021 最後の一人
魔王直下六封凶にはコンセプトがある。
アリエルは移動。
ペールは戦闘。
ライフは回復。
シュリは護衛。
ビブリアは軍師。
そして、最後の一人の役割は――。
「――ただいま戻りました。魔王デルス様」
扉を開けた瞬間、そこには返り血だらけの女の子が立っていた。
背丈は少女くらいで、見た目はどこにでもいるような普通の女の子だ。
髪は白く長く、淡々とした物言いは――ベルディの特徴でもある。
コンセプトは、虐殺だ。
「ああ。よくぞ帰った。だがその血は?」
「道中、私に絡んできた人間がいたものですから。伝達は聞いていますので、殺してはいません。それに悪人だったと思います」
「……そうか」
好きなものは血肉、拷問、臓物、悲鳴。
ペールは戦闘が好きだが、ベルディは敵を屈服させ、恐怖に陥れる事が好きで、何よりも殺戮が好きだ。
魔王が魔王であるために、恐怖を与える部下として作られたキャラクターでもある。
そして、俺自身が一番懸念していたのは彼女だ。
六封凶は本能的に人間を憎んでいるが、彼女はそのレベルを超えている。
殺すことが当たり前で、それでしか感情を満たせない。
感情の起伏があまりなく、ただ淡々と人間を殺す。
原作でも、あまりの強さと殺戮差にコミュニティサイトでも話題だった。
――やりすぎだと。
だが今の俺は信じている。
みんなのように変われるんだと。
「おかえりなさい。ベルディ」
「ベルディ、遅かったじゃない!」
「あらベルディ、汚れてるわよ」
「お、おかえり。怪我は大丈夫? 回復しようか?」
「ベルディ、お召し物を用意しておきましたので」
すると、噂を聞いた六封凶がこぞってやってくる。
ベルディは無表情だが、どこか困惑しているように思えた。
「みんなどうしたの。なんか、変。――どこ連れて行くの」
するとアリエルがビブリアから頂いた服を抱えながら、転移でどこか消えていく。
すぐ戻ってきたかと思えば、ものすごいゴシックロリータファッションパニエマシマシふわふわになっていた。
ちなみに真紅のドレス。
……可愛いな?
「やっぱり似合うわベルディ」
アリエルも大喜びだ。
でも用意したのはビブリアなので、どっちの好みかはわからない。
それに対し、ベルディは無表情でお礼を言って、俺に声を掛けてくる。
「ありがとう。魔王様、どうですか」
「あ、ああ。いいじゃないか」
「そうですか」
それから彼女は、ビブリアの指示の元、一つ一つ仕事をしはじめた。
忠誠心は変わらず、無表情で淡々と言われたことをこなしていく。
一応、好きなことがあればそれを仕事にしてほしいので、色々なをお手伝いして、最後に決めてもらうことにした。
だがやはり無表情なのでどれがいいのかは俺からみてもわからず、本人に訪ねてみても「わかりません」と答えてくる。
元々こういうキャラだったので反応に困っていたが、ある日――問題が起きた。
「ビブリア、どういうことだ?」
「はっ、ベルディが
「やりすぎたとはどのくらいだ?」
「……死の寸前でした」
「ベルディを呼べ」
「はっ」
ベルディは淡々としているが、誰よりも忠誠心が高い。
おそらく――。
「どうしたそんなことをした?」
「掟を破ったので」
異種間族での争いを禁じると伝えてあるものの、ちょっとした行き違いで会話がヒートアップすることはある。
だがそれが、彼女にとっては俺への不敬だと認識した。
掟は絶対。それを破ったものには死を。それが、彼女の思考だろう。
「確かにルールは伝えたが、やりすぎはダメだ」
「なぜですか」
細かいニュアンスを伝えるのは非常に難しい。
そうでなくても、彼女の本能は血を求めている。
それからも俺は何度か、いや六封凶からも伝えてもらったが、こういった問題は何度か起きてしまった。
温厚なハーピー一族からも不満の声が出るようになり、俺は意識改革の難しさに直面していた。
だが俺はわかっている。
彼女は悪くない。
しかし、それは原作を知っている俺にしかわからない。
そんなある日、俺は魔王城の屋上で空を眺めていた。
星がとても綺麗に見えるのだ。
そしてそのとき、城の別棟の先で、ベルディを見つける。
そして――飛び降りた。
「――なっ!?」
俺は急いで飛んだ。だが追いつかない。
「――
しかし瞬時にイメージした
彼女はそのまま落下し地面に激突するも、ぼよんぼよんと跳ね返り、そして泡が消えてちょこんと地面に尻もちをついた。
近寄って声を掛けようとしたが、ベルディはまた無表情で、俺を見ていた。
「どうして助けたのですか」
「……なぜそんなことを」
「気づいたからです。私自身が、掟を破っていたことに」
そのとき、俺はようやく気付いた。
ベルディが必死に頑張っていたことに。
心が抉られるようだった。彼女は一生懸命だったのだ。
俺が決めたルールを守ろうと。
だがそれすらも咎められ、どうすべきかわからなかった。
その矛先が、自分に向いたのだろう。
……難しい。何か、どうすれば――。
「……ベルディ、お前は何が好きだ?」
「…………」
「正直に言え」
「人を、殺すことです」
「そうか。でも、それはダメなんだ。道徳を説くつもりはない。だけど、俺たち仲間が今後もずっと幸せになる為に、不必要なことなんだ」
「はい」
ベルディは無表情だった。
俺の言葉が届いているのかは、全くわからなかった。
だがそれからベルディが問題を起こすことはなかった。
俺はシュリの使役で鳥に監視させていたが、何もなかった。
ようやくわかってくれたかに思えたある日、俺は街から悲鳴が上がったのを聞こえて、城から飛び出した。
すると、ベルディの手が血に染まっていた。
「おいベルディ……」
ダメだったのだ。
俺の気持ちは伝わらなかった。
「違います」
「違う?」
「はい。私は誰も傷つけていません。いえ、傷つけはしましたが」
「どういうことだ?」
すると、ベルディは俺について来いといった。
一つの家の中に入ると、そこから――いい匂いがした。
そこには、鍋があった。懐かしい匂いだ。
「これは……」
「まだ下手ですけど、良かったら」
注がれたスープ、濁った茶色の色と匂いは、とても懐かしい。
一口飲むと、口いっぱいに――塩味が広がる。
「……しょっぱいな」
「すみません」
そして中には魚や肉、よくわからんが色々入っていることに気づく。
「具だくさんが美味しいと聞いたものですから」
「料理を始めたのか?」
「はい。むやみやたらに傷つけることなく、自分の本能を抑えるにはどうしたらいいのかと考えました。だけど、難しいです」
俺は魔族の本能について詳しく話したことはない。だがベルディは気づいていたのだ。
自分の心に。
彼女は無表情だが、本当はそうじゃない。複雑な感情と戦っている。
俺はもっとそれに気づくべきだった。
俺は、ベルディを抱きしめる。
ちなみにベルディより俺のほうがちょっと小さい。
ゆめゆめわすれるなかれ、俺は金髪ショタだ。
「魔王様、どうしたのですか」
「料理に感動しただけだ」
「……よかった」
それからベルディは、毎日手を赤く染めていた。
といってもそれは自分の手だ。
包丁と剣は違うらしい。
スープが美味しくないことは彼女もわかっていたらしく、試行錯誤を繰り返していた。
ライフが付きっきりで回復、俺も何度か手伝いをして、六封凶のみんなも入れ代わり立ち代わり、ベルディのことを気に掛けていた。
それから一か月後、ベルディが俺にまたスープを持ってきてくれた。
そしてその味は、本当にありえないほど――美味しかった。
「ありがとう、ベルディ」
俺は彼女の努力を見ていた。
だからこそ、心の底から嬉しかった。
「私も嬉しいです――魔王様」
そしてベルディは、満面の笑みを浮かべた。
原作では、絶対に笑うことのない設定を、自分で覆したのだ。
俺にはその姿が、この魔王国を照らす最初の灯のように思えた。
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