2.炙り出し


 この職場は朝から夕方にかけて様々な来訪者が来る。

 一日中暇をしないが、そこまで忙しいというわけでもないので全員が各々のペースを維持して働くことが出来るのだ。


 国中から集められた手紙の住所を一枚一枚確認し、届け先を把握する。

 国の外に出る手紙であれば、目的地である領地に二名の局員を派遣して、向こうの領地にある郵便局に任せる。

 そのため局員の入れ替わりは非常に激しいが、最終的には元居た職場に帰ってくるのだ。


 因みにナタトは、現在誰がどの領地に居て、何日後に帰ってくる予定なのかも全て頭の中に入れているらしい。

 ここまで来ると職人の域である。

 おかげで毎日届けられる手紙も、可能な限り早く目的地に郵送することができていた。


 領地の名前が書かれたバッグの中に、丁寧に手紙を詰めていく。

 そんな仕分け作業が行われている部屋の廊下を、疲れ切ったロロが幾つかの手紙を抱えて歩いていた。

 今日処理できた手紙は全部で百五十枚程度。

 その中の六十枚がダミーであったり、送り先の住所はもちろん名前すら記入していないもので特定することが出来なかった物ばかりだ。


「お尻が痛い……ああー疲れたよぉー……」


 そんなことを口にしながら、今日の最後の仕事を終わらせる。

 郵便局の中庭に用意されている焼却用の一角に座り、薪を用意した。

 着火道具ライターで暫く手紙を燃やせば火種ができ、薪を組んで大きな火にする。

 便利な魔道具が多い時代に生まれてよかった。


 軽く火を起こしたところで、手紙を一枚一枚丁寧に投げ入れる。

 ちょっと面倒くさいが風もあるし灰が飛んでしまうと掃除が酷く面倒くさいので、ゆっくりと手紙を燃やしていく。

 たまに赤い蝋が火を激しく燃やすが、それもすぐに収まった。


「くそー、全部ダミーだったら楽なのに……」


 貴族の手紙はダミーが多い。

 蝋で封をしているためよく分かるが、中身は大抵真っ白だ。

 これを見ただけで『ああ、上では隠さなきゃいけないことがあるんだなぁ』となんとなく察してしまう。

 とはいえロロは庶民。

 相当なことがなければ関わることはないだろう、と思いながらぺいっと手紙を焚火に投げた。


「あ、入らなかった」


 火の勢いが少し強かったのか、押し返されるようにして戻って来た。

 気に止めることもなく再び手に取って投げ入れる。

 その時、じわっ……と何かが浮き出てきたことに気付いた。


「えっ?」


 焚火に近づくにつれて浮き出てきた文字は鮮明になって行く。

 だがあまりにも火に近すぎた。

 手紙の端っこが黒くなっていく。


「おわああああ!! んそおいっ!!」


 一瞬で立ち上がり、手紙を蹴り上げる。

 疾走スキルが役に立ってロロの蹴り技は見事に手紙だけをつま先で掬い上げた。

 だがその勢いは思ったよりも強く、ステーンッと転倒してしまう。


「ほぶえっ!」


 幸い怪我もないし、焚火を蹴り飛ばして火をどこかに移してしまうなどという最悪の事態は避けることができたが……体が痛い。

 悶絶しているとひらりと先ほど救出した手紙が顔に被さった。

 今のままでは立ち上がれそうもないので、辛うじて動かせる手を使って顔から手紙を引っぺがす。


 手紙をまじまじと見てみると、四隅は焦げてしまっていたが手紙自体は無事だ。

 そして浮き上がって来た文字も読み解くことが出来る。


「……キュリ、アス……王、国。墓地。……墓地?」


 ようやく痛みの引いてきた体を起こし、手にしている手紙をまじまじと見てみるがそれ以上のことは書かれていなかった。

 ロロはこの手紙の封筒を探す。

 するとそれは……燃えていた。


「ほぎゃああああ!」


 手掛かりの一つを完全に失ってしまったロロはガックリを肩を落とす。

 少しして、改めて手紙を見た。

 この手法は本で読んだことがある。


「炙り出し……」


 無色透明な液体で文字を書き、乾いた後で火にあぶると文字が浮き出て来るものだ。

 使用されるのはミカンの絞り汁や酢、ミョウバンなどがある。

 透明なインクで文字を書くので字は汚いが読み解くことは十分可能だった。

 万年筆ではなく細い筆で描いたような文字だ。


 誰が書いたのかはさておき、ロロはこれをどうするべきか悩んでいた。

 五年間も放置されていた物だ。

 一度は処分が決定仕舞った手紙だし、このまま燃やしてしまっても何も問題はないと思う。


 だが……なんだかワクワクしていた。

 誰が書いたとも知らない隠された手紙。

 キュリアス王国にある大きな墓地に、何かがあるということだ。

 別にトレジャーハンターでも冒険者でもないロロではあったが、これが冒険心をくすぐられる、という奴なのかと気付いてしまった。


 この手紙が指し示す意味を確かめたい。

 気付けばロロはその手紙をこっそり懐に仕舞い込んでいた。


「ロロさん? 大丈夫ですか?」

「おわああ!? ナタトさん!」

「大きな声がしましたので何事かと……」

「あ、いやいや! 大丈夫です! 薪が割れる音がして驚いただけなので!」

「そうでしたか。火は危ないですから、十分注意してくださいね」


 そう言い残して戻って行った。

 どうやら手紙をくすねたことはバレていなかったらしい。


 とりあえず今日の分の仕事を終わらせることに集中する。

 手紙を燃やすだけなのでそんなに難しくはないが、なにぶん時間がかかる。

 早く冒険に行ってみたいなというはやる気持ちを抑えつつ、火の後始末をするのだった。



 ◆



 業務が終わり、ようやく自由になったロロは大きく伸びをした。

 座りっぱなしの作業が多かったので体がバキバキだ。

 関節がパキパキとなったことを確認すると、大きく息を吐いて帰路に着く。


 まずはこの手紙を共有できる人物が必要だ。

 口が堅くて信頼できる人物。

 そしてある程度の危険を冒しても何とかしてくれそうな人が必要なのだが……。

 ロロにはとても頼りになる人物がいる。

 この話を持って行けば確実に食らいついて来るという確信もあった。


 家に帰って扉を開ける。

 と同時に大きな声を張り上げた。


「ギギ兄ちゃーん! おーい! ギーギにーちゃーん!」

「う?」


 鼻辺りまで降りて来てしまっているストレートのネイビー色の髪を掻きむしりながら、若い男が扉から顔をひょっこり覗かせた。

 優男に見えるが体つきは細いながらもしっかりしている。

 目は完全にこちらからだと見えないのでどういう表情をしているのか普通は分からないが、ロロは兄であるギギの意思を読み取ることが出来る。


「あ、面倒くさいって思ったでしょ!」

「フ」

「大丈夫だって~! 冒険者のお兄ちゃんにとってはいいお話だよー!」


 ギギが喉を鳴らして嘆息すた。

 彼は親が探してくれた仮屋の賃金を支払うために、稼ぎの良い冒険者として活動している。

 現在のランクはBランクではあるが、いろんなパーティーから誘われていて人気なんだとか。

 だがギギはそれを全て突っぱねて今所属しているパーティーに在籍し続けている。

 初めて組んだパーティーメンバーという物は、なかなかにかけがえのない者であり、彼自身も気に入っているしなにより義理堅いのだ。

 何か大きな事件がない限り脱退することはないだろう。


 だがギギは誰であっても言葉を発することはしない。

 その理由をロロは知らないし、他の人たちも知らないようだ。

 いつも帰ってくるのは喉を鳴らして反応する声ばかりであるため、会話にはならないらしい。

 ロロには関係ない事なのでギギが喋らなくてもまったく気にはならないが。


 ギギとロロは実の兄弟で、こうして二人で暮らしている。

 両親は離れた領地に住んでおり、祭りの日などにキュリアス王国に遊びに来てくれるのでそこまで寂しくはない。


「う」

「あ、そうそうこれ!」


 ギギはロロが言った言葉に興味を示し、手を差し出してきた。

 なので懐に仕舞っていた炙り出しの手紙を取り出して手渡す。

 内容を見たギギは難しそうな顔をして口を尖らせた。


「それね~、五年まの手紙なんだけど、焼却処分中に文字が浮き出て来て慌てて回収したんだよね! すごい冒険の匂いがしてね! なんだかわくわくしちゃって! それでもしギギが暇だったらこの手紙を届けるの手伝ってほしいなぁ~なんて……」

「うう……」

「……ギギ?」


 ギギはこの手紙から想像できる予測をいくつか考えていた。

 こういった手法を取るということは、炙り出しにしてまで隠したいものがそこにあり、隠してまで伝えたい人物がいたという事。

 これが五年前の話であればもうすべてが終わっている可能性は高いが、まだ燻っているとなれば危険な手紙である可能性も捨てきれない。


 手渡されたのは手紙のみ。

 封筒はないので庶民の手紙なのか、貴族の手紙なのかもわからないし、見えないインクで、更に筆で書いているから筆跡を辿ることも難しい。


 他に手掛かりがないか確認してみるが、あとは何もなさそうだ。

 もう少し炙れば何か出て来るだろうか?


「う」


 指先に炎を出現させて炙ってみる。

 だが一切の変化はなかった。

 どうやら浮き出てくるのはこの文字だけらしい。


「ううー……」

「どう? なにか手掛かりあった?」

「ぐぅ……」

「え! 嫌だよ私も行く! 届けるのが仕事なんだからね!」

「……」


 ギギは一緒に行くことは難しそうだと伝えたのだが、仕事のプライドを引きに出してきた。

 そんなプライドまだないだろう、と心の中では思ったが……。

 冒険心というのはギギが一番よく知っている感情だ。

 こればかりは誰にも止められないということを知っているし、無理に引き離すと一人で突き進んでしまいそうだった。


 流石にかわいい妹を危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 とはいえその冒険心を発散させてやりたい。


 しばらく悩んだ末、ギギは不承不承に頷いて同行を許可した。

 ロロも危険が待っているかもしれないと思って自分に同行をしてもらうように願い出ているのだ。

 一人で突っ走らなかっただけ良かったとしておこう。


「はぁ……。う」

「ほんと!? おっしゃああ!」

「うう」

「うげっ……。えと……次のお休みは多分一週間後……? 早く終わればいいけど凄い面倒くさい仕事任されてるから……」

「うぅ」

「冒険はそれ終わってからですか……分かったよぉ……」


 ロロはとぼとぼと自室に戻って行った。

 どうやら疲れているらしい。

 慣れていない仕事というのは体力を削ってしまう。


(今日はロロが好きな煮込み料理でも作ってやるか)


 となれば食材が足りない。

 早速買い出しに行くことにして家を出た。


(……ロロが休みになる前に、下調べしておいた方がいいな……。キュリアス王国の墓地だったか。明日にでも仲間に聞いてみよう)

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