004 本能とは

 魔王城から遠く離れた東の森。

 そこで俺は、ライフ・・・と駆けていた。


「デルス様、わ、わたしでよかったのでしょうか」

「ああ、ライフが適任だ」


 魔王直下六封凶ろくほうきょう、ライフ・モーニング。

 長い黒髪に、乳白色の肌、アオザイに似た真っ白い民族衣装を着ていて、横のスリットがとてもえっちだ。

 手には最上級の魔法の杖を持っている。宝石のような水晶が先端で煌びやかに光っていて、とてもきれいだ。


 名前の通り回復魔法が得意で、俺たち魔族を支える優秀な支援役でもある。

 といっても、勇者の立場からすれば最悪な相手だった。


 どれだけダメージを与えても、ライフがすぐに全回復させるからだ。

 さらに防御魔法も凄まじく、傷を一つつけるだけでも相当苦労する。


 原作では、何度ライフのせいで全滅したのか覚えていない。


 しかしゲームの時は割と怖そうだったが、こうしてみると態度も表情も可愛い感じだ。

 もしかすると、唯一の理解者なのかも――。


「あ、ありがたきお言葉……私、頑張ります。人間たちをゴミ塵にします!」


 ああでも、やっぱり君も同じなんだ。


 しかし、今回・・ばかりはそれでもいいかもしれない。


 人間でも、人間じゃない奴が存在する。


 そのくらい、俺もわかってる。


「ああ、だが約束は守ってくれ。手を出すのは俺だけだ」

「もちろんです。魔王様の言葉は一言一句覚えていますから」


 この忠誠心はどこからきているのだろうか。

 まあ、元がゲームだからといえばそれまでだが。


 この世界に来てから場所と日付を特定しようと頑張っていたが、なかなか見つからなかった。

 しかしギリギリでビブリアが見つけ出してくれたので、間に合うといいが。


 そのとき、悲鳴が聞こえてくる。


 月はまだ消えていない。原作よりも早いのだろう。


 ――無事だといいが。


「ライフ、作戦通りに」

「はい、魔王様!」


   ◇


「や、やめてください!」

「はっ、やめねえよ。ガキは俺たちがもらっていく。ほんでもって大人は全員死ね――」


 武装した大勢の荒くれものの男たちが、村を襲っていた。


 女、子供を容赦なく掴み、そして、剣を向ける。

 確か男たちは狩りで留守だとわかっているはず。まあ、この辺りも原作通り。


「きゃあぁっああ、痛い、痛い!」

「や、やめてください。この子だけは!」

「はっ、やめるわけがな――ぐぁあっぁあっ!?」

「な、何だお前たちは!?」


 俺は、前に出て男の一人を軽く殴りつけた。

 だが思ってたより強かったらしく、五回転ぐらいして吹き飛んだ。死んだかもしれない。

 まあ今回はそれでもいいんだが。


「……今、魔王様をお・・と?」


 そのとき、ライフが静かにつぶやいた。

 とんでもない魔力を漲らせるが、俺はそれを制止する。


「ライフ、先に彼女たちを癒せ。約束・・だろう?」

「……失礼しました。仰せのままに」


 するとライフは、母子に手をかざす。

 痣や傷が、みるみるうちに治っていく。


「あ、ありがとうございます!」


 さすがライフだ。

 高位な魔法をこうも楽に使うとは。


「その仮面……魔王ってまさかお前ら……本物か?」


「……魔王・・だと? 下劣なカスが、魔王様に向かってどの口をはざいてんだよ……」


 ぶつぶつと呟くライフ……。

 こうしてみると原作通りだ。

 忠誠心が高すぎんだろうな。このままではブレーキが壊れて全員殺しかねないので、止めておくか。


「ライフ」

「はっ! 魔王様」


 するとライフは、その場で回復魔法を唱えた。

 それも魔力感知が付いているので、村人だけが癒されていく。


 その光景に、男たちが攻撃をやめた。

 なぜならこれは最上級の魔法だからだ。そのくらい、この世界の兵士ならわかっている。


 ちなみに俺は仮面を着けている。

 素顔はできるだけ晒したくない。魔王だとバレるのは構わないが。

 俺は、襲われていた母親と子供に声をかける。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます」

「……ありがとう」

「君がサニシャ・・・・か?」


 青髪で幼い少女に、視線を向ける。

 原作と全く同じ青い目だ。


「え? う、うん……」


 時系列までは詳しく覚えていなかったが、これで安泰だ。


「お前が母親か、娘と一緒に目を瞑って耳を抑えておけ」


 二人はしゃがみ込んで目と耳を強く抑える。

 俺は立ち上がると、ライフに声をかけた。


「後は俺がやる。思ってたよりたいしたことないみたいだ」

「はっ、畏まりました」


 武装した男たちは剣を構えているが、襲ってはこない。いや、むしろ怯えている。


 なるほど、魔王の名は結構広がっているみたいだな。


 ……光の軌跡のせいかな? いや、変なことを思い出すのはやめよう。


「おいおいお前ら、何怯えてやがんだ。魔王といってもたかが二人だぞ!」


 なるほど、こいつがリーダーか。


「俺たちが泣く子も黙るルガイアル盗賊団だとわかってんのか?」

「そんな嘘が俺に通じるとでも? ――ミルタリア国の兵士なのはわかってる」

「――な」


 すると、男の顔色が変わった。

 

 こいつらは盗賊団の恰好をしているが、それは偽装だ。

 ここの王はかなり腐っていて、こういった村を襲っては奴隷少女や少年を集めている。


 この世界にも奴隷はいる。王なら買うこともできるだろう。


 ならばなぜわざわざ部下を襲って危険なことをするのか。


 それは、新鮮・・さがいいからだ。


 気に入った子は王の奴隷に、必要がなければ売りさばく。

 とくに若い子が売れるらしい。このサニシャは、その一人だ。


 取り分はこの兵士たちももらえるとかだった気がする。


 どっちもクソだ。


 だが――。


「そう怯えるな。お前たちには利用価値がある。殺したいが、今はまだしない」

「……クソ、お前らやるぞ殺せ!」


 その言葉で奮い立たせたのか、兵士が襲いかかってくる。

 こいつらはクソだが、実力は確かだ。

 誰にもバレないように何度も任務を遂行させている腕前を持つ。


 ――まあ、俺には関係ないが。


 前後左右から男たちが襲いかかってくるが、ライフは俺の言う通りピクリとも動いていない。信頼しているのだろう。

 俺は空に手をかざし、そして魔法を唱える。


神の雷デウス・エクス


 空から雷が降り注ぎ、村人を避けて、兵士たちに降り注いだ。

 

 次の瞬間、兵士たちは糸が切れたかのように地面に音を響かせて倒れた。

 殺してはないが、すぐに目を覚ますことはないだろう。

 

 だが一人だけ効力を弱くしている。

 兵士長だ。後で尋問で答える必要があるだろうからな。


「――ぐ、がぁあっああ」

「お前たちは証拠として生かしてやる。ま、どうせ死刑だろうがな。しかし――人間は脆弱だな」

「魔王様に敵う相手なんていませんわ」

「ああ」


 いや、存在している。

 それは勇者だ。だが驚いた事に、俺は勇者を思い出せなかった。

 何歳だったか、どんな容姿だったか、どこから来るのか。


 だが勇者の仲間を思い出すことはできた。


 その一人が、このサニシャだ。


 だから俺はこの村へ来たのだ。


「もう大丈夫だ」

「あ、ありがとう……」


 俺は手を差し伸べる。少女の名は、サニシャ・リネン。

 原作で彼女は奴隷になった後、色々なことを経験し、最終的に勇者と出会って世界を旅することになる。


 その後、大賢者の称号を与えられるほどの最強魔法使いとなり、魔王倒すきっかけの一人となるのだ。


 勇者を思い出せない俺は、将来、脅威になる奴らを未然に防ぐことにした。

 もちろんここでサニシャを殺すこともできるが、それだと別の因果関係が発生する可能性もある。


 復讐が何よりも厄介なのは、誰だって知っているだろう。


 こうして村を救うことでサニシャは平和な村人のまま過ごす。

 もちろん今後もそうならないように定期的に守るつもりだ。


 つまりは俺がここへ来たのは、全て自分の為。決して、村人を守る為じゃない。


 その為に彼女には幸せに過ごしてもらう。


「……ありがとう、魔王様・・・

「こちらこそありがとうサニシャ・・・・。だが俺はタダで助けたわじゃない。ここに綺麗な花があることは知っている。その種がほしいんだ」

「それだけでいいの?」

「ああ、その為に来たからな」

「わかった!」


 それから俺は、村人たちに隣の国の兵士を呼ぶように伝えた。

 なぜならこの村は、その国が守っている領土だからだ。


 ミルタリアの兵士がここにいる時点で平和協定を破っている。この後こいつらは尋問され、間違いなく死刑になるだろう。


 ビブリアに頼んで隣国へ奴隷の証拠も送ってもらった。


 そして小国の王族は滅びるだろう。


 俺が手を下すまでもないが、もしそうならなければ俺が責任をもって殺してやる。


 人間には襲わないし殺さない。だがそれは、俺が人間・・と認めた奴らだけだ。


 だが俺がもし勇者に転生していたら、サニシャと冒険の旅に出ていただろうか。

 そう思うと、なんだか他人とは思えなかった。


 全てが終わり、俺たちはその場を後にしようとする。


「ありがとう、魔王様!」

「ああ、じゃあな」

 


   ◇


「あの娘、気軽に魔王様の名を……」

「ライフ、これも将来の為だ」

「はっ、わかっているのですが……」

「気にしないで。でも――ありがとう。ライフの能力は、やっぱりすごかった」

「うふふ、お役に立てて光栄です!」


 帰りの道中、俺は原作のライフを思い出していた。


 やっぱり人を殺す事が好きなのだろう。実際、兵士たちを殺したくてたまらないといった表情をしていた。


 この本能を止めるには、一体どうすれば――。


「……村人の人達、笑顔でしたね」


 そのとき、ライフが呟いた。

 俺は驚きながら返す。


「ああ、そうだな」

「……なんだか、ちょっとだけ心がポカポカしました。凄く、不思議な気分です」


 そういったライフは、自然と笑みを浮かべていた。

 

 そのとき、わかった。本能に抗うことはできると。


 なら俺が、導いてあげるべきだ。


 ……もしかすると、俺はその為にこの世界へ来たのか?


「いいことだ。帰ったら花畑に花を植える。ライフも手伝ってくれ」

「はい、お手伝いいたします! 今日の魔王様は、いつもより恰好良かったです! それにアリエルとペールも知らない魔法が見れたし……ふふふ」


 まあでも、スローライフを楽しみながらコツコツとやろう。


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