19.落ちていた槍


 ロロとタリアナは一緒に歩いて各々の家へと向かっていた。

 気分はとても良い。

 いろいろあったがダムラスが合流したことによって今回の事件は穏便に済ませられるだろう。

 彼は墓地にいるすべてのレイスと戦って二十三年も墓守として活動していたのだ。

 負ける要素が一ミリもない。


 だが、ふと思い返してみればこの事件は最初から最後まで危険だったのかもしれない。

 テレスに追いかけられた時は本当に怖かったし、レイスの戦いを目の前で見た時は生きた心地がしなかった。

 冒険者はこういったことも仕事の内に入っているのだから大したものだ。

 今になって彼らのありがたみを感じられた。


 ふと周りを見やれば、ここが見覚えのある通りだということに気付く。


「あっ。ここテポンのケーキ屋の通りだ」

「本当ね。折角だし御褒美として買っていく?」

「でももうないんじゃないかなぁー」

「まぁまぁ。物は試しよ」


 テポンのケーキ屋はとても人気なケーキ屋さんだ。

 朝早くから並ばなければお目当ての物は確実に売り切れになっていると断言できる。

 なので今から行っても意味がないと思うロロだったが、タリアナはその手を引いて店へと歩いていく。


 目的地へ来たまではよかったが、案の定行列ができていた。

 今日は調べ物をしたりダムラスと会話をしたりしたので既に疲れている。

 流石にこの疲労の中行列に並ぶ体力は残されていなかった。


「ほら、やっぱりだめじゃん」

「んー残念。まぁ仕方ないわね」

「もう今日は帰ってゆっくりしよーよ~。さすがに疲れた~」

「でも何か頑張ったご褒美欲しいじゃない?」

「う……それは確かに……」


 甘い物か何か食べて帰りたい。

 そんな欲求がふと沸き上がった。

 とはいえ、テポンのケーキ屋に並ぶ体力は残されていないので、何処かの喫茶店でゆっくりしてから帰ろうという流れになった。

 早速ケーキ屋から喫茶店へと歩いていこうとした最中。


 ロロの視界の端に何かが映った。

 なんだろう、とそちらを向いてみれば……一本の槍が落ちていた。


「……? 槍?」

「どうしたの?」

「ねぇ、タリアナ。なんで槍が落ちてるのかな?」

「槍……?」


 タリアナもそれを視界の中に入れた。

 少し遠目なので細部の特徴までは分からないが、古い物だということだけは分かる。

 周囲に武器屋などもなければ、冒険者なども歩いていなかった。

 行商人が落としたのだろうかと思って首を傾げていると、子供が槍を発見する。


「おわー! すげー!」


 槍という物を触ること自体初めてなのだろう。

 力を入れて何とか起こし上げた。

 流石に持ち上げることはできないようではあったが、自分の背丈より高い槍の穂先を見て感動している。


 だがさすがに危ない。

 保護者と思われる男性が駆け寄って注意する。

 その時……槍が持ち上がった。


 子供の力だけで持ち上げられるほど、槍は軽くない。

 先ほど見ていた通り子供は起こすだけで精一杯だったのだ。

 しかし今、それはふわりと持ち上がっていた。

 子供は手を離しておらず、足が浮き上がる。


「「……え」」


 思わず声が出た。

 槍が持ちあがったこともそうだし、子供の足が浮いたこともそうだ。

 だが何よりも……その槍を白い手が掴んでいることに衝撃を隠せなかった。

 一度見たことがある……白い煙。


 槍を持つ手から順に姿が露わになっていく。

 次第に白い靄が広がり、それは氷柱を形成する様にして体を構築する。

 うすぼんやりとした曖昧な姿ではない。

 はっきりと誰の目からも見ることが出来る姿で顕現したそいつは、体から白い煙を吐き出しながら息をしていた。


 硬そうな髪の毛にほっそりとした顔。

 動きやすさを重視した軽い鎧を身に着けているが、腕だけは他の部位よりもましな防具を拵えていた。

 首からは小さなネームプレートがぶら下げられている。


「──」


 槍が乱暴に振るわれ、子供が吹き飛ばされた。


「皆逃げて!!」


 ロロがそう口にする間に、亡霊は子供の親を槍で串刺しにしてしまった。

 何が起きたか分からなかったのだろう。

 槍を突き刺された男は目をかっぴらいて突き立てられた槍を握っていた。

 抜こうとしているようではあったが、到底そんなことはできない。

 なんなら、体が持ち上げられる。


 その光景を目撃した一人の女性が、ヒステリックに叫び散らす。

 それが合図になったかのように近くにいた人々は悲鳴を上げながら逃げ惑った。


「──」


 亡霊が槍に突き刺さっている男を放り投げた。

 大の大人を片手で軽々と持ち上げていたことから、彼は相当力があることが分かる。

 そして……亡霊はロロとタリアナを見据えた。


「ど、どうする!?」

「逃げる! 浮いて!」


 タリアナが軽くジャンプして浮いた。

 その瞬間ロロがタリアナの手を取ってからすぐに走り出し、亡霊と距離を取る。

 だが、亡霊はロロと並走していた。


「え!?」

「──」

「ロロ!!」


 ぐわっと持ち上げられた槍の穂先がこちらに狙いをつける。

 突きの速度が速く、とてもではないが回避することはできそうにない。

 強い衝撃が来る。

 ぎゅっと目を瞑って次に来る衝撃に備えたが……なにも来なかった。


 その代わり、凄まじい金属音が目の前で鳴り響く。

 目を開けてみると一人の女性が滑り込むようにして亡霊の槍を払っていた。

 彼女も槍使いの様で長い槍を操っている。

 長い癖っ気のある金髪から、パリパリと静電気が走っていた。


「フッ……っし! 間一髪ってところね!」

「──」

「久しぶりねヴェイ! でもあんた私に勝ったこと……ないで、しょっ!!」

「──!」


 再び凄まじい金属音。

 金髪の女性が亡霊の槍を器用に巻き取って跳ね上げたのだ。

 よろめいた瞬間を見逃すことなく、槍を引いて突く。

 しかし相手も手練れなのだろう。

 不格好な態勢から無理やり槍を回して突っ込んできた槍を弾く。


 一度間合いを取った両者だったがすぐに地面を蹴って肉薄し、連撃を繰り出す。

 素人目からするとほぼ互角のような立ち回りに思えたが女性は余裕を持っている。

 一方亡霊は苦い顔をして槍を懸命に振るっていた。


 バヂリと電気が走り回る。

 二歩下がって槍の穂先を地面に向け、両手で柄をしっかりもって狙いを定めた。

 距離は遠く、五歩歩かなければ攻撃できない距離ではあったが、彼女はそれすらも間合いだと言わんばかりに地面を蹴った。


 黄色い閃光が残像を作る。

 鋭く弾ける音が轟いたと思ったら、女性はいつの間にか亡霊の横を通りすぎていた。

 亡霊のどてっ腹に穴が空いている。

 忌々しそうに傷口を手で押さえて後ろを振り向くが、これ以上動くことも、姿を維持することもできなかったらしい。


 膝をついてどうと倒れる。

 それと同時に靄となって霧散した。

 最初から居なかったかのように消え失せた亡霊だったが、槍だけはカランと音を立てて転がった。


 女性は持っていた槍を回して血振るいをする。

 亡霊を切っただけなので血液は付着していなかったが、これは癖のようなものなのだろう。


「ああ~メンテナンスしたばっかだったのにぃ~! もう使っちゃったぁ……! なんか勿体ない……」


 槍の穂先を丁寧に確認している。

 刃こぼれがないか見ているのだろう。


 それにしても、強い人だった。

 一部始終を見ていたロロとタリアナだったが、彼女の槍捌きを一切目で追うことが出来なかったのだ。

 それに抵抗していた亡霊もなかなかの実力者だった。

 彼女が現れてくれなければ、どれだけの人が被害に遭っていたか分からない。


 すると、騒ぎを聞きつけた衛兵が走ってきた。

 それを確認した女性はすぐに彼らに指示を出す。

 倒れている男性と子供の安否を確認しに向かわせた。


「さて、二人とも大丈夫?」


 余裕ができた女性はようやく二人に声をかけた。

 自分が守った対象だ。

 気にならないわけがなく、安否を真っ先に確認する。


 近くで見てみると分かったのだが、彼女は現役の冒険者の様だった。

 あの戦いぶりからしても歴戦の戦士だということが分かる。

 若くはないようだが体に合わせて戦い方を工夫しているようだ。

 もう戦闘は終わったので静電気は走っていない。

 その代わり髪の毛が少し荒れていた。


「ああ~やっぱり駄目ね。魔法使うと髪の毛が跳ねちゃう」

「えとえと、助けていただいてありがとうございます。えと、私はロロって言います。こっちはタリアナ」

「タリアナです。ありがとうございました」

「私はアイニィよ。見ての通り冒険者。武器のメンテナンスの帰りだったんだけど、間に合ってよかったわ。レイスとはいえ知り合いに女の子殺されちゃ気分悪いからね。でもどうしてこんな時間にレイスが……?」


 アイニィは槍を肩に担いで首を傾げる。

 太陽が上がっているこの時間にレイスが出現するなどまずないことだ。

 それに普通のレイスとは違った姿、戦い方をしている。

 冒険者であるアイニィはそれをすぐに理解した。


 レイスは物理では殺せない。

 なのでこれは一時凌ぎにしかならないので、あとで聖魔法を使える人物に処理してもらわなければならなかった。

 足で亡霊の使っていた槍を蹴り上げて手に取ったアイニィは、それも肩に担いだ。


「貴方たち何か知らない?」

「えと……」


 ロロとタリアナはそう問われて悩んだ。

 冒険者には知られたくない話だったが、あの特別なレイスが今し方露見した。

 ギルドが調査に入るのも時間の問題だ。


 そうして悩む素振りを見せたのがマズかったのかもしれない。

 二人を案じる目を向けていたアイニィの目つきが疑いの目に変わる。

 それに気付いたタリアナは慌てたが咄嗟に言葉が出てこない。

 これが更に怪しさを増幅させた。


「とりあえず……」


 ガッと二人は肩を掴まれる。


「冒険者ギルドまでいこっか!」

「「あ……は、はいぃ……」」


 有無を言わせないといった凄味のある表情を前にし、抵抗することを諦めたのだった。

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