20.誰が武器を?


 半強制的に冒険者ギルドに連れてこられた二人は首根っこをつままれた猫のような表情をしている。

 まだ昼過ぎくらいなので冒険者ギルドは閑散としていた。

 しかし受付などは少し慌ただしい。

 いつもと違う様子にアイニィが首を傾げた。


「とりあえずここで待っててね」

「は、はいぃ……」

「分かりました……」


 様子を確認しに行ったアイニィの背を見送ってから、二人は顔を見合わせた。


「「どうする!?」」


 小声でそう叫び、ひそひそと会議する。

 このままでは確実に自分たちが口を割るまで家に帰してはくれなさそうだ。

 とはいえ説明したらしたで『どうして隠していたんだ』と怒られるのが目に見えている。


 折角ここまで秘匿して秘密裏に処理しようとしているのだ。

 ここでそう簡単に諦めたくはない。


「今喋ったらギギ兄ちゃんに怒られるぅ~!」

「私だって怒られたくないわよ! いっそのこと逃げる!?」

「アイニィさんから逃げられる気しないんだけど!」


 先ほどの戦いぶりを見ていると、逃げたとしても数秒で追いつかれて連れ戻されるだろう。

 現役の冒険者はさすがに別格だ。

 彼女がどのランクに位置しているのかは分からないが、Aランクはくだらなさそうである。


 なんにせよ、ここに連れてこられてしまった以上逃げるのは悪手だ。

 それにもう特別なレイスが人を殺してしまい、実害が発生した。

 冒険者ギルドとしてもこれを見て見ぬふりはできないだろう。


「で、でも確かテレスさん墓地で待機してるって言ってたよね?」

「うん、言ってた。あの槍がどうしてあそこに落ちてたのかもわからない」

「誰かが持ってきた?」

「だ、誰が……?」

「……誰だろう……?」


 ギギたちがあんな物騒な物を持ってくるはずがない。

 その危険性を身を持って実感しているからだ。

 テレスも自分が安全にこの国を発てるように全面的にレイスを何とか処理しようと協力してくれている。

 そんな人が今更裏切るとは思えない。

 墓守であるダムラスは今し方この話を聞いたばかりだ。

 まだ墓地にすら辿り着いていないはずだし、先回りして槍を置いたとも思えない。


 今回の一件に関わっていると思わしき人物に、怪しい人はいない。

 テレスが若干グレーではあるが……やはり今更この大掛かりな作戦を実行しようとしているわけではないだろう。

 ここは彼女を信じるしかないが……。


 では、誰が?

 必死に記憶を手繰り寄せて思いだしてみるが、どうしても該当するよな人物が思い当たらない。

 考え事をしている間にアイニィが戻って来てしまった。

 二人はぎょっとして彼女を見ると、難しい顔をして綺麗な金髪を触った。


「ねぇ二人とも。あのレイス……一体だけ?」

「え?」

「他の場所でも被害が出てるのよ。武器を持ったレイスが出現して国民を襲ってる」


 血の気が引いていくのを感じる。

 終わった、と胸の内で呟いて二人は諦めた。

 被害が一つだけなら大きな騒ぎにならなかったかもしれないが、自分たちの知らない場所で起きているとなればもうどうしようもない。


 二人が白くなっている間も、アイニィは今し方聞いてきたことを説明した。


「今確認されている被害が四件。うち一件は近くに冒険者や衛兵が居なくて十二人殺害されてる。この四件全て合わせると死傷者合わせて五十人は下らないわ。出てきたレイスは全部Aランク以上の実力者……。貴方たち」


 言葉の語気が強くなる。

 二人がびくりと肩を跳ね上げると、アイニィはずいと顔を近づけて睨みを利かせた。


「何か知っているなら今すぐに全て白状なさい……。今、すぐに」

「「話しますぅ……」」


 涙目になりながら全力で頷く。

 ここまで被害が拡大してしまったのだ。

 もう二人が隠せる段階ではないし、他のメンバーで対処できる段階でもなくなった。


 全て白状しようとしたところで一旦止められる。

 流石にここで説明するのはよくない様で、別室に行くようにと案内される。

 それに頷いてすぐに指定された部屋に行こうとしたところで声が掛けられた。

 ロロとタリアナにではなく、アイニィにである。


「アイニィ~。いじめちゃ駄目よ」

「ナルファムさん」


 受付からひょっこりと顔を出したナルファムがこちらに手を振っていた。

 ついにギルドマスターまで登場した。

 それだけ大事なことになっているのだ。


 ナルファムは一つため息をつく。

 自分たちに向けられているものだと思ってロロとタリアナは縮こまるが、どうやら今のため息は自分の不甲斐なさに呆れたものだったようだ。


「私があの時話を聞いておけばよかったね。すまない、二人とも」

「え、いや……」

「えと……」


 予想外の反応に困惑していると、ナルファムがアイニィを見る。


「アイニィ。コレイアは?」

「今日はお休みなので家にいるんじゃないですかね。少なくとも一緒じゃないです」

「あとで呼んできておくれ」

「分かりました」

「さぁ、皆仕事の時間だ! 暇な冒険者共に落ちてる武器を今すぐ回収しに向かわせておくれ! 落ちてたら何でもいいからね! はい、急ぐ!」

『『はい!!』』


 受付が更に慌ただしくなり、今し方指示を聞いていた冒険者はすぐにギルドを飛び出した。

 数名のギルド従業員も同じようにギルドを後にする。

 彼女たちは外にいる冒険者に声を掛けたり、騎士団に応援を要請しに向かう予定だ。


 ギルドが更に静かになったところで、ナルファムは歩きだす。

 アイニィが付いていくようにと促して二人を歩かせた。

 連れていかれた場所はギルドの客間だったようで、席に座る様にと指示される。


「さて、話してもらおうか?」

「はい……」


 ロロとタリアナは協力しながらすべてを説明した。

 今回はテレスのことも話している。

 彼女が裏切った可能性が少しでもあるならば共有はしておかなければならないと思ったのだ。

 もうここで隠し事をしてはいけない。

 タリアナがそういう姿勢を貫いたので、ロロもそれに続いてすべてを語った。


「五年前、ね……。ロロちゃんが手紙を見つけて、興味本位で調べてみたらとんでもない魔法が施されているものだった、と。んで、リヴァスプロ王国と戦争に発展することを恐れて秘密裏に処理しようとしたってことね」

「だけどなぜか百鬼夜行の時に出現したレイスが宿っている武器が街中に放置されていた……。どう思いますか、ナルファムさん」

「そうだねぇ」


 話してくれたことを再確認する様にナルファムとアイニィが簡潔に口にし直した。

 何か言われることを覚悟して身構えていると、ナルファムが頷いた。


「ひとまず……戦争に発展することに気づいた点は褒めてあげないとね。国の意思はどうであれ、一般市民が人命を優先して戦争に発展する事案を隠匿しようとしたことは理解できる」

「つ、罪に問われたり……するのでしょうか……」


 タリアナの言葉にナルファムは首を横に振る。


「国を陥れようとしていたならともかく、君たちは阻止してくれようとしたんだ。罪に問われるどころか寧ろ勲章ものだと思うけどね。まぁ国とてそんな簡単に戦争しようとは言わないさ」


 その言葉に二人は心底ほっとして胸をなでおろした。

 これならギギたちも大きな罪に問われることはないだろう。

 その代わり……どうして黙っていた、と思いきり怒られるかもしれないが。


「それに今回は物証がないからね」


 軽く手を広げたナルファムはそう言った。

 タリアナが首を傾げる。


「手紙が物証になるのでは?」

「ああ、物証っていうのは“リヴァスプロ王国が関わっている物証”のこと。今それを証明できる物はないだろう?」


 二人は宙を見上げて考える。

 確かにそういった物証はないかもしれない。

 テレスは仔細を知っているかもしれないが証言をする事しかできないし、手紙もテレスが作った物なのでリヴァスプロ王国が関与している証明はできない。


 そう考えると……今回の一件でリヴァスプロ王国を追求することはできなさそうだ。

 疑いを晴らさせるために使者を送って聞きに向かうことはできるかもしれないが、そう簡単に尻尾を出してくれるわけではないだろう。

 それに、これは五年前に実行されようとしていた計画だ。

 五年越しに計画を遂行させるように仕組んだとも思えないし、大半の重鎮はこの作戦を忘れてしまっているかもしれない。


 なんにせよ、まずはこの一件を片付けることが最優先だ。

 その中でやはり最終的に行きつく問題が……。


「誰が武器をばら撒いたのか」


 テレスでないのであれば、明らかにリヴァスプロ王国の息がかかった人物の仕業。

 犯人を逮捕して今回の事件はようやく終息する。

 百鬼夜行という呪いのことを知っていて、知らない間に武器を国中にばら撒くことが出来る人物。

 流石にここに居る者たちだけでは思いつかなかった。


 この犯人は一刻も早く捕まえなければならない。

 放置していると先ほどのような被害が勃発する可能性があるのだ。


「これはダムラスに頼むかね」

「それがいいと思います。ですがその前に……」

「ああ、そうだね」


 ナルファムが話を進めようとしたが、アイニィが少し止める。

 その意図を汲み取ったナルファムはロロと目線を合わせた。


「あとはこちらですべて行うから安心しなさい。ああ、でも外は危ないね。アイニィ、送ってあげておくれ。」

「了解しました。ごめんね二人共。でも話を聞かせてくれてありがとう」

「わ、悪いのは私なんで……すいません……」

「大丈夫大丈夫! でも、こういう危険なことにはもう首を突っ込まないでね。タリアナちゃん、貴方もよ。頭は切れるようだけど、それが返って仇になる時もある。善意の行動だとは分かっているけど貴方は守られるべき立ち位置にいることを忘れないで」

「肝に銘じます……」

「よし! じゃ、帰ろっか!」


 ぱぁっと明るく振舞ったアイニィ。

 説教はここまでだ。

 あとは楽しい話をしながら帰路に着くことにする。


 もう通信水晶を使うことはないと思うので、ロロはナルファムに返却した。

 確かに受け取った後、彼女は手を振って見送ってくれる。


 護衛はアイニィだけで問題ないだろう。

 あの時はたまたま亡霊の出現位置に居合わせていただけなので、積極的に狙われているということでもないはずだ。

 運が悪くない限り戦闘は避けられる筈である。


 四人は部屋を後にした。

 ナルファムだけがギルドの奥に引っ込んでしまい、三人でロビーに出る。

 先ほどまで閑散としていたギルドが賑やかになっていた。


 どうやら重要な捜索依頼を出しているらしい。

 内容は『落ちている武器の回収』をすること。

 そんなに難しい依頼でもなく、なんなら報酬金も高いということで新米から中堅の冒険者に人気があるようだ。

 こぞって依頼を受けて早速探しに向かっている。


 人の流れに飲み込まれないよう、三人はギルドの外に出た。

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