030 強い意志
「デルス様、本当に申し訳ありません。留守を任されていたというのに、力が及びませんでした」
俺をすぐに迎えてくれたのは、ビブリアとペール、シュリだった。
怪我をしているみたいだが、それぞれが癒しの魔法を使いながら互いを癒している。
ライフの回復薬は全て使いきったらしい。だがそのおかげで大勢が助かったとのことだ。
リエール国が結界を使って、デルス街を襲いってきた。
そしてメリットはレイヤ姫からも聞いたが、人質として囚われている可能性が高い。
街を覆う結界により、
いやそれよりも――。
「……アリエル」
以前、ファイルに作ってもらった家の中、柔らかいベッドの上で、アリエルが穏やかに目を瞑っていた。
いや、亡くなったのだ。
「彼女は、最後まで人間を傷つけないようにと気を付けていました。しかし、それが裏目に……」
「ビブリア! それは――」
「す、すみません。デルス様!」
「いや、大丈夫だ」
シュリが注意したのは、俺の責任みたいに超えるだからだろう。
ペールが、アリエルの頬をそっと撫でる。
敵が攻め込んできたとき、アリエルは真っ先に前に出たらしい。
戦闘タイプではないが、彼女もかなり強い。だがそれでも結界魔法が凄まじかった。
アリエルは、最後まで戦わない方法を模索していたらしい。俺の決めた掟を守ろうとした。
当然、それが裏目に出た。
アリエルは不意打ちで一撃を食らい、そこからもできるだけ人間を傷つけないように戦っていた。
結界を乗り越える為の強化転移魔法で敵を遠くまで飛ばし、おかげで被害はかなり食い止められたらしいが、無茶をしすぎたせいで魔力を使いすぎてしまい、人間にやられてしまった。
急いで完全回復薬を飲ませたが、治ったのは外見のみだったという。
街は火も放たれたらしく、一部の家は燃え尽きていた。
「魔王様、私たち、何かしたのかな」
ペールが静かにそう言って涙を流していた。
……俺のせいだ。
俺たちは何もしていない。
だが人間たちからすればそんなのは関係がない。
魔王、魔族。
存在しているだけで悪。目障りだった。
領地を奪う為だろうが、そんなことは関係ない。
これは、ベクトル・ファンタジーの強制力だ。
存在しない街を、世界が、システムが、奪い去ろうとしている。
全部、俺が悪い。それに気づいたのか、ビブリアが声を掛けてきた。
「デルス様、自分責めないでください」
「一人にしてくれ……少しだけ……」
「畏まりました。ペール、シュリ、外の被害を確認しにいきましょう」
「はい。デルス様、でも、一つだけ言わせて。アリエルは、ずっと感謝してました。日々が楽しいと言っていました。間違っていません」
「……デルス様、私たちは、いつでもあなたのお言葉通りに動きます」
三人は、俺のことを決して責めずにいてくれた。
……クソ。
ふつふつと腹の底から湧き出るのは、激しい憎悪だ。
憎い。人間が憎い。
リーエル国がやったとはいえ、これから先、同じようなことは起こりうるかもしれない。
いや、起こる。これはベクトル・ファンタジーだ。
俺は魔王デルス。
人間を蹂躙し、恐怖に陥れる存在だ。
そんな俺がたいそれた夢を持ったのがいけなかった。
人間と共存なんて不可能だ。
……全員殺したほうがいい。
俺は原作を知っている。誰が、どんな技を使って、どこにいるのか。
何時何分、何日、王家の動向だってわかる。
各国の王族を殺して、国を崩壊させれば、誰も襲ってこなくなるだろう。
……
俺は決めた。
全員殺してやる。
歯向かえば女子供でも許さない。
俺の領域を、部下を、アリエルを殺したのは
その恨みを――償え。
『デルス様、私、お花が大好きです。人間と争うより、花を眺めている時間のほうが幸せです』
そのとき、アリエルが眠っているベッドの上に、花が飾られていた。
これは、俺がこの世界に来た時に、彼女と二人で育てた花を瓶に入れたものだ。
とても綺麗な薔薇だ。真紅で、輝いている。
……違う。
アリエルは俺の気持ちを理解してくれた。そのために亡くなった。
ここで無実の人間たちを殺せば、彼女の死が無駄になる。
……殺していいのは、悪人だけだ。
蹂躙する為じゃない。守るべき者たちの為に、戦うんだ。
――アリエル、思い出させてくれてありがとう。
そして俺は、現状を把握した後、まずは侵入不可避の結界を解除した。
魔物弱体の魔法の解除には相当な時間がかかる。
街に戻ってきたライフとベルディにアリエルのことを伝えると、涙を流していた。
だが二人とも人間を殺したいとは言わなかった。
俺の気持ちは、強く伝わっているのだ。
そのとき、アリエルの亡骸を調べたライフが驚くべきことを言った。
「もしかしたらアリエルを生き返らせることができるかもしれません」
「それはどういうことだ?」
「回復薬を作っていてわかったことがあります。私の力には、傷をいやす力と、無くなったものを元に戻す能力が。――それが、もしかしたらアリエルの魂にも適応されるかもしれません」
確かにライフの魔法薬は、無くなった四肢すらも復活させる。
だがそれは、元々あったからだ。
ありえない。だが、ありえる。
この世界はゲームだ。
……つまり原理としては、システムのエラーのようなものか?
……バグが、アリエルを元に戻す。
「今すぐできるのか?」
「魔力が足りないんです。アリエルはとても強いです。それに応じた魔力量が必要です」
「俺の魔力を貸そう。できるはずだ」
しかしライフは首を横に振る。
「魔王様は特別なのです。魔力の質が違いすぎます。回復薬は、元々、人間たちが作っていたものから錬成しています。それには、魂の情報がありました。つまり、人間の魔力が必要です」
「……人間の魔力か」
魔力は生命力だ。それが無くなれば死ぬ。
ライフ曰く、大勢の魔力がいる。
――いや、そのくらいの代償は払ってもらう。
「わかった。俺が何とかする」
「何とかって、どういうことですか?」
「等価交換だ。アリエルの死は、リーエル国に償ってもらう」
そして俺は幹部たちを家に集めた。
リーエル国は、戦力を整えてまた来るだろう。
おそらく三日程度の猶予しかない。
それまでに態勢を整える。そして、俺は意思を伝えた。
「今回は俺が招いた失敗だ。メリットが人質に取られているのも、アリエルが死んでしまったのもだ。だが、もしかしたら生き返るかもしれない。それに、俺は賭ける」
それを聞いた六封凶が、声をあげる。ライフの説明も既にしている。
「デルス様もしかして人間を――」
「ああ、俺は人間を殺す。だがそれは、アリエルを生き返らす為だ。報復じゃない」
まあ、体のいい言葉だ。とはいえ、そこまでの義理はない。
アリエルに非難されようが、俺の意思は初めから変わっていない。
悪人は、アリエルを殺した奴らには、報いが必要だ。
「わかりました。デルス様、ペールが八つ裂きにします」
「私も、やる」
そこに、ペールとベルディが魔力と殺意漲らせた。
だが俺は強く制止する。
俺は決めた。
いや、決めていた。
六封凶に、部下たちに殺しはさせない。
「俺はお前たちに人間を殺すなと言った。それは元々、俺自身の為だった。俺が幸せになりたかったからだ。だけどお前たちと過ごしているうちに、俺の目的は変わった。お前たちが幸せに暮らしてほしいと。だがそれのせいでアリエルは死んだ」
「デルス様、そうではありません。私たち不甲斐なかったせいです」
「私たち|ハーピー一族がしっかりと監視できていれば、このようなことは」
「それは私たち
「
驚いたことに、みんなが俺を庇ってくれた。だが違う皆は悪くない。
「違う、俺が悪いんだ。人間と仲良くしようと言ったのも、間違いだった――。」
そのとき、ベルディが静かに口を開く。
「魔王様は悪くない。悪いのは、悪い人間だけ。私たちは知ってる。いい人間もいるって、知ってる」
それに同調するかのように、全員が頷いた。
俺はてっきり、人間を全員殺すべきだと思っているが、我慢しているのだ思っていた。
しかし違う。みんなわかっているのだ。
悪いのはアリエルを殺した人間たちだけで、そうじゃない人間もいると。
みんなが、守るための戦いを望んでいた。
「――ありがとうみんな。だが俺の意思は変わらない。人間を殺すのは俺だけだ。お前たちは守る戦いだけだ。これは、殺すより大変だろう。だけど頼む」
そして俺は頭を下げた。
だがみんなが――。
「もちろんです」
「わかりました。守ります」
「幸せの為に、頑張りましょう」
暖かく、俺の言葉を、意見を組んでくれた。
ありがたい。
俺は本当にいい仲間を持った。
だからこそ許さない。
――アリエル、待ってろよ。
絶対に生き返らせてやるからな。
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