9.あの魔物なに!?
「ぜぇー……! ぜぇー……! 流石に……疲れた……!」
「私を引っ張りながらだったもんね……」
追っ手を完全に撒くことに成功したロロは、肩で息をしながら呼吸を整えていた。
慣れない走り方をして疲労が蓄積している。
自分一人だけであればなんともないのだが、タリアナを引っ張ったり急に止まったり、屋根を飛び越えたりといろいろやったあとに足を止めたら一気に疲れが噴き出したのだ。
ここまで呼吸が乱れるのは本当に久しぶりだ。
人通りの多い公園の木陰で休息しておく。
タリアナは引っ張られていただけだったので全く疲れていなかった。
なのでロロの代わりに思考を巡らせる。
「ううん……冒険者ギルドに行けば安全だったし、なんなら魔法のことや魔物のことも聞けたんだけどね」
「さすがに警戒されてるよね……」
「多分ね。一番逃げられたくない所だろうし」
「んえー。これからどーしよー」
ロロは大の字に寝ころびながらそんなことを口にした。
確かに状況としてはあまり良いものではない。
助けを求めることはできるだろうが、そもそもあの女店主と魔物はロロとタリアナしか見ることが出来ないのだ。
見えない物を信じろというのはとても難しい。
冒険者ギルドに説明をしたとしてもまともに取り合ってくれるかどうかわからなかった。
あの女店主の素性も気になるところではあるが、最も警戒しなければならないのは魔物の方だろう。
屋台の影に潜み、屋台を運ぶ。
影から顔を出ている顔の大きさからして本体はあの五倍はありそうだ。
尻尾も長かったので目見当でも十メートル程の大きさはあるかもしれない。
直接攻撃してくるようなことはなかったが……あれが襲ってくるとなると太刀打ちできないだろう。
逃げて大正解である。
「……でもなんで見えるようになったんだろう?」
「そこなのよねー。私も見えちゃったし……」
「やっぱり手紙なのかな?」
「ううん……」
目を閉じて考えてみるが、全て憶測であり確証がない。
無理矢理にでも話を繋げるなら、手紙を手にしたことで魔物と女店主が見えるようになったということで落ち着くが、その原理が分からなかった。
魔法とはいえ五年間も持続するようなものがあるわけがない。
あの女店主は、いったい何者なのだろうか。
素性については分からないが今の段階でも分かっていることはある。
「でも、暴かれたくないことがあるのは分かった」
「そうだよね。じゃないとここまで必要に追いかけてはこないでしょ」
タリアナの推理にロロが頷く。
店主は何かを隠蔽しようとしているのかもしれない。
それこそ犯罪にかかわる何かを。
そういえば、彼女は何か話をしたがっていた。
何か聞く前に逃げて来てしまったので何も分からないのではあるが……。
「とりあえず墓地にはいかないとなぁ……」
「まぁ……手紙拾って狙われてるんです、って言っても説得力ないしね。なにか物的証拠が必要になるわ」
「ギギ兄ちゃんと合流しないと……」
「貴方のお兄さんはこの事知ってるの?」
「うん」
既に共犯者を見つけていたらしい。
今更驚きはしないが、やるならもう少し慎重にやるべきだろうとタリアナは心の中で呟いた。
とはいえ心強い味方に助力を仰ぐのは、今の状況からすればいい判断だと思う。
二人とも事がすべて終わったら説教ものだが。
「まぁ今はいいや」
「ん?」
「いや、何でもない。とにかくあの魔物について知らないと。あの店主の素性は分からなくても魔物は分かるでしょ!」
「でも冒険者ギルドには行けないよ? 何処で調べるの?」
「図書館!」
「時間かかりそー!!」
さぁ目的地は決まった。
休憩もそこそこにとタリアナがロロを起こし上げ、図書館へと向かう。
キュリアス王国にある図書館は庶民でも一般開放されている場所と、貴族のみが入ることが出来る場所とで別れている。
二人が向かうのは市民向けの図書館。
決して大きい建造物ではないが品揃えはそこそこに多い。
入ってすぐに受付のようなカウンターがあり、そこでは老人が新聞を読みながらこちらをチラリと見る。
だがすぐに視線を新聞に戻した。
なんだか話しづらそうな雰囲気を持つ老人だったが、ロロは臆することなく質問する。
「すいません、魔物関連の本ってどこにありますか?」
「……魔物? 冒険者ギルドに行った方がいいんじゃないかい?」
「いやぁー……えと、実はそっちになかったもので……」
「ふうん。あの一番奥だよ。ま、冒険者ギルドで探しても載っていなかった魔物がここにある本に載っているとは思えないけどね」
「ありがとうございます」
タリアナと目を合わせてから教えてもらったコーナーへと向かう。
魔物関連の本はこの世界で需要が高いので意外と多く取り揃えてあるらしい。
二人はタイトルを見ながら載っていそうな本を片っ端から手に取って行く。
「大型の魔物の図鑑とかない?」
「ローデン要塞近辺にいる強い魔物の本はあるけど」
「あ! そういえばあの人ローデン要塞から来たって言ってた!」
「てことは……もしかしたら魔族領の魔物かも……。私はそっちを探してみるわ」
「お願い!」
小声で会話をしながら本をかき集めると、十二冊集まった。
これが大型の魔物と魔族領の魔物に関連する本だ。
ロロは大型、タリアナは魔族領の魔物の本を担当し、あの時見たイグアナのような顔をして、影に潜んでいる魔物について探し出す。
似たような魔物はいるが影に潜むとなると随分絞られてしまう。
長い時間を掛けて五冊目に手を伸ばした時、タリアナが『あっ』と声を出した。
「ロシュ・マヴォル……」
「なんて?」
「ロシュ・マヴォル。これ、そうじゃない?」
魔物が載っている図鑑をロロに見せる。
そこには木の影から顔を出しているイグアナのような魔物が描かれていた。
あの時見た魔物で間違いない。
ロシュ・マヴォルは魔族領にいる魔物らしく、討伐難度はAランク以上とされていた。
図鑑にはこの魔物を使役する方法の記載はないようだ。
ともなれば、あの女店主はそれ以上の実力、もしくは特別な使役魔法を有している可能性が高い。
タリアナはロシュ・マヴォルの説明文を小さな声で朗読する。
「ロシュ・マヴォル。魔族領に潜むトカゲの一種。影の中に潜み待ち伏せを主として獲物を狩る」
「特徴は一致してるね」
「ええ。まだ説明があるわ。ロシュ・マヴォルの上位個体は姿隠しの魔法を使って移動……する」
二人は顔を見合わせた。
どうやらあの個体は普通のロシュ・マヴォルではなかったらしい。
タリアナは他にも有益な情報がないか読み進めたが、それ以上の説明はなかった。
影を屋台ごと移動するあの能力については、ロシュ・マヴォルがやったのか、それとも女店主がやったのか判断はできそうにない。
どちらにせよ厄介な相手であることには代わりがないのだが……。
「……これどうやって倒すのよ」
「Aランクの魔物でしょ……? 冒険者でも難しいんじゃない?」
「姿隠しをなんとかする方法も分からないしね……。やっぱり冒険者ギルドで話を聞いた方がいいわ」
「それができたら苦労してないんだけどねー」
冒険者ギルドにはまだしばらく向かえないだろうと踏んでいた。
あの女店主が警戒しているはずだからだ。
なのだもう少し別の方法を考えなければならない。
二人はしばらく考えていたが、いい案は浮かんでこなかった。
ここで考えていても仕方がない。
そう思い立ち、本を片付けてとりあえず外に出ることにする。
もし見つかったとしても逃げることはできるのだ。
もしかしたらそこまで警戒しないでいいかもしれない。
外に出たロロとタリアナは影からできるだけ離れて歩くことにした。
あのロシュ・マヴォルは影を移動する。
上位個体であることは明白なのだが、それ以上の力を持っている可能性があるので、できる限りあの魔物との接触は避けたい。
「……さすがに、私たちの影から出て来るってことはないわよね……?」
「……タリアナ、怖い事言わないで?」
それが事実であれば何処に行っても追われることになる。
自分の影すら不気味に思いながら、陽の当るところを選びながらロロの家に向かった。
手紙の内容を知っているギギとの合流を今は目指したい。
少し足早に、しかし急に動いてまた発見されないように慎重な動きで歩いていけば、無事にロロの家に戻って来ることが出来た。
周囲を少しだけ警戒した後、中に入る。
タリアナもそれに続いた。
「で、ギギさんは?」
「ギギ兄ちゃんは昨日から冒険者ギルドでお仕事……。もしかしたら戻って来るのに時間かかるかも」
「確かBランク冒険者だったわね。国の外に行っちゃってたら帰ってくるの時間かかるかもね……」
「それまで待機かぁー……。お仕事どうする?」
「ううん、休み取らせてくれないかなぁ……ううん」
二人は仕事とこの事件の両立をどうすればいいか考える。
実家に帰る、などの理由を付けて長期休暇を貰うこと自体は可能だ。
とりあえずギギが帰って来るまでの持久戦。
彼が帰ってきたのならば、墓地に向かってあの女店主が何を企んでいるのか探し出しに向かえばいい。
しかし、それまでをどうするか。
タリアナはロロの家に寝泊まりしてもらうのがいいだろう。
顔も見られているし、ここで単独行動は良くない。
食事もどうするか考えておかなければならなかった。
買い出しは必ず必要になる。
誰かに連絡して買いに行ってもらうことも可能だが、家の近くにそこまで頼れるような人はいない。
そんな様子でいろいろ案を出し合った。
それと同時に、二人はワクワクしているということに気が付く。
初めて遭遇しているこの状況を知らず知らずのうちに楽しんでいるのだ。
まるで小説の中の主人公のような気がした。
案を出して一区切りした後、タリアナが笑う。
「……ロロが手紙をくすねる理由もなんとなく分かったわ」
「でしょー? これが好奇心!」
「うん、そうね。でも終わったらお説教ね」
「うわーん!」
共感を得て罪を逃れられるかと思ったが、そんなことはなかった。
嘘泣きをしたがもちろん許されない。
結局諦めてケロっと笑った。
ズバァンっ!!
扉が凄まじい勢いで蹴り飛ばされた音がした。
ビクッと肩を跳ね上げて飛び上がり、二人はすぐさま部屋の隅っこで縮こまる。
流石に家の中では逃げ道が少ない。
さらに言えば足音はこちらに一直線に向かってきていた。
「ロロ!!」
部屋の中に入った瞬間、名前を呼ばれた。
ロロの名前を呼んだのは最も信頼している人物だった。
「「ギギ兄ちゃん!」さん!」
「良かった……!」
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