4.Side-ギギ-何の変哲もない墓地


 パーティーメンバーに無理を言って今日の予定を大きく変更してもらった。

 二人は自分がここまで必死になっている姿を見たことがないらしく、何かあるんだろうなぁと内心ワクワクしているようだ。

 遊びではないのでもう少し真面目にやってほしいところだが、無理を言った手前強く言い出すこともできなかった。


 目的地はキュリアス王国の北側に位置する共同墓地だ。

 教会が管理しているはずなので、まずは依頼を受けたという報告をしに向かわなければならない。

 清掃道具は貸し出してくれるということなので手ぶらで来ている。


「そーいえば墓守はどうしたんだろうね」

「え?」


 ふと、ヨナがそんなことを言った。

 確か墓を守る門番がこの墓地には常駐していたはずだ。

 墓守がいれば清掃も必要無さそうなものだが……。

 何かあったのだろうか?


 とにもかくにも、話を聞いてみなければなにも分からないので教会へと急ぐ。

 墓地の近くにある教会は葬儀などに使われることが多い所で、キュリアス王国にある大教会から分裂した小さな教会だ。

 黒っぽくなってしまった壁は墓地に建っていても違和感を感じさせない。


 扉を叩いてみれば、すぐにライキンスが顔を覗かせた。

 本当に毎日食事を摂っているか心配になるほどのやせ形で、やつれているのがよくわかる。


「おはようございます、どうされました?」

「えと、墓地の清掃のご依頼を引き受けました、不動パーティーのイグルです。こっちはヨナで、こっちはギギ」

「どーもー」

「う」

「ああ、冒険者の……! いやぁ、ありがたい。説明しますのでどうぞ中へ」


 一通り挨拶を終え、ライキンスの案内に従って教会の中へと入る。

 表は祈りの場として使用されているようだが、さらに奥へ進めば生活スペースが見えてきた。

 どうやらこのライキンスはここで泊まり込みをしているらしい。


 奥にある客間へ通され、席に座る。

 大きな武器は邪魔になるな、と持ってきてしまったことを少し後悔した。

 これだったら防具も軽装でよかったかもしれない。


 ライキンスが人数分のお茶を出し、ようやく彼も席に着いた。

 彼は自らをライキンスと名乗って頭を下げる。

 暖かい飲み物を口に含んでほっと息を吐いたところで、本題に入るように彼はこちらに顔を向けた。


「皆さんには……夜草を除去してほしいのです」

「……だからBランクの依頼なんですね」

「ええ」


 夜草やそう

 この植物は夜に目を出して成長する植物だ。

 日があるうちは収縮して頑丈な蔦で茎を守ってしまう。

 危険性のない植物だが、夜でなければ除去できない。

 ではどうしてBランクの依頼なのかというと……レイスが墓地に出現するからだ。

 少し話を聞いてみれば、墓を守っていた墓守もレイスにやられて現在は自宅で療養しているらしい。


 Aランクの依頼であるレイス討伐が完了すれば、夜草除去の依頼などDランクの依頼に格下げされる。

 だが討伐が終わっていない以上安心して除去ができずに困っているようだ。


「私ならレイスも倒せるんだけどにぇー」

「成り行きで……って言ったら許して貰えるかな?」

「えっ、討伐できるのですか……!?」


 予想外の回答にライキンスは目を瞠った。

 ヨナの代わりにイグルが頷く。


「ああ、はい。ただ俺たちはBランクなんでそっちの依頼は受けられなくて」


 ライキンスは少し悩んでいたようではあるが、この一度だけの依頼で二つの依頼を消化してくれるのであれば助かるというもの。

 三人もこのライキンスは墓地を管理してくれているし、埋葬に毎度顔を出して祈りを捧げてくれている。

 これくらいであればやってしまったとしても罰は当たらないだろうと思っていた。


 すると、彼はおずおずと申し訳なさそうに口を開く。


「そ、そちらも可能であれば……。もちろん冒険者ギルドにはこちらからご説明させていただきますので……」

「どうする?」

「Aランク冒険者は力自慢ばっかでこういう依頼はあんまり受けないよにぇー。放っておいたら危ないし、やっちゃう~?」

「まぁ事後にすればなんとでもなるか……。では、そちらも対応してみます」

「おお……ありがたい……!」


 見る限り、あまり金銭的余裕はないはずだ。

 国民の為にいろいろしてくださってるのだから、これで恩返しになればと思う。


 それからもう少し詳しいことを聞き出し、清掃場所とレイスの大まかな数を教えてもらった。

 清掃道具は貸し出してくれるので問題はない。

 ともなれば、あとは夜になるのを待つだけである。

 それまで時間があるので、対レイス用のアイテムなどを調達するのがいいという話に落ち着き、墓地から一度離れてポーションなどを購入しに街へ向かった。


 しかしギギとイグルはこういう事に慣れていない。

 ヨナは魔法使いでポーションなどにも詳しいので、ここは彼女に任せることにして二人は店の外で待機した。


「……ギギはこの事知ってたのか?」

「んん……」


 首を横に振り知らない、と答える。

 レイスが出るということも知らなかったし、夜草が生えていることも知らなかった。

 レイスのせいでランク難易度が上がっていたことも、もちろん知らない。


 ただロロが持ってきた炙り出しの手紙というきっかけがあっただけ。

 下見だけと思っていたが、なんだか大きな仕事になってしまいそうだった。


 イグルが『そっかぁー』といいながら欠伸をする。

 目を擦って眠気を紛らわした。


「まぁこれで助かる人がいるからね。しっかり依頼をこなしちゃおう」

「う」


 その通りだ、とギギは頷く。

 それにレイスを倒すことができればロロと一緒に探索へ行く時は安全となる。

 自分たちの手でやってしまうのだからなによりも信頼できるだろう。


(まだ気になることはあるけど、気にしないでも大丈夫だろ。墓地の安全を確保して、ロロと一緒にまたこよう)


 そうしているとヨナが扉を開けて店から出てきた。

 幾つかのポーションと魔道具らしい首飾りを手に持っている。

 すると、首飾りをイグルとギギに手渡した。


「はい、どーぞー」

「ナニコレ」

「身守りの魔道具。レイスの接触を三回は防いでくれるよ~。四回目以降は運だけど」

「攻撃を受けるなってことだね」

「そゆこと~。魔法使いは耐性あるからいいんだけど戦士はないからにぇー」


 彼女の言う通り、レイスの攻撃は魔法使いでなければ防ぐことができない。

 触れられれば魂に直接傷を付けられる。

 魔力操作である程度の自衛をすることはできるが、戦士は魔力に触れる機会がほとんどないため防ぐことは難しい。


 なので、それをカバーするための魔道具をヨナは購入したのだ。

 しかしこれを身に付けたからといって、レイスに物理攻撃が効くわけではない。

 生存率を上げるためのお守りのようなものだ。


「じゃあ今回は前衛と後衛が反転するわけか」

「囮になってくれるとやりやすいから、そのままでもいいんだけどにぇー」

「絶対に嫌だ」

「う」


 可能な限り危険に身を晒したくはない。

 攻撃が効かない相手であればなおさらだ。


 予想通りの反応にヨナは軽く笑ったあと、軽い足取りで次の店へ足を進める。

 二人もその後ろをついていこうとしたが……。

 彼女が進む先には冒険者に役立つ道具を売っている店はないはずだ。

 あるのは……飲食店。


「……おい? ヨナ、お前どこ行くつもりだ?」

「え? スイーツ食べたいなって」

「ええ……」

「だぁーって夜まで暇じゃーん!」 

「まぁそうだけど……」


 夜までどこかで遊ぶつもりなのが見え見えだった。

 堂々としすぎているのでイグルは呆れながら嘆息する。

 確かに時間はあるが正式な依頼の準備時間なのだ。

 やることがなくなってしまったとはいえ、準備が終わればあとは自由……とはいかない。


 教会にある清掃道具を見せてもらったが、あれだけでは夜草を除去するのは難しそうだった。

 それにレイスの魔力に充てられてアンデッドが湧く可能性もある。

 ああいう相手をするときはもう少し入念な準備と情報収集が必要だ。


「ギギは夜草の除去道具を探してくれ。俺はレイスが与える影響と夜草が与える影響を調べてみる」

「う」

「ええー! そこまでやるにょー!?」

「レイス討伐は本来Aランクの依頼なんだ。Bランクの俺たちが背伸びして対処して失敗したじゃあ降格もあり得る。できることは全部やるよ」

「ちぇー……。わかったよぉ、調べるよぉー……」


 口を尖らせながら不承不承といった様子で、スイーツを自分からお預けにした。

 隙あらばサボろうとするがこういった切り替えの早さは彼女の良いところだ。


 話はまとまった。

 ギギは清掃道具を調達しに向かい、イグルとヨナは冒険者ギルドに向かう。

 ギルドには様々な魔物や生物、植物などの書物があるし、なにより他の冒険者に実体験を聞くことができる。

 依頼をこなすために必要な情報を集めるのはここ以外ありえない。


 レイスと夜草の情報収集は二人に任せ、ギギは刃物店へと向かった。

 教会にあった清掃道具は墓を綺麗にするものがほとんどであり、草木を刈り取るような道具はあまりなかった気がする。

 夜草は夜に顔を出す植物だし、切れ味のいい鎌でも購入していこうと考えていた。


 なにかいい物があるかな、と思いながら刃物店に入店する。

 包丁や鎌、剪定鋏などを取り扱っている店だ。

 包丁の品揃えが多いが日常的に役立つ刃物も多く取り揃えていた。

 簡単なナイフくらいならこの店で手に入りそうだ。


 すると見覚えのある後姿を発見した。

 ギギと同じネイビー色の髪の毛、少年が着るような男の子っぽい暗い色の私服。

 スカートではなく茶色のズボンを履いているのが女の子だということを隠し通していた。

 だがギギは彼女を知っている。


「……う?」

「あれ? ギギ兄ちゃん……?」


 そこには、何故か短剣を手に取っていたロロがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る