 その剣幕に押され、ロロはヨナの後ろにそこそと隠れた。

 二人を守る様にしてギギとイグルが前に出る。


「お前は一体なんなんだよ! 説明しろ!」

「してる暇がねぇんだよぉ!」

「では……今から何が起きる……?」

「レイスが出て来る! それも……とびっきりの上位個体がなぁ!」


 その時……女店主の後ろで待機していたロシュ・マヴォルが声を上げた。

 ギクリ、と顔をこわばらせた女店主はバッと墓の方を見る。

 彼女が見ているのは百鬼夜行で犠牲になった者たちの墓だ。


 そこで……武器が、動いた。


「「「「「……えっ」」」」」


 突き刺さっている大きな片刃の長剣。

 それがぐらりと動いたのだ。

 そして何かに引き抜かれるようにして、肩に担ぐような動きをした。


 次第に白い靄が足元から広がり、それは氷柱を形成する様にして体を構築する。

 うすぼんやりとした曖昧な姿ではない。

 亡霊とは思えない程にはっきりとした姿で顕現したそいつは、体から白い煙を吐き出しながら息をしていた。


 トゲトゲの赤い髪、額にはバンドが巻きつけられており、その顔立ちは歴戦の戦士のような厳つさを有し、瞳の宿っていない眼は不気味に動いていた。

 ボロボロのマントを防具に付けており、明らかに古い武具がはっきりと見えている。

 どれも使えるのかどうか怪しいほどのぼろ具合だが、彼は気にすることなくその場に立ちすくんでいた。


「──」


 蘇った亡霊が顔を上げた。

 白い煙を体中から吐き出しながら一歩進む。

 片刃の長剣をぐっと握ったと思ったら、イグルの目の前に出現した。


「ほ!?」


 バギィンッ!!

 間一髪で反応したイグルはその斬撃を何とか受け止める。


「ヨナ! 支援魔法!」

「わ、わかった!」


 イグルがヨナに声をかけている間に、ギギが即座に動いて亡霊を切り上げた。

 しかしその攻撃はいとも簡単に躱されてしまい空を切る。

 渾身の力で対処したのだが、どうやらこの亡霊は相当な実力者であるらしかった。


 だがそれはスキルによるものが大きいはずだ。

 彼が使っているスキルを把握することが出来れば対処はできる。

 それに、こちらにはヨナという心強い味方がいた。


「精霊よ! 加護を与えたまえ!」


 杖をコーンッと地面に叩きつけると、イグルとギギの体がほんのり赤く光った。

 しかしそれはすぐに霧散する。


 これはヨナの支援魔法だ。

 あまり得意な魔法ではないのだが、これを使ってもらうだけで前線に出る者たちは身体能力が向上して洞察力も鋭くなる。

 従って、今し方蘇った亡霊の動きも分かるようになった。


 さぁ行くぞ、と足を踏ん張ろうとした時、女店主がどこからともなく両刃剣を取り出して亡霊に躍りかかる。

 凄まじい五連撃を繰り出したあと、双方は地面を蹴って距離を取った。

 女店主はイグルとギギの方に後退する。


 二人は警戒したが、彼女の視線は亡霊から離れない。

 目線をそのままに口を開いた。


「二十三年前の百鬼夜行で犠牲になったSランク冒険者の一人、マルード。『俊足スキル』を持ってるって聞いたことがある」

「え、Sランク!? ていうか何で亡霊が!?」

「説明してる時間はねぇっつってんだろ! 今はあいつ仕留める! じゃないと次が来る!」

「……次……?」


 不穏にさせるようなセリフが聞こえた。

 ギギはその言葉に嘘偽りはないことが分かった。

 こんな状況で嘘を口にする方がおかしい。


 亡霊……もといマルードを見てみれば、彼は手首を回しながら長剣を振り回している。

 そして体が少し傾いた。


「「来る!」」


 ヨナに付与してもらった支援魔法のお陰で相手の動きを見ることが出来た。

 ギギは大鉈を肩に担いで走り出す。

 それを見たイグルは反対方向へ走り出し、女店主は両刃剣を真正面に構えた。

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