冒険のきっかけは炙り出しでした

真打

1.五年前の手紙


 大きなレンガ造りの家屋を何軒も回っていく足音が聞こえた。

 整備された道は走りやすいが長年使用している靴は若干悲鳴を上げている。

 しかし自分の歩き方、走り方に型崩れした靴はまるで自分の素足のようでもあった。

 まだ新品に変えるには早すぎる。

 あと数年はこれで頑張ってもらわなければ。


 また一軒の家屋の玄関に立ち寄り、ポストに手紙を入れて離れる。

 朝の早い仕事だ。

 基本はなんでも運ぶ運搬業務だが、朝はこうして手紙を運んでいる。


「ふぃー」


 額に浮き出た汗を袖でぬぐいながら空を見上げた。

 日が顔出して日光を大地に注ぎ始める。


 ここはキュリアス王国という大きな国だ。

 二十三年前に大きな事件があったらしいが、復興は順調に進んで今では誰もが昔の生活を取り戻している。

 大きな戦争もなく、ここに暮らしている人々は平和な日常を送っていた。


 私もそのうちの一人。

 手紙マークの刺繍が入った深緑色の帽子をネイビー色の髪の上からかぶり、大きな革バッグを肩に下げている。

 帽子の色と同じ深緑色の制服を着て、少し細い黒のベルトをしっかり締めていた。

 中性的な顔立ちで、パット見ただけでは男か女かよく分からない。


 本日分の任された仕事をきっちり行うために、静かな街を走っていく。

 今の時間帯だと殆んどの人は寝ているだろうが、夜が仕事の人は今ようやく店じまいをしているところだった。


 一軒の酒場を通りすぎる。

 すると丁度良く出てきた人物に声をかけられた。


「お、ロロー」

「あっ。おはよー!」

「はい、おはよう。すまないけど、これも頼めるかな」


 そう言って、小さな包みを差し出してきた。

 ロロはそれにひどく嫌な顔をする。


「どぅえーー! 追加仕事ぉ!? ていうかこのやり方だとサービスじゃんっ! 郵便局通してくれないとお給金出ないんだけどー!」

「はははは、悪いな。今度寄ってくれたら酒出してやるから」

「やらせていただきます」

「お前未成年だろうが」


 ロロはしゅんとしょぼくれる。

 ここ、キュリアス王国は酒を飲むのは18歳からという制限が掛けられているのだ。

 この国の国王、アディリダス国王殿下が正式の定めた法令である。


 法があったとしても、こっそり飲む人はいる。

 バレなければ罪ではない、というやつだ。

 こっそり飲ませてくれるものだと思ったのに、とんだ嘘つきだ。

 ロロはぷりぷりしながら頬を膨らませる。


「じゃあなんでそんな期待させるようなこと言うんだよー!」

「こう言えばサービスしてくれそうだったから」

「やんない!」

「まぁまぁ。今年でお前も18だからな。誕生日うち貸しきって祝ってやるよ。やってくれたらな」

「やらせていただきます」


 そう言いながら両手を差し出して荷物を受けとる。

 手のひらがくるくると回っているなぁ、と酒場の店主は苦笑いをこぼした。

 素直なんだか、欲深いんだか。

 だが店主はこれが彼女の良いところだということをよく知っていた。

 

「もちろん奢りだよねっ!」

「誕生日だしな」

「うおしゃー! で、届け先は!?」

「薬屋ベネティの所。料理に使うハーブが切れちまってな。そいつと交換するって訳だ」

「了解ー! そんじゃ行ってくる!」


 届け先を聞いた瞬間、ロロは風のように走り去ってしまった。

 その勢いの強さを印象つけるためか、店主に少しばかりの風が当たる。

 目を少し閉じていただけなのにロロの姿は既に見えなくなっていた。

 店主は感心したようにして呟く。


「流石『疾走スキル』。速いねぇ……」


 この世界にはスキルというものが存在する。

 12歳に教会へ赴き、神様からスキルという信託を授けられるのだ。

 そしてスキルに見合った職へ就くこととなる。


 ロロのスキルは『疾走』で、速く移動することができるものだ。

 そして数ある中の職業で選ばれたのが郵便局員であった。

 どんなところでも荷物を届けに行き、予定より遅れたことは一度もない。

 そんなロロの信頼度は非常に高く、貴族や王族からも配送依頼を任されるほどだ。

 確実に運ぶことができるのは小物に限るが、それでも十分である。

 どんなところでも、確実に、正確に届けてくれるのだから。


「着いた!」


 地面を滑りながら勢いを殺し、目的地の薬屋の扉をノックした。

 手紙であればポストに入れておくだだけでいいが、荷物の場合はそうもいかない。

 自分の手で手渡さなければ、仕事を完遂したことにはならないのだ。


 早朝からの訪問になるので起きているか不安だったが、薬屋の店主は早起きだったらしい。

 背の曲がった禿げ散らかしている老人が、軋む扉を開けて顔を覗かせた。


「おはようございます! ベネティさん!」

「おお、ロロ。なにか届け物か?」

「酒場の店主さんから」

「と、いうことはハーブが切れたか。ちょいとまっておれよ」


 ベネティは奥へ引っ込むと、ゴソゴソとなにかを準備している音がした。

 しばらく待機していると再び扉が開けられた。


「ほれ、これを持っていっておくれ」

「なんか普通におつかいしてる気分」

「む? 仕事ではないのかえ?」

「サービスだよー。その代わり誕生日にごはん食べさせてくれる」

「いいおつかいじゃないか」


 ベネティはロロが持っている荷物を受け取り、準備してきた木箱を手渡す。

 あとはこれを酒場の店主に持っていけばおつかい完了だ。


 ハーブの代わりに何を送ったのだろうか、と少し気になったが配達人は内容物を確認しない。

 してはならないのだ。

 好奇心をぐっと堪え、踵を返した。


「じゃあまた!」

「怪我しないようにな」

 

 軽く挨拶をして、再び酒場に戻る。

 すると店主は玄関周りを清掃していたようですぐに見つかった。

 ロロは元気よく声をかける。


「へいお待ち!」

「んん!? 早いな!? あのじいさん起きてたのかよ!」

「てことで……はい、どーぞ」

「お、おう……」


 無事に木箱を手渡しておつかい完了である。

 さて、そろそろ仕事に戻らなければならない。

 とはいえ既に殆んど片付けてしまっているので、残るは報告だけだ。


「むむ、今日は一番乗りじゃないかもしれない……」

「気にすることなのか?」

「なんでも一番がいいじゃん! てことで帰るね!」

「おー。誕生日とその次の日は空けておけよー」

「わかってるってー!」


 ロロはそう言って掛けていく。

 目的地は……商業ギルドである。



 ◆



 配送業務は元より商業ギルドが執り行っている仕事だった。

 様々な商売を管轄し、より良い商品や鮮度の高い食材などを国の中に持ち運んだり、国外へと輸出するのだ。

 商業ギルドの配送業務を行っている人々、生産者、消費者がいてこそ成り立っていることであり、国民の生活には欠かせない一部となっていた。

 もちろん国を出る配送依頼となれば冒険者を束ねている冒険者ギルドにも協力を仰ぐことになる。

 その点で言えば、商業ギルドと冒険者ギルドの関係は切っても切れない関係性にあるだろう。


 郵便局は商業ギルドから分裂した小物配送業務の担当を専門とする運び手である。

 手紙、贈り物といった物が基本となるが、その量は意外にも多い。

 このキュリアス王国は広く、人口も非常に多く様々な人々が生活をしている。

 領地も広く持っている為に手紙でのやり取りは頻繁に行われているのだ。


 貴族などは配下などを使って手紙を届けさせていたが、貴族の世界では陰謀が絶えない。

 配下を把握している他の貴族が手紙の配送を阻止するなどといったことも多くあった様だ。

 だが郵便局に手紙を任せておけば誰がどの手紙を何処に持っていくか、という情報は洩れない。

 設立当初こそそこまで利用頻度はなかったものの、庶民に浸透し始めて貴族たちも多く利用されるようになったという歴史がある。

 もちろん今も利用しない者はいるが。


 ロロはその中でも優秀な国内専属の運び手だった。


「たっだいま戻りましたー!!」

「おおー珍しい。二番乗りじゃん」

「なん……!?」


 木造作りの郵便局の扉を開け、意気揚々と中に入ったは良かったが残念ながら今日は一番乗りにはなれなかったようだ。

 そこには二人の人物がいた。


 一人は同じく深緑色の制服を着た女性が背筋をピシッと伸ばし、空っぽになった鞄を磨いている。

 綺麗な金髪は後ろで一つにまとめられており、細く整った顔立ちをしていた。

 一目見ただけでも美人と分かるほどに顔は良い。

 背も高くて体系もスレンダーだ。


 もう一人は男性で、目の下に深い隈を作って優しい笑顔をこちらに向けていた。

 同じく深緑色の制服を着ているが帽子は被っておらず、白髪の混じった髪の毛を上げてオールバックにしている。

 その代わり胸元には小さな輝くバッチが飾り付けられていた。

 はっきり見えるようになってきた皺を気にするかのように、顔を撫でて皮膚を伸ばしながら髭を触った。


「ぐぬぬ……タリアナ……!」

「今日は一番……。私でも貴方に勝てるみたいね!」

「ぐぬーーーー!!」

「ロロさんが一番じゃないのは珍しいですね? 道中何かありましたか? いつもと違う変化があると不安になってしまう質でして」

「ナタトさん……」


 一番乗りになって得意げになっているのは、ロロと同い年のタリアナ。

 彼女は『浮遊』というスキルを所持しており、ロロほどではないが普通の人よりも早く移動することが出来る。

 自分しか浮かせられないし、地面から一メートル程しか浮かび上がれないので完全に移動用のスキルだ。


 そして笑顔から一変、心配そうに声をかけてくれたのはこの郵便局のマスターであるナタト。

 元々は商業ギルドの重鎮だったらしいが、今はここのマスターを担っている。

 彼は『不眠』という少し変わったスキルを持っており眠ることがあまりない。

 そのため大量に送られてくる手紙の全てを把握し、それを何処に送ればいいかも一日以内に終わらせてしまう。

 なにせ寝ないのだから時間は多くある。


 もう歳なのだから、と誰もに言われているが若手が育っていない今自分が辞職するなどありえないという謎の意地を張り続けている。

 そう思うなら早く後任を見つけて欲しいと思うが、一人ですべての業務をこなせるのは彼しかいないので、若手は数名ほど一緒に育てて欲しい、とロロは考えていた。

 自分がその一人にならないことを切に願いながら。


 とりあえず今朝のことをナタトに説明をする。

 酒場の店主との約束はもちろん伏せた。

 顔なじみということで酒場の店主からのおつかいを行ったことを説明すると、彼は困ったような笑みを浮かべた。


「善意であるのは確かでしょうが、そのような前例を作ってしまうと今後に差し支える可能性があるので、次は正式にこちらにご依頼をする、という形で説得していただけますか?」

「うっ……ごめんなさい……」

「とはいえ酒場の店主と薬屋ですと距離もそう遠くないですし、わざわざここまで荷物を持って来ずに直接手渡すとは思いますがね」


 いつものにこやかなナタトに戻ったため、お咎めなしだと思って息を吐く。

 そういえば自分がさっきのことを隠しておけば怒られなかったのでは?

 今頃になって気付いたロロは少し後悔したが、許されたので開き直って笑顔を送り返した。


「ではロロさんは罰として五年前の手紙の処理、焼却をお願いします」

「フェンッ……」


 許されてなかった。

 情けない声を思わず出してしまい、タリアナにくすくすと笑われてしまう。


 郵便局には送り先の書かれていない手紙だったり、送り先が消失、不明の場合がよくあるのだ。

 こういう手紙は五年間保存し、それでも送り主が現れなかった場合は焼却してしまう。

 中身を見てしまうかどうかの最終判断は郵便局のマスターに任せられるのではあるが、ここでは中身を拝見して送り主、送り先を判別する。

 それでも分からない場合は焼却してしまうのだ。


 手紙には個人的なやり取りが記載されている為、複数人でそれを開いて拝見し送り先、送り主を探すということはしない。

 一年に一度、五年前の手紙をすべて引っ張り出して一人の従業員がすべてを担当する。

 それが今年はロロになってしまったのだ。


 手紙を一枚一枚丁寧に開いて、その中身に記載されているであろう送り主、送り先を確認。

 送り先が分かったならば手続きをして翌日に郵送。

 送り主が分かったならば返却。

 分からなかった場合は焼却。

 これらをすべて一人でこなさなければならない。

 因みに……郵送と返却もすべてロロが担当する。

 一週間はこの作業に取り掛からなければならないだろう、と気付き、血の気が引いていくのを感じた。


「やだーーーー!」

「いやもなにもありません。決定事項ですので全ての手紙を正しく、丁寧に取り扱って然るべき手続きを行ってくださいね」

「あら、一年の大役よ! よかったわねロロ!」

「いやだーーーー!」


 今までは局員の誰かが苦しむ様子を見ていたのに、それが誕生日を間近に控えた自分に来るとは思ってもみなかった。

 こんな事なら店主のおつかいをするんじゃなかった、と心底後悔する。


 ここのマスターであるナタトは非常に優しい上司ではあるが、決定したことは意地でも曲げない頑固さを持っている。

 これが一つの信頼の示し方、と彼は言っていたが今だけは融通を利かせてもらえないだろうかと切に願う。

 もちろんそんな願いが叶うことはなく、五年前の手紙を処理する部屋を一室宛がわれ、書類の山の様になった手紙の束をタリアナが持ってきてくれた。

 一千枚ありそうだ、と錯覚するのは自分の身長が低いせいだろうか?


「多くない?」

「今から五年前は他の領地に商業ギルドが拠点を増やした時ね。ここは王都だし、他領地からやって来た手紙で宛先が分からない物もここに集められるし……。あ、因みにどこから来たのかも書いてあるから」

「みんな手紙書くの下手なの?」

「一説には貴族が重要な手紙を送る時はダミーを数十枚紛れ込ませるとかなんとか」

「迷惑すぎる!!!!」


 思わず机を叩いてしまったが、ロロは非力なので積み上げられた手紙の束は微動だにしなかった。

 なんだか悔しい。


 タリアナは腰に手を当てて息を吐く。


「まぁ決まったことだから頑張って。廃棄する手紙が開封日に必ず焼却してねってナタトさんが」

「燃やす場所って何処……?」

「中庭」

「そういえば去年そこで手紙燃やしてた人いたなぁー……」


 去年は男性だったが、酷く疲れた様子で手紙を一枚一枚投げ込んでいるのを目にした記憶がある。

 一気に燃やしてしまうと灰が飛び散ってしまうため、丁寧にやらなければならなかったらしい。

 自分もあんな姿になってしまうのだろうか、と若干憂鬱になりながらようやく作業に着手した。


「じゃ、私はこれで。一人でやらないといけない作業だからお手伝いはできないから」

「来年はタリアナにやってもらう様に掛け合ってやる……」

「やめなさい? 差し入れ持ってきてあげるからやめなさい」

「テポンのケーキ屋さんのケーキで許してあげる」

「図々しっ……! てか今から行かないと行列に巻き込まれちゃうじゃない!」

「行ってらっしゃ~い」


 テポンのケーキ屋は非常に繁盛している有名店だ。

 少しでも遅れようものなら大行列に巻き込まれ、尚且つ購入できなかったという悪夢が待ち受ける。

 女子であれば誰もが知っている店なので、タリアナももちろんテポンの店については熟知していた。

 急がなければ来年この作業が待っている。

 それは避けなければならない、とすぐに浮遊して部屋を出て行ってしまった。


 ちょっとからかったことで元気を取り戻したロロは、山積みになっている手紙を一枚開いて中を拝見する。

 内容はできる限り見ない。

 読んでいる時間があるならさっさと手紙を処理して終わらせたいからだ。


「送り先はキュリアス王国で……送り主は書いてないか~……。送り先の名前は誰だろう? うっわ字汚い……。子供が書いたのかな。えーと名前は……」


 そんな調子で情報を探っていき、最終的に一つの住所に辿り着いた。

 一枚処理するだけでも時間がかかる。

 情報が手に入らない場合は即焼却処分となるのだが、あったならば可能な限り住所を割り出すために読み解いていく。


 これは、一週間で終わるのだろうか?

 そんな不安を抱きつつ、手紙の山からもう一つ手紙を手に取って開いた。

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