18.墓守
タリアナの道案内をされながらキュリアス王国の町を歩いていく。
彼は普段であれば教会で寝泊まりをしているらしいが……今は家に帰っている。
元々行くつもりではあった場所だったが、最初にナルファムの話を聞いておいて助かった。
何も知らない状態で会いに行ったなら、確実にいくつか隠し事をしていただろう。
ダムラスにはすべてを話す覚悟で説得に向かう。
本来であれば彼に頼らずとも聖魔法を使用できる人物を探して浄化していく方がいいのかもしれない。
だが……ナルファムの話を聞いて、これはダムラス本人がしなければならないことだとロロは感じた。
幾つか大通りを横断し、小道に入ったりしながら歩いて行った先にダムラスの家はある。
特段ひっそりと建っているわけでもなければ、他の家屋と差をつける様に豪奢なわけでもない至って普通の家屋だ。
色々聞きたいことがある。
今一度質問することを頭の中で復唱した後、ロロが扉をノックした。
すると間髪入れずに扉が開く。
「おわぁっ!?」
「来たか」
ぬっ、と顔を出したのはひげを蓄えた白髪の老人だった。
体躯が大きく、顔に刻まれた皺が威厳を放っているがその瞳は優しいものだ。
だが何処か寂しさを覚える影が落ちている。
見たところ怪我らしい怪我はしていない。
包帯も巻いていないし足を引きずっているわけでもなければ、掠り傷を負っている風にも見えなかった。
ナルファムの言っていた通り、怪我をしたというのは嘘だったのだろう。
彼は扉を大きく開けると、二人を中に入る様に促した。
用件も聞かずに入れてくれるのは何だが不思議だったが、断る理由もない。
ロロとタリアナは顔を見合わせてから中に入った。
すると、既に茶菓子が用意されている。
まるでロロとタリアナがここに来ることを事前に知っていた様で、少し不気味に感じた。
ダムラスは椅子に腰かける。
その後ろには彼が愛用していると思われる大剣が壁に立て掛けられていた。
長い間使い続けているのか、柄は汚れていて刃はボロボロだ。
これでは斬るというより叩き斬ることしかできないだろう。
「で、何が聞きたい」
紅茶を口に運んだ後、彼はそう口にした。
ロロは用意されていた椅子に座って体を乗り出す。
「まず……。初めまして。郵便局ギルドで働いてます。ロロです」
「同じくタリアナです」
「ダムラスだ。知っているとは思うがな」
「早速なんですが……」
ロロは真剣な様子でダムラスの目を見る。
「どうしてレイスを倒さなかったんですか?」
「ナルファムから聞いただろ。俺はあいつらを殺せないんだ。……いや、殺したくないのかもしれないな」
「もう亡くなっているんですよね?」
「……まぁ、な」
沈黙が少し続いた。
少しデリカシーがなかったかもしれない。
怒らせてしまっただろうか、と思ったが彼は意に介していないようだった。
静寂が耐えがたかったのか、ダムラスは誤魔化すようにして紅茶を飲み干す。
彼自身、自分が彼らを倒さないことで発生する問題は理解していた。
ダムラスが病に伏せたり、急に死んだりした場合、レイスは再び夜な夜なキュリアス王国を襲う。
感情を優先して解決を後回しにしているのは分かっていた。
だがどうしても感情を優先してしまうのだ。
「あいつらは俺の教え子だった。全員だ。今も名前を覚えてる。声だって思い出せる。……冒険者じゃない二人には分からないかもな」
「家族って思ったら、その気持ちも分かると思います」
「……そうか」
レイスになった家族を殺せ。
そんなことを言われても、ロロにはできそうになかった。
ダムラスにとって教え子は家族同然の存在だったのかもしれない。
彼らがまだ生きていたのであれば、どれだけの成長を遂げて共に笑い合いながら酒を飲み合えただろうか。
そんなことを考えてしまうのかもしれない。
気持ちは分かる。
理解することが出来た。
ダムラスが長年苦しんでいた原因はこれであることも。
理解して尚、頼みごとをするのは酷かもしれない。
だがやってもらわなければならない理由がある。
「ダムラスさん。お願いします。レイスを──」
「悪いが無理だ。俺にはどうしても……できん」
「リヴァスプロ王国が暗躍していても……ですか?」
「……なんだと?」
ダムラスの目つきが変わった。
すべての頼みごとを跳ねのけようと思っていた彼にとって、予想外の言葉が飛び出してきたのだ。
流石にこれを放っておくわけにはいかない。
「どういう意味だ」
「私が説明します」
今まで立って話を聞いていたタリアナが名乗り出る。
「事の発端はロロが見つけた五年前の手紙でした。その手紙は炙り出しで『キュリアス王国の墓地』と書かれていて、更に魔法が施されていたんです」
「……どんな魔法だ?」
「手紙が墓地付近の地面に触れる事が発動条件の、レイス召喚魔法です」
「なっ……!」
あのレイスの危険性を知り尽くしているダムラスにとって、それは聞き捨てならないものだった。
一気に今置かれている現状に危機感を感じる。
その仕掛けが発動しているのであれば、一刻も早くレイスを討伐しなければならない。
そこでダムラスは頭を抱えた。
知っていたのだ。
「そういうことか……! 君たちが墓地に行ったことは知っていた……。レイスと戦っていたことも知っていた……!」
「あの場に居たのですか!?」
「いや、これは俺のスキルだ。感知が得意でな。キュリアス王国全域全部感知できる」
「え、すっご……」
「それで私たちが来る前に色々準備してたんですね?」
「まぁな」
これが元副ギルドマスターの実力のようだ。
ということは、ロロたちが墓地に行って戦っていた所辺りから目を付けられていたのかもしれない。
ナルファムと会話をしていたということも『感知スキル』で知っていたのだろう。
話が逸れた、とダムラスが仕切り直す。
「……リヴァスプロ王国の手の者が仕組んだか。百鬼夜行の呪いの残滓を知っていたんだな」
「それに関与していたのはテレス・ファマリアルという女店主でした。ですが手紙がリヴァスプロ王国の使者に届かず五年程キュリアス王国で潜伏していたようです」
「……お前たちと共闘していたように思えたが?」
タリアナは頷く。
確かに共闘したが、それには理由がある。
「彼女は今やリヴァスプロ王国のお尋ね者の立場にあります。キュリアス王国を攻撃するためにこの作戦を考えたのはリヴァスプロ王国の手の者ですが、魔法を施して準備していたのは紛れもないテレスさんです、しかし手紙は使者に届きませんでした。つまり話を持ちかけて承諾したのにも拘らず、そのままとんずらした、と思われてるんです」
「不運な奴だな……?」
まったくである。
「なので今は味方です。首謀者になる前にこの一件を片付けようと協力してくれています」
「首謀者じゃないのか?」
「まだ未遂でしょう」
手紙の仕掛けが発動してしまっているので未遂になるかどうかは定かではないが、解決しようと協力してくれているのだ。
実害が出なければ未遂である、とタリアナは考える。
ダムラスは微妙な顔をしていたが納得したらしい。
最後に深く頷く。
「話は分かった。今更になって八つ当たりか……ったく」
「あの、ダムラスさん」
ロロが質問する。
「どうしてリヴァスプロ王国はキュリアス王国を攻撃しようとしているんですか? 調べようと思ったんですけどよく分からなくて」
「仙人については知ってるか?」
「はい」
「あのお方は元々、長い間リヴァスプロ王国に滞在していたんだ」
仙人が滞在している国、リヴァスプロ王国。
数十年前リヴァスプロ王国はこれによって巨万の富を築き上げてきた。
仙人がいるというだけで箔がつく。
それを餌にして多くの商人、冒険者、移住者などを呼び押せ、瞬く間に大国へとのし上がったのだ。
しかしそれは突如終わりを迎える。
仙人がリヴァスプロ王国を離れたのだ。
その理由は明らかにされていないが、噂は瞬く間に広まってしまった。
結果魅力が失われ、瓦解するまでとは言わないが国の繁栄に大打撃を喰らったのは間違いない。
そして発生した隣国、キュリアス王国での百鬼夜行。
これを解決したのが仙人であるということも広まり、リヴァスプロ王国は仙人を奪われたとして一方的に怒りの矛先をこちらに向けたのだ。
不利益を生じさせたとして戦争も視野に入っていたという風の噂が流れてきたが、あまりにも世間体が悪く実現することは終ぞなかった。
「あいつらはまだ怒ってんのさ」
「依存してただけですよねそれ……」
「まぁそうだな。国民はどうか知らないが、貴族たちは結構なダメージを負ったらしいからな。と、まぁこんな感じで狙われる理由はあるって訳だ」
嘆息ぎみに締めくくると、彼は頭を掻いた。
レイスが、過去の教え子が利用されようとしている今、それを無視するわけにはいかない。
これがギルドや国に露見しようものなら戦争にまで発展する可能性がある。
それはダムラスにとっても望むことではない。
「……腹をくくるしかないか……」
「!」
「では……」
「あいつらが利用されようとしてるのには納得できねぇ。それが国に関わってるとなれば尚更だ。覚悟を決めるさ」
ダムラスは背後にあった大剣を握った。
そして立ち上がる。
「お前たちはどうする」
「ううーん……」
ギギたちに止められている以上、墓地に向かうことはできないだろう。
一緒にいたとしてもなにもできないのだ。
であればここで手を引くのがいいかもしれない。
ギギたちも今はレイスに対抗できる手段を整えているはずだ。
長年物理攻撃だけでレイスを抑えてきたダムラスがいれば戦力として十分なはず。
もうやれることはやりきったのだ。
「ダムラスさん、あとはお願いしてもよろしいでしょうか?」
「私からもお願いします」
「ああ……。何とかしてやるよ」
一般人に頼まれるとなれば、断る訳にもいかないだろう。
もとより国を、市民を守ってきたダムラスだ。
こういう姿勢には弱い。
だがダムラスは一つ懸念があった。
ロロを見て問う。
「君が発端だと言っていたが……安全は保証されているのか?」
「この事を知っている人は少ないんです。それに敵だと思っていた人も味方になりました。あとはレイスだけです」
「そうか」
ダムラスは目を細めたが、その理由は二人にはわからなかった。
とりあえず納得したようで彼は出かける準備を調え始めた。
いつまでもこの場にお邪魔しているわけにもいかない。
二人は早々に退散することに決めた。
最後にダムラスに礼を言い、玄関を出る。
なんとか交渉が終わったことで緊張の糸が切れた。
大きく深呼吸をしてその場に座り込む。
「つ、疲れた……」
「あとは……待つだけね……。とりあえず帰りましょう……」
「そうだねー……」
重い足をなんとか動かして立ち上がる。
そうしてようやく帰路についたのだった。
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