5.Side-ギギ-冒険の準備
ロロが手に持っている短剣は解体用のナイフだ。
しかしこの店で取り揃えている中で最も大きい物を触っていたらしい。
分厚い鉄で頑丈に作られているので、骨まで簡単に断つことが出来そうな業物だった。
ギギはこんなところで何をしているんだ、という表情を露わにしてロロを睨む。
もちろん髪の毛のせいで目元は見えないのだが、彼女には言いたいことが伝わった様だ。
わたわたとしながら何とか説明しようと言葉を出そうとするがうまくまとまらず、とりあえずそっ……と解体用ナイフを元の位置に戻した。
「えーとねぇ……」
「……んん」
問い詰める様に喉を鳴らす。
ロロは観念したように頭をぽりぽりと掻きながら白状した。
「冒険って危険じゃん……? だから身を守れるものを~……なぁーんて……。ほら、私だと鍛冶師さんから大きな武器は貰えないだろうし! こういうところで……」
「はぁー……」
「えっ、服?」
ギギはロロの服を指さす。
冒険が危ない物だと理解しているのであれば、武器よりも防具を優先するべきである。
戦えない者が戦うことを前提にしてはいけない。
逃げることを優先し、少しでも生存率を上げるためには防具の方が必要だ。
軽く喉を鳴らして指摘すると、彼女は心底納得した様子で頷いていた。
本当に分かっているのか不安になるがロロはギギの言葉を完全に理解する。
どうやって理解しているのかは兄である自分でも分からないが、言いたいことが伝わったのであればそれでいい。
とはいえ、ロロに防具を準備する余裕はないだろう。
普通に働いている女の子なのだから冒険者が得るような大金は持っていない。
そこでギギは自分が過去に使用していた防具の存在を思い出す。
まだロロと同じような背丈だったことに身に着けていたレザー装備だ。
体が大きくなり、筋肉量も増えたことで新調したのだがそ、れから手つかずで家に放置されている。
あまり状態は良くないので売却もできなかったのだが、今なら役に立ちそうだ。
「ん」
「え、お下がりくれるの!?」
「う」
「やった!」
喜んでいるロロを見ながら、帰ったら綺麗に洗わなければならないな……と苦笑いを浮かべる。
これが一番の大仕事になりそうだ。
さて、ここにやって来たのはロロに過去に使用していた防具を譲る約束をする為ではない。
夜草を素早く除去する刃物を探しに来たのだ。
折角なのでロロにも手伝ってもらうように伝える。
彼女はノリノリで了承し、一緒に店内を見て回ることになった。
こうしてみると様々な形の刃物があるものだ。
一体何に使うのか分からないようなものも多い。
とはいえそれに見合った使用用途があり、需要もあるからここに並べられているのだろう。
変な形の刃物を見つけてはこれは何に使用する物かを話し合いつつ、使えそうな刃物を探していく。
ロロには大きな雑草を刈り取る刃物が欲しいと伝えているので『これなんかどう?』と使えそうだと思ったものを見せてくれる。
草を刈り取ると説明したのに包丁を指さすので、本当に理解しているのか疑問がよぎった。
冗談で言っている店内を見ていくと、ようやく鎌を発見できた。
長い間放置されている様だし、夜草は大きくなっている事だろう。
ともなれば少し大きめの鎌があった方がいいかもしれない。
ヨナにレイスを任せることになってしまうので、除草作業は自分とイグルで何とかしようと今しがた決定した。
であれば鎌は二つほ購入しておくべきだろう。
最後は焼却処分となると思うが、そこだけはヨナに任せることにする。
購入する鎌を二人で選んで暫く経った。
その中で手頃な小さな鎌と、太い蔦でも刈り取れそうな大きい鎌の二種類を購入することにする。
大雑把にできるところは雑に、慎重にやらなければならない場所は丁寧に……。
この二つならその役割を果たせるだろう。
「重い……」
「う」
見栄をはって大きな鎌を運ぼうとしたロロだったが、力がないのでよたよたとして危なっかしい。
見かねたギギがすぐに大きい鎌を持ち、小さい鎌のみを任せた。
元々大きな鉈を降るって戦うギギにとって、鉄の使用量が少ない鎌など手提げカバンほどの重さしか感じない。
しかし……片手に大鉈、片手に大鎌を持っているギギは少し注目されているようだった。
とはいえ恥ずかしがる様子もなく、そのまま外に出る。
そこでギギはふと足を止めた。
(さすがにこのまま墓地には行けないな……。下見に行ったことがロロにばれてしまう)
目的地は墓地だが、ロロを連れては行けない。
なんとか説得して家に帰ってもらわなければならないが、なんだか最後まで付いてきそうな目をしていた。
大方、冒険者の仕事に興味があるのだろう。
危険な仕事だということは知っているはずだが、やはり興味とは抑えられないのかもしれない。
かといって連れていく気はなかった。
ギギは家に放置されている古い防具が仕舞ってある場所を教え、ロロに洗って貰うように指示を出す。
ゼスチャーで簡単に伝えたが、彼女はそれを完璧に理解したらしい。
「うう」
「あ、そうだね! わかった!」
(なんでわかるんだ……。まぁいいけど)
兄であるギギも、やはりこの感覚には慣れなかった。
もしかして人の心を読むスキルでも貰っているのではないか、と思ってしまう。
とはいえそういう話は聞いたこともないし、本人からも教えてもらっていない。
本当に心を読むことができるなら、今ギギが隠している依頼のこともばれているだろう。
なので、やはりそんな便利なスキルは持っていないはずだ。
ロロは小さい鎌をギギに渡し、自慢の『疾走スキル』で駆けていく。
使い慣れている為か人や物にぶつかることもなく自宅へと向かっていった。
ギギは相変わらず速いな、と感心しながら小さい鎌を腰に携えて墓地へと向かう。
あのスキルがあるならそう簡単に魔物から攻撃を受けることもないだろう。
怖気づいて足がすくまなければ大丈夫なはずだ。
(……護身用に小さい投げナイフ位は渡しておくか)
大鉈と大鎌を担ぎ直し、墓地へ向かう。
奇抜な姿をしていたが誰かにちょっかいを掛けられることもなく墓地の教会に戻って来た。
購入してきた鎌を教会に置いておき、自分は現場の下見をするためにライキンスに話を通す。
「う」
「……ん?」
「……う」
やはりロロと同じようにはいかないようだ。
懐から紙を取り出し、そこに夜草を除去して欲しい場所とレイスを目撃した場所へ案内して欲しいと書いた。
ライキンスはすぐに頷いて教会から出る。
そういえばこの墓地は始めて来た。
滅多なことではこんなところには近寄らないし、面白半分で訪れるような場所でもない。
来たとしてもくまなく探索することなどまずしないだろう。
ライキンスに案内されながら、ギギは先人が眠る地をしっかりと目に焼き付ける。
ここは共同墓地であり、様々な人々が眠りについている場所だ。
流石に貴族たちはこの場にはいないだろうが、かつて偉業を成した人物などはキュリアス王国に根を下ろして骨をここに埋めたらしい。
それに……ここは二十三年前の百鬼夜行で犠牲になった冒険者たちが多く眠っている。
彼らは果敢に戦い、散って行った。
戦いは苛烈を極め犠牲者は骨すらも残らなかったとされているが、その代わりに彼らが使っていた武器が地面に突き刺されている。
墓地の一角に、その武器が見えた。
大きな大剣だったり、小さな鋭いナイフだったり、長い杖だったりと使用していた武器は様々だ。
野ざらしになっているのでそのすべてが朽ちたり錆びついたりしている。
それを見てギギは少し寂しい気持ちになった。
墓地という場所がこの感情を肥大化させているだけかもしれないが、彼らの多くは忘れられていそうだな、と感じたのだ。
「気になりますか?」
ふと、ライキンスが大量の武器が突き刺さっている場所を見て呟いた。
ギギはそれに小さく頷く。
「二十三年前、百鬼夜行という呪いがキュリアス王国にばら撒かれました。あそこに眠る彼らは……その呪いに真正面から挑んだ冒険者たち。あの武器は彼らが使っていたと思われるものですが、確証はありません。しかしこれらは英雄の証です。今もそう伝えられているでしょう」
短剣、長剣、細剣、杖、盾……他にも様々な武器がある。
よく見てみると地面には防具も転がっている様だ。
なんだか不法投棄されてしまった武具のようにも見えた。
これは誰もこの場に立ち寄らず、手入れをしていないからなのだろうか?
ライキンスが静かに続ける。
「ですがこの場に来たのは……後にも先にも一人だけでした」
「……う?」
「墓守です。彼が誰もここに近づけなかったんです。レイスが結構出現したので」
そんな過去があったのかとギギは改めて武器の山を見た。
確か……レイスは強い魔力を持つ死者の体から生まれるはずだ。
だがここに死体はないはずである。
なのにレイスが出現するのはおかしい。
今出現している個体は最近埋葬された人物から生まれたものだろうが……。
武器からも生まれるのだろうか?
そんな話は聞いたことがないが……。
紙を取り出して質問する。
ライキンスはそれを読み、小さく頷いた。
「呪いですよ。死者の魂は武器に宿ったのです。そのため……しばらくは街中でレイスが出たという騒ぎが収まりませんでした。それを何とかしたのが墓守で、レイスが出ない昼間に武器を回収して、あそこにすべて突き刺したのです。武器も、防具も、衣服すらも」
流石に二十三年も経っているので衣服などと言った朽ちやすい物のほとんどは既に失われている。
だが呪われてしまった武具や衣服を一箇所に集めたおかげ、街中のレイス騒ぎは成りを潜めた。
その代わりここでレイスが湧くようになったが、墓守がすべて仕留めている。
二十三年経った今もそれは続いていたのだがつい先日、レイスに墓守が怪我をさせられた。
ライキンスはすぐに冒険者へと駆け込んでレイス討伐の依頼を出し、ついでに夜草の除去依頼も出した。
どちらも高額な報酬額だったが、背に腹は代えられない。
お金の代わりに安全が確保できるならば安いものだ。
「だからお三方には感謝しています……。金銭的余裕がないのは事実でしたから……」
「う……?」
ギギは分かりやすいように首を傾げる。
彼の生活を見れば決して裕福ではないということは分かったが、ここは墓地で多くの人々が利用している。
教会からの支援は無いのだろうか?
その反応はライキンスも分かったらしく、すぐに答えてくれた。
「レイスが定期的に出るような教会にはね……。あんまり大きな支援をしてくれないんです。撤去しなさい、とよく言われています」
「……」
「さすがにそんなことできませんけどね。さ、ここです」
苦笑いをしてはぐらかしたライキンスは、目的地に辿り着いて指をさす。
幾つかの墓が点々としている場所で、戦いやすそうではあった。
しかし夜草が異常に多い。
日中は枯れるように縮こまって凝縮されており、少し触ってみれば鉄のような感覚がある。
今持っている大鉈でも切断することは難しいだろう。
よく観察してみれば、根は地表に広がっているだけのようだ。
地中深くに根付いているわけではなさそうなので、取り除くことは容易だろう。
そういえばこれを燃やすための薪を用意していなかったことを思い出す。
雑草の一種だから普通に燃えてくれるだろうか?
日中は火種すらつきそうにないが……。
とりあえず場所は分かった。
多少派手に動き回っても問題なさそうだったので、戦闘中はいつも通りの動きができるだろう。
「う」
「おや、もういいのですか?」
「んん」
「そうですか。では戻りましょう」
あとはあの二人が帰ってくるのを待つだけだ。
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