16.生き証人からの話


 予想通り、といった二人の反応にナルファムはくつくつと笑った。

 まさかこんな人物が目の前に来てくれるとは思わなかったのだ。

 驚くのも無理はない。


 ナルファムは先程受け付けに降りてきたのだが、その時資料室から声がしたのを聞き逃さなかった。

 受付嬢に話を聞いてみれば、一般人が調べものをしに来たというではないか。

 荒れくれものが揃う冒険者ギルドに依頼をする以外の目的で赴く一般人なんていたんだな、と一笑してしまった。

 それと同時に興味を持った次第だ。


 こっそり話を聞いてみると、過去の懐かしい話をしているではないか。

 とても自慢できるような話ではないが、こうして出会ったのも何かの縁だと思ったので少し協力者してやることにした。

 自己紹介をして案の定驚かれたが、ここまでの流れが一セットだ。


 と、いったところで本題に入ることにする。

 だがその前に……なんだか妙な面影を残している少女がいる。

 ナルファムは見たことのあるネイビー色の髪の毛をしているロロを凝視した。


「あら、貴方もしかしてギギの妹さん?」

「え!? あ、そうです……」


 予想外の問いに素っ頓狂な声を上げてしまった。

 恥ずかしくなって縮こまる。

 どうやらナルファムはギギのパーティーを認識しているらしい。

 数ある冒険者パーティーの中でギルドマスターの目に留まっているというのは、ロロにとって少しは嬉しかった。


 ナルファムは納得したように頷く。


「やっぱりねぇ。綺麗な髪の毛だからすぐに分かったわ。今日は一緒じゃないの?」

「えっと~……あはははは……」


 どう説明して誤魔化せばいいかわからず、愛想笑いをタリアナと共に浮かべる。

 今、こっそり調査をしているとは言えない。

 ギルドマスターにこの事が知られてしまえば、確実にギギたちに情報が渡ってしまうからだ。


 そう考えると、ここでこうして話しているだけでも随分危険なのではないだろうか。

 いつぼろが出るか分かった物ではない。

 下手なことは言うまい、と胸の内で決意したところでナルファムが一つ『ふむ』と呟く。


「で、君たちはどういった理由でここに調べ物をしに来たんだい?」


 ロロはタリアナを見る。

 話しても問題ないだろうか、と問う視線だ。

 タリアナはそれに頷き、彼女自身が話はじめる。


「墓地の神父がレイスの討伐依頼を冒険者ギルドに出しているんですが、知っていますか?」

「墓地がかい?」


 ナルファムは腕を組んだ。

 ギルドマスターといってもAランクやBランク全ての依頼を網羅しているわけではない。

 流石にSランク以上の依頼はすべて把握しているがその他は受付嬢やほかの職員に対応を任せている。

 なのでAランクの依頼にレイス討伐の依頼が上がっていることは初めて知ったことだ。


 しかしおかしい。

 墓地の神父とはキュリアス王国墓地を管理している彼のことだろう。

 自国の中でAランク級のレイスが出現するような案件が生じることはないと思っていた。

 それに……墓地には墓守がいるのだ。


「墓守はどうしたんだい?」

「レイスに怪我をさせられて休養中だと聞きました」

「嘘だね」

「「え?」」


 ナルファムはそう断言できる。

 彼女は墓守をよく知っていたのだ。

 あの男はレイス相手にへまをするような人間ではない。

 だがそれと同時に……彼がなぜ怪我をしたとうそぶいて墓地から離れたのかも理解できた。


 この二人はあの事件の続きを追っているのだな、とナルファムは確信する。

 百鬼夜行を調べていたり、墓地の話が出てきた時点でそれは分かった。

 その中に墓守の話が入っていることは予想外だったが。


 二人に話すべきか?

 冒険者でもなければ、戦う術はもちろん、守る術も持っていなさそうな市民に向けてできる話なのか彼女は深く考えた。

 だが墓守の性格上、冒険者風情の話は聞かないだろう。

 ともなればこの二人が鍵となる可能性は充分にあった。


「それじゃあ少し話そうか」


 ナルファムはそう言いながら席に着いた。

 ギルドマスターが同じ席に着くなど考えたこともなかったロロは緊張で固まっている。

 タリアナも少しは緊張しているようではあったが平静は装っていた。


「ダムラスって知ってるかい?」

「さっき調べました。副ギルドマスターのダムラス・カートムさんですよね」

「そう。あいつが今墓守をしてる」

「えっ!」


 驚いたのはロロのみだった。

 タリアナはどうして気付かなかったんだ、と少し呆れている。

 先ほどの資料で名前が出てきたはずだというのに。


 彼女はダムラス宛てに郵便を届けたことがある。

 彼は墓守だと聞いていたので覚えていたのだ。

 そして百鬼夜行の資料の中にダムラスの名前が入っていた。

 流石に元副ギルドマスターだとは知らなかったのでタリアナも内心驚いたが。表には出さなかった。


 それをロロにも共有していたはずだが……百鬼夜行の資料を読むのが楽しくて失念していたらしい。

 共有したことを指摘すると『そういえばそうだった』と頬を掻きながら笑った。


「百鬼夜行の話に戻るけど」


 ナルファムがロロの持って来ていた資料を手に取り、ページを捲る。


「大穴が三つ出現した日の夜、私は生存者をいくつかの部隊に分けて小分けにした。残り少ない戦力で大穴からの進軍を阻止するより、まばらに迫りくる餓鬼を退治した方がいいと考えた」

 

 すべてを相手取るより、敵を分散させることに注力した。

 その結果確かに戦いやすくなり前半戦は被害もほとんどなく戦うことはできていた。

 しかし……。


「馬頭の鬼が出てきてね」

「これですか?」

「そう。名前を馬頭」


 この馬頭はバリケードを赤子の手をひねる用に破壊し、冒険者たちが守る拠点を破壊し尽くした。

 あの日の光景は今でも覚えている。

 バリスタも役に立たず、魔法も剣も効かない化け物。

 太陽の光のみがあれを倒すことが出来たのだ。


 作った拠点は三十八個中、二十六個しか残らなかった。

 残った拠点も被害を受け死傷者は増すばかり。

 そして四日目の昼。


「ここで仙人が到着した」


 それからは一方的だった。

 仙人は一人の仲間に大穴へ侵入させ、中にいるであろう化け物の軍団を一人だけで始末させてしまったのだ。

 大地に出現した巨大な穴三つから火柱が上がったことはよく覚えている。

 その大きさはキュリアス城を飲み込まんばかりの苛烈さであった。


 一日十分に休息を取ることが出来た生存者たちの士気は上がり、また戦えるようにまで回復した。

 そして五日目、呪いを掛けた張本人が出張って来て戦闘になった。


 主犯が召喚する特別な餓鬼は“攻撃が効かない”。

 冒険者の剣も魔法も意味をなさなかったが、唯一仕留めることが出来る武器が存在した。


「それは?」

「研ぎ師が研いだ剣だった」


 これとは別の一件で研ぎ師は国から剣を研ぐようにと半ば強制的に作業を行わせていたのだが、その剣が特別な餓鬼を唯一仕留める得物となった。

 研がれた剣は騎士団に配布されており、城内からの援軍で駆け付けた騎士団たちがその剣を振るって餓鬼を仕留め続けたのだ。

 冒険者も仕留める事こそできなかったが、彼らが駆けつけてくれるまでよく持った、と後日国王から勲章を賜ったりもした。

 それ程の大きな貢献だったのだ。


 最後に仙人の仲間の一人が主犯を討ち、事件は幕を閉じることになる。

 だがそれだけでは終わらなかった。


「それから数週間後だったかね。亡くなった冒険者がレイスとなって出てきたのさ」


 レイスは普通、強い魔力を持つ死者の体から生まれる。

 生まれたばかりのレイスは比較的弱い存在なのだが、時間が経つにつれ力を増し討伐難易度が上がるのだ。

 だが当時、死体は食い散らかされて肉片一つ落ちてはいなかった。

 ではどこからレイスが出現しているのかと調査を開始したダムラスは、発生源が冒険者の持っていた剣や防具だということに気付く。


 それに気付いた後、朝になってから武具を全て回収させて墓地の一角に移動させた。

 ダムラスはそれ以降の対処は自分がすると言い、誰も墓地に近づけさせていない。

 唯一神父が一緒にいるくらいだろうか。


「あ、あの……」


 ロロがおずおずと手を上げる。


「なんだい?」

「だ、ダムラスさんは聖魔法が使えないと聞きました……。なのにどうして定期的に出て来るレイスを相手し続けているんですか?」

「ちょ……! ロロ……!」

「え?」


 タリアナが慌てている様子を見て、これは言ってはならない事だったと気付いたロロは口を覆った。

 それを見てナルファムがくつくつと笑う。


「もう遅いよ。それに君より先にそっちの彼女の方が口を滑らせているからね」

「え!? 嘘っ!?」

「本当さ。神父の話、レイス討伐のAランク依頼、墓守が休養中。君たちみたいな子がなんでそんなことを知ってるのか不思議なくらいだよ? いくら何でも知りすぎさ。話を聞いてれば本当は何が知りたいのかよく分かる」

「あう……」


 自分が最初に失言していたことに気付いていなかったタリアナは顔を覆った。

 こういうのは得意ではないらしい。

 経験がないと言ってしまえばそれまでだが、なんだか恥ずかしかった。


 ナルファムはニコニコと笑いながら話を続ける。


「墓地で何かあったね?」

「「ギクッ」」

「君たちのどちらかがその原因と見える。ギギに話を通して欲しくないのは隠れながら調査をしているからだろう? 途中まで調査はしていたのかな。じゃないとここまで調べられない。ああ、そうなると原因は妹ちゃんか。ギギは無口だったから他人との意思疎通は難しいしね」

「うぐ……」

「え、ええと……」


 二人はなんとか言い訳を考えて誤魔化そうと考えた。

 だがそれを許さない、といった風にナルファムは言葉を切らさない。


「百鬼夜行について調べてるのはあの特別なレイスについて知ったからだろう? あれは二十三年前の呪いの副産物さ。何か関りがあると思って調べたと踏んでる。でも君たちみたいに若い子がその話を知ってるはずがない。知ってたら調べに来ないからね。そうなると……」


 ナルファムは少し悩む素振りを見せていたが次に口にする言葉は決まっているのだろう。

 勿体ぶる様に振舞ったあと、ピッとロロとタリアナに向けて指をさす。


「墓地で上位個体のレイスとやりあったね?」

「「……ま、参りました……」」

「おお、私もまだ衰えてないねぇ。それに素直で大変宜しい」


 ここまで見切られてしまえば嘘を言ったところで何の意味もない。

 二人は白旗を上げて降参した。

 満足そうに笑ったナルファムは隣にいたロロの頭を撫でる。


「厄介ごとに巻き込まれてそうだね」

「じ、実はもう私たちに実害はなくて……でも発端が私だから……何とかしたくて……」

「良い心がけだね。でも協力できるかもしれないから話してごらん」

「……」


 ロロはタリアナを見る。

 彼女も頷いてくれたので、今までの経緯をすべて説明した。

 流石にテレスに関わることだけは説明していない。

 なので手紙についてのことも説明はしなかった。

 彼女のことが露見すると本格的にお尋ね者になる可能性が高かいからだ。


 大まかな話を聞いたナルファムは大きく嘆息した。

 嘘をついているとばれたのだろうか?

 少しばかり緊張した面持ちで待っていると、彼女は一つ呟いた。


「ダムラスめ……。まだ甘い事やってるのか……」

「ダムラスさん?」

「……君たちも説明してくれたのだから、こちらも説明しよう。恐らくこの事件を解決するにはダムラスの協力が不可欠なの」


 椅子の背もたれにだらしなくもたれかかり、天井を見上げる。

 心底呆れた様子で口を動かした。


「まずはダムラスが聖魔法を使わない理由について説明するわ」

「……え、ちょっと待ってください」


 タリアナがすぐに反応した。


「ダムラスさんって聖魔法使えるんですか!?」

「そうだよ。でも、使わないのさ」

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