15.ひっそり調査開始!


 周囲を確認しながら、二人は街中を慎重に歩いていた。

 今やっていることは身を案じてくれたギギたちの心配を無下にする行為だ。

 流石に発見される訳にはいかない。


 そのため、ロロとタリアナは気持ち程度の変装をしていた。

 ロロは帽子を目深に被って地味な服を着ており、タリアナはサングラスをしている。

 どうして彼女はここまでサングラスが似合うのか。

 逆に目立っていないだろうかと不安になった。


 だが自分が思っているほど他人は見ていない。

 そう信じて素知らぬ顔をして冒険者ギルドへと向かっていた。

 二十三年前の事件を知る人物にダムラスのことを聞くために。


 しかしここにはギギたちがいる可能性が高かった。

 彼らの位置を把握できていないのは痛手だな、と思いながらも注意してギルドの中へ入る。


 二人はここに来るまでに睡眠と朝食をしっかりと摂っていたので、朝ギルドに集まった冒険者たちは既に仕事へと向かっているらしい。

 そのお陰かギルドの中は意外と閑散としている。

 とはいえ遅出の冒険者もちらほらいるようだ。


「ギギ兄ちゃんたちは……?」

「いない……わね。よし」


 安全を確保したと中へ入る。

 ここでは二十三年前の事件と、墓守について詳しく話を聞いておきたい。

 ギルドが冒険者に解放している資料室を一般の人が閲覧できるかどうか……。


 若干の不安を覚えながら二人は受け付けに立ち寄った。

 すると受付嬢が対応してくれる。


「こんにちは。ご依頼ですか?」

「あ、いやそうではなく……。ちょっと調べたいことがありまして資料室に入りたいんです。私たちは冒険者ではないんですが、閲覧することは可能ですか?」

「少々お待ちください」


 受付嬢が同僚らしき人物に話を聞いてくれた。

 しばらくするとこちらに戻って来て『大丈夫です』と伝えてくれる。

 しかし注意点が幾つかあるらしい。


 まず、当たり前だが破損させない事。

 次に持ち出さない事。

 最後に最奥の扉の中には入らない事。


「一番奥には何が?」

「ギルド資料室の別扉です。鍵が掛かっているので問題ないとは思いますし、中に人もいるので入っても発見されます。なので入らないようにしてくださいね」

「わかりました」


 話を最後まで聞いたところで資料室の案内してくれた。

 ここは冒険者が利用できる資料室で、魔物や植物、鉱石や昆虫などといった図鑑が数多く保管されている。

 中には歴史書などもあるらしいが、冒険者のほとんどはそのような物を手に取らない。


 だがロロとタリアナの目的はその歴史書だ。

 二十三年前にあった百鬼夜行という大事件。

 これを詳しく調べ上げ、レイスとの関係性を見つけて対処法を探し出す。


 資料室は幸いなことに自分たち二人しか利用していないらしく、机を自由に使うことが出来た。

 本を傷ませないよう、丁寧に抱えて席に着く。

 ロロが持ってきた資料は二十三年前の百鬼夜行の事件資料。

 タリアナが持ってきたのは動物とも魔物とも異なる“怪異”と名が付けられた特異な存在の図鑑だ。

 この図鑑はページ数が極端に少ない。


「なにそれ」


 不思議に思ったロロがそういうと、タリアナは自慢げに本を顔に近づけた。


「百鬼夜行の呪いで出現した怪物の図鑑だってさ」

「それ知る必要ある~?」

「一回全部調べるんだからいいの! ほら、ページ数少ないしそこまで時間かからないわよ」

「それもそっかー」


 納得したロロはタリアナの側に席を摘めて二人でその図鑑を覗く。

 表紙を捲ると、すぐに絵がでてきた。

 そこには背が低く、背中は老人の様に曲がり、腹が妊婦の様に膨張したガリガリの怪物が描かれていた。

 大きさこそ子供らしいが、飢餓寸前の姿をしているため恐ろしさが勝る。


 この怪異は“餓鬼”と呼ばれるらしく、とにかく食べ物を欲してキュリアス王国中を跋扈したらしい。

 食べ物であれば何でもいい。

 生の魚でも硬いパンでも……それこそ生きている人間でも。

 とにかく飢え続けており満たされることのない空腹に苦しんでいるらしい。

 倒されると灰になって消滅する。

 そのため死体の始末は不要だそうだが、呪いで出でた怪異の内、最も数が多く数の暴力で押し込まれると言う話が記されていた。


 絵で見るだけだとなんとも思わないが、人の肉を食らう化け物が大量に押し寄せて来るとなれば、歴戦の冒険者とはいえ尻込みしてしまいそうだ。


 説明文を更に読み進めると、最後にこのようなことが記されてあった。

 タリアナが読み上げる。


「えーっと……この怪異の名は……仙人が付けた名である……?」

「……仙人? ……仙人!?」


 聞いたことのある名前だった。

 不死となった人間が過去にいて、生きていく内にそのような名前が定着した。

 仲間が数人いるらしいが詳細は不明。

 少なくとも四百年は生きているとされている。

 最後に立ち寄ったのはローデン要塞らしいが……それより先の記録はない。


 今彼がどこで何をしているか誰にも分からないが、もし怪異に名前を付けたのがこの人だとすると……。


「百鬼夜行に……仙人が関わってるんだ……!」

「わぁ」


 仙人がこの怪物たちに名前を付けたのだとすれば、二十三年前の百鬼夜行に参戦していることになる。

 百鬼夜行という呪いはこのキュリアス王国でしか発生していない。

 この事件を知っているのは当時このキュリアス王国にいた人物であるはずだ。


 そこでタリアナは怪異書を閉じ、ロロが持ってきた百鬼夜行の事件資料を開くようにと急かす。

 促されて表紙を捲り、齧りつくようにして資料を読み進める。


「キュリアル王国創立二百三十二年、夏初頭。城壁が破壊され、その足元に真っ黒で沼のような穴が出現した。城壁は“切断されていた”」

「切断……」

「城壁の真下に穴ができたんだってさ。瓦礫は穴の中に落ちたらしい」


 当時の記録によると、明朝に凄まじい轟音が城の付近で轟き、近くで警備を行っていた兵士数名に死傷者が出た。

 城壁が切断され、地面に吸い込まれるように消えたのだ。

 そして切断された城壁があった足元には、黒い穴が出現していた。

 出現したのは四十メートルという大きな穴だ。

 表層には薄い膜が張られているらしく、光を一切奥に通さない。


 資料の中に挿絵があった。

 そこには黒い穴の中から無数の黄色い目玉がこちらを覗いている様子が描かれている。

 見ているだけで不気味さを覚えたため、ロロはすぐに目を反らして文字を読み進めた。


「一夜目……餓鬼の万の大軍勢が穴から這い出した。簡易的な三層の防衛設備を整えていたが、大軍は水が溢れ出すかのように防衛設備から零れだし、破壊。三層全てを破壊したところで、冒険者たちと乱戦に持ち込まれることになった」


 当時、冒険者の指揮を執っていたのは現ギルドマスターのナルファム・ドレイク。

 補佐に回っていたのは副ギルドマスターのダムラス・カートム。

 他にも高ランク冒険者が細かい指示などをしていたらしいがこの書物には記載されていない。

 しかし彼らが活躍していたのは事実の様で、しばらくの間は圧倒的優勢の状況を維持できたようだ。


 だが……ここで一気に不利な局面へと移行する。


「鬼と呼ばれる怪異の登場……」

「待って、こっちで調べるわ」


 再び怪異書を開いたタリアナは、少ないページを捲ってすぐに該当する怪異を発見した。

 名前はロロが先ほど口にした『鬼』である。


 髪の毛はぼさぼさで一本の角が額から伸び、常に怒り狂ったような表情を張り付けており、太い牙をむき出しにしている。

 筋骨隆々の人の姿をしており、その肉体美を見せつけるためなのか半裸の姿で描かれていた。

 大きな鉄の塊を手に持っていたらしいがそれを軽々と振り回すほどの怪力を有している。


 餓鬼を統率する力を持っており、鬼が出現してから餓鬼の戦闘方法に違いが出たとの証言がある。

 単騎突撃を繰り返していたが鬼の出現によって三体で一人を襲うように変わったらしい。


 そしてこの屈強な肉体を持つ鬼は耐久面もそうだが見た目以上の怪力を有している。


「その怪力は……手で壁を押すだけで城壁が瓦解するほどである」

「うそだぁ」

「そっちの資料にはなんて書いてある?」

「ええーっと……」


 再びロロの持ってきた資料に目を通す。

 鬼が登場してから餓鬼の戦闘方法が変わった。

 だが餓鬼は非常に弱い存在であり、尚且つ後方からの魔法支援があったため苦戦を強いられることはなかったという。


 そこで高ランク冒険者が前に出て鬼を討つことになった。

 見事首を刎ねて鬼を討つことに成功したが……鬼の生命力はすさまじく、首がない状態でも少しだけ自由に動くことが出来る。

 鬼は棒状に伸ばした鉄の塊を振り上げ、地面に叩きつけた。

 ただそれだけだったがキュリアス王国のほとんどを占める家屋がこの一撃で倒壊した。

 鬼が死に際に繰り出した攻撃は、大地震を引き起こしたのだ。


「大地震の話はちょっと聞いたことあるかも。あれ、鬼が引き起こしたんだ……」

「被害はどれくらいあったの?」

「まともに使える施設は城と冒険者ギルドくらいだったらしいよ」

「わぁー……」


 これだけの被害が出たのだ。

 国を捨てて隣国へ移動する者が後を絶たなかったらしい。

 しかしそれでも残り続けた冒険者や国民は、何かしら強い思いがあったのかもしれない。

 そんなことをロロは思った。


 続きが気になって更に読み進める。

 二夜目。

 満身創痍となっていた冒険者や国民だったが、次は作戦を講じて大穴から湧き出してくる餓鬼に対処することにした。


 火に弱いということが分かったので倒壊したがれきから燃える物を運び出して並べておく。

 酒場や料理店から可燃性のある液体をそれらに含ませて待機。

 鬼を近距離で対処することは至極難しいと判断したので、国からバリスタを借り受けて使用することに。


 長い間火を絶やさず、出てきた鬼はしっかりとバリスタで仕留め、火が押しつぶされないように遠距離魔法や遠距離攻撃で可能な限り餓鬼を討つ。

 この作戦は大成功を収め、一人の死傷者も出さず、尚且つ被害も出すことなく完勝した。

 士気が大きく上昇し誰もが勝利への道を前向きに考える。


 そんな中、完全な絶望が押し寄せた。


「その日の昼、四十メートルの大穴が一つと、百メートルを超える大穴が一つ出現した。計三つの大穴からは、同じ様に怪異が出現する……」

「一つでも大変なのに、三つも?」

「そうだよ。三つも相手取ったさ」

「「っ!?」」


 急に知らない人から声を掛けられた。

 二人は肩を跳ね上げて驚き、ばっと後ろを振り返る。

 確認してみればギルドの職員室から続く鍵のかかった扉が開いており、一人の中年女性が出てきてこちらに歩いてきていた。


 少しばかり顔にしわが出始めている女性だが、その目は鋭い。

 しかし顔立ちは優し気だ。

 ニコリと笑うと年齢に似合う気配が彼女を満たした。

 手入れされている長い茶糸の髪の毛は美しく、後ろで一つに束ねられている。


 だが彼女には右手がなかった。

 特段隠しているそぶりは見せておらず、気にも留めていないようである。


「えと、貴方は……?」


 タリアナがおずおずと聞いた。

 ギルド職員専用の扉から出てきたということは、ギルドの職員であることは間違いなさそうだ。

 二人はギルドをほとんど利用しないので、彼女がどういった人なのか分からなかった。


 すると、女性は腕を組む。


「一般人がギルドの資料室を見たいだなんて面白そうだと思ってね。顔だけでも……って思ったけど、どうやら百鬼夜行について調べているそうじゃないか」

「え、ええ。まぁ……」

「ああ、早速話が脱線したね。私はギルドマスターのナルファム・ドレイクだよ」

「「うえっ!?」」


 いきなりとんでもない大物が出てきた、と二人は声を合わせて驚いたのだった。

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