21.分かったかもしれない


 寄り道をせずに帰る。

 それが今のロロの目標だ。

 だがギギが帰ってきたら怒られるんだろうなぁ、と思うと憂鬱だった。

 肩を落としてとぼとぼと歩く。


 曲がった背中をアイニィが軽くつついた。

 くすぐったくて思わずピンと背筋を伸ばす。


「あう」

「そんなに落ち込まないの。なんにせよ貴方たちが無事でよかったわ。こういう大きな事件に少しでも関わると、わる~い人から狙われちゃうかもしれないからね」

「今後は気を付けます……」

「そうね、それがいいと思うわ」


 うんうん、と頷くアイニィは若干楽し気だった。

 何が彼女の機嫌を良くさせているかは分からなかったが、もうこの人に怒られることはなさそうだ。

 そのことに少しほっとしながら前を向く。


 多くの冒険者と思わしき人物が方々を駆けまわっている。

 一気に賑やかになったなぁ、と思っていると大きな声が聞こえた。

 どうやら落ちている武器を発見したらしい。

 それがレイスの宿っている武器か定かではないが、今は少しでも怪しい物は回収する様にと指示されている。

 間違っていたとしても問題はない。

 危険物が街から回収されるのだから。


 三人は騒がしい街道を通り抜けた。

 人が少なくなって身動きがしやすくなり、歩調が少しだけ早まる。


「ふぅ、ここまで来れば大丈夫かな」

「そうなんですか?」

「あ、護衛の話ね。二人の家はあとどれくらい?」

「そこまで遠くないです」

「私も」

「んじゃ、私はこの辺で。ここら一帯も調べてみたいから」


 そう言うと、ひらひらと手を振って歩いていってしまった。

 アイニィの背を見送った後、二人は顔を見合わせる。


「ふぅ……疲れたね」

「疲れたわ……」


 同時にため息を吐く。

 今日は怒涛の一日だった。

 一刻も早く家に帰って眠りたい。


 くあ、と欠伸をして家に向かう。

 タリアナとはもう少し同じ道を歩くことになるので、ゆったりとした歩調でのんびりと帰った。


「ん」


 くしゃりと紙か何かを踏んだ音が聞こえた。

 ロロはそれをおもむろに拾い上げる。

 丸められた紙屑だ。

 それを広げてみると、今し方出回っている武器回収を指示する依頼書だった。


 タリアナが眉を顰める。


「落ちてる物を拾うのは止めなさい」

「ちょっと気になっちゃって。ねぇねぇ、これ依頼書だったよ」

「それがどうしたの?」

「いや、別に何もないんだけどね」


 こんなものに興味を持ってしまった。

 なんだかそれが可笑しくてくすりと笑う。

 これは相当疲れているのかもしれないと思ったので、またくしゃくしゃと丸めた。


 丸くなった紙くずをどうしようか考えていると、ふと何かが気になった。

 今しがた丸めた紙くずを見つめ、もう一度丁寧に広げる。


「……」

「……次は何?」

「タリアナ」

「なぁに?」


 若干鬱陶しそうな口調になったタリアナに目線を合わせる。

 そして依頼書に記されている一文を指さした。


「依頼書って……依頼主が居るんだよね」

「はぁ? ……うん、まぁ、そうだけど? てか当たり前じゃない。……なに? ロロ、本当にどうしたの?」


 依頼書をじーっと見つめる。

 今ロロは、なにかが頭の隅っこで引っ掛かっていた。

 それが何なのか確かめるために依頼書と睨めっこをする。


 これを見て、違和感に気付きかけた。

 だがそれはすぐに引っ込んでしまったので、それをもう一度思い出そうと真剣に考える。

 ロロの真面目な横顔を見てタリアナもさすがに不安になり、しわしわの依頼書を覗き込んだ。

 内容はギルドに貼られていたものとなんら変わらない。

 これがここに落ちているということは、足の速い冒険者がこの辺りまで走って来て既に探しに来ているのだろう。

 依頼書を捨てる事はないと思うのだが、邪魔だったのかもしれない。


 しかしロロが気になっていることはそんな事ではなかった。

 もっと大きな……ギルドに依頼を申し込む流れ。


「……ギルド……。依頼書……」

「なになに……? “武器回収依頼。Bランク以下の冒険者限定。依頼主は冒険者ギルド。依頼内容はキュリアス王国に落ちている、放棄されている武器の回収。報酬金は武器一本につき50銀貨”……。あはは、これ不正する人が出そうな依頼書ね」

「違うの、内容じゃないの……」

「んん……?」


 この依頼書の内容に違和感を持っているわけではない。

 これはこれで別に問題はないのだ。

 タリアナの言う通り、確かに古い中古の武器を集めて提出する冒険者がいる可能性もあるが、今はそういう輩が出たとしても急ぎ解決しなければならない事案。

 ギルドがいかに慌てていたかがよく分かる。


 だがそうではない。

 ロロは眉を顰めて考える。


「……ねぇ、タリアナ」

「何かしら?」

「誰が墓地にあった武器を国にばら撒いたのか、まだ分からないんだよね」

「少なくとも私たちが出会った人たちに疑わしい人はいないわ。テレスさんはちょっとグレーだけど……。嘘をついている様にも、裏切るようにも見えなかったからなんとも言えないけど」


 だよね、と再確認をした後、再び質問をする。

 自分で考えるだけでは答えが出ないと思ったのだ。

 再確認するついでに、タリアナに質問をぶつけ続けて引っ掛かっている何かを探すことにした。


「墓地って、誰も近づけさせなかったんだよね」

「ええ、そう言っていたわね」

「今まで誰一人?」

「ううん……そこまでは分からない。でもダムラスさんに聞けば分かると思うわよ?」

「そっか……。じゃあ、さ」


 次第に何が引っ掛かっていたのか分かってきた。

 確信に変わりつつある疑問を外堀から埋めていく。


「レイスって討伐依頼が出てたんだよね。ギギ兄ちゃんがそう言ってたよね?」

「ええ。夜草の除去も含めてついでにやっちゃうって話だった筈よ」


 この話はギギと合流した時にすべて聞いている。

 下見をするついでに墓地にある教会が出している依頼を受けたのだ。

 これもロロを安全に探索させるためだったので、今更ギギに文句は言わない。


 分かったかもしれない。


「ねぇ、タリアナ……」

「はいはい」

「依頼を出したのって……ダムラスさんじゃないよね」

「? ダムラスさんは怪我をしたって嘘をついて家にいたじゃない。あの時のダムラスさんはレイスを殺したくなかったんでしょ? だから依頼は出さないはずよ?」


 確かにダムラスは家にいた。

 もう過去の教え子と戦いたくない、と自らの意思を優先して無責任な行動を取っていた。

 怪我をしたと嘘までついたのだ。

 あの時の彼の精神状態はあまり良くないものだったかもしれない。


 しかし、教え子が利用されようとしている状況には異を唱えた。

 彼はようやく決心してレイスの討伐に全力で取り掛かる姿勢を見せてくれたのだ。

 そもそも彼一人で何とでもなる。

 二十三年間ずっと戦い続けてきたのだから、今更負けるはずがないのだ。

 だから彼は依頼を冒険者ギルドに出すことはないだろう。


 ロロは確信した。


「ねぇ……誰が依頼を出したの?」

「え?」


 冷たいような、冷えるような問いがタリアナにぶつけられた。

 怖い話を聞いたかのような悪寒が走る。


「ダムラスさんがレイスを殺せなかった事って、ギルドマスターのナルファムさんも知らなかったんだよね!? ダムラスさん副ギルドマスターでしょ? 何かしら交流はあったと思うの! でもダムラスさんは隠してた!」

「えっ? え……えっ?」


 タリアナが若干困惑する。

 ロロが気付いたことを懸命に理解しようとするが、考えが定まらない。

 そんなことを一切気にせずロロは捲し立てる。


「ダムラスさんがレイスを殺せないことを知ってた人って……誰!?」

「…………リヴァスプロ王国……の、人?」

「違う! いや、合ってるかもだけど! まだそこは分かんない!」

「……ッ! しん……!」


 タリアナも気付いた。

 だがもしこの答えが合っていたとすれば、幾つかの疑問が浮上する。


「ちょっと待ってロロ! え、じゃあ何で……なんで依頼を? レイスを使ってキュリアス王国を攻撃しようとしてるんでしょ? なんでわざわざ……」

「守ってくれる人が居なくなったんだよ! 今まではダムラスさんが守ってた!」

「……! だから依頼を出したのね! でもタイミングよすぎない!?」

「確かに偶然が重なり続けてるけど……五年間くらいは待てたんだと思う」

「まぁここは考えても仕方ないわね……起こっちゃったことだし……。じゃ、じゃあどうやって武器を?」

「もしリヴァスプロ王国の使者なら……」

「強い人かもしれない……!」


 もちろん複数人の犯行である可能性もある。

 チンピラにでも金を握らせれば武器をばら撒く程度のことは簡単にやってのけるだろう。

 危険な物であることには変わりがないが……もし犯人がリヴァスプロ王国の使者であり、確かな実力を持っている人物であればどんなことをやられても不思議ではない。


 この世界にはスキルがある。

 強いスキルを持っていると国に抱えられるという大出世をする事すらあるのだ。

 国の息がかかっている人物、影で支えている人物は、総じて強い。


 急いでこの事を伝えなければ。

 ロロは顔を上げて方角を確認した。

 目的地はキュリアス王国の墓地である。


「行こう!」

「どこに!?」

「ダムラスさんにまずは確認しないと! あと近くにアイニィさんまだいるよね!? タリアナはアイニィさんにこの事を説明してきて!」

「ごめん待って! 最後に確認するよ!?」


 これだけは絶対にしなければならない。

 今の話の流れ的に間違っていることはないだろうが、口頭での確認は必要だ。


「今回の……事件の犯人はダムラスさんがレイスを殺せないって知ってた人物。それって……レイス討伐の依頼をした……」


 一拍おいた。

 固唾を飲み込んで確認する。


「キュリアス王国墓地の……教会の神父で合ってる?」

「合ってる!」


 ロロは確認を終えると『疾走スキル』を使って走り出した。

 向かう先はテレスがいるキュリアス王国墓地。

 ダムラスもここに来るはずなので、同時に説明ができるはずだ。


 タリアナは足場を使ってどんどん高く浮遊する。

 空からアイニィを探すためだ。

 大きく息を吸い、声を張り上げる。


「アイニィーさーーーーん!!!!」

「え?」


 空を浮いているタリアナに驚きながらも、アイニィは踵を返して合流したのだった。

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