032 揺らぎ
飛行魔法は、人類にとっては非常に高難易度の技だ。
だがドラゴンは違う。
遥か上空から一気に敵の奥まで入り込むことができる。
とはいえリーエル国は戦争で名を上げた戦闘国家だ。
人間の強さは応用力にある。
空での戦いも想定していたのだろう。
俺たちを見つけた瞬間、奴らは、空に向かって魔法と魔法付与の矢を一斉に放ってきた。
いくらドラゴンでも全てを回避することはできない。
一つ一つの威力はそこまでだが、数が多い。
だが俺の存在を頭に入れていないな。
「
ゴンの体を覆うほどの巨大なシールドを作り出す。
魔法も矢もぶち当たると全て四散していく。
「はわわわー!?」
「焦るな。だが俺がいなくなったら急いで戻れよ。戦う事は考えなくていい。――全てをすぐに終わらせる」
『北、ビブリア交戦中です。敵も来ることが分かっていたらしく、魔術師が多いです。しかし、絶対に結界は張らせません』
『南、ペール、交戦中、結界がなければ大したことないよー。武器破壊をメインに動くね』
『東、ベルディ、戦ってる。そんなに強くないけど、数が多い。頑張る』
『西、シュリ、ライフ、交戦中、戦闘兵器を確認。少し手こずりそう。
こうしてる間にも、連絡はシュリの能力を通してガンガン頭に入ってくる。
戦闘兵器は、錬金術と魔術を掛け合わせた銃のようなものだ。
原作でもボス級の強さだった。
リーエルの奴らも急いでいるらしい。
前回の反省点を踏まえ、本気を出してきたのだろう。
――だがそれはこっちも同じだ。
「ゴン、後は後方支援に頼む」
俺は空から飛び降りた。無数の攻撃が、まるで対空撃砲のように俺に向かってくる。
追尾魔法を付与しているのだろう。その優秀さが、余計に腹が立つ。
怒りに身体が震えながらも、頭は冷静だった。
必要最低限の攻撃を叩き落しながら地上に降り立つまでの秒数を数える。
防御魔法と攻撃魔法は、質が違う。
地面に降り立った瞬間、すぐに動けるようにしたいからだ。
「な、なんだあの子供!?」
「あれは……魔王だ! 全員、余力を残すな。叩き落せ!」
「クソ、クソ! やれ、やっちまえ!」
――人間ごときが、
迫りくる地面を見ながら、アリエルのことを考えていた。
直後、地に降り立つと、猫のように四肢をしゃがみ込んだ後、勢いよく飛び掛かる。
兵士はざっとみて一万人以上だろう。
空から魔法を放つことも考えたが、あれだけの結界を作れるのなら、反射魔法を警戒した。
後は、できるだけ魔力の消費を温存しておきたかったのもあるが。
「ひ、ひぃ!」
「ひるむな、戦え! こいつを倒せば終わりだ!」
「だ、だから嫌だったんだよお!」
全員が俺を殺すと息まいていてほしかったが、兵士の声にばらつきがある。
怯えた表情、人間の震える手足に心が揺らぐ。
――いや、忘れるな。思い出せ、アリエルのことを。
俺はまず、剣を振りかぶってきた兵士の右腕を叩き落した。
血肉が飛び散り、腕が宙に舞う。
「ギ、ギャァアアァッアア」
「ち、ちくしょう!」
それから俺はスイッチを入れた。
思考を停止し、戦闘モードに頭を切り替える。
世界が、ゆっくりと視える。
「――人間どもが、
それから俺は、魔剣を片手に人間どもを叩き潰した。
記憶が途切れるかのように視界がチカチカする。血肉の匂いがあたり一面に充満しているにもかかわらず、不快感は一切ない。
「ひ、ひゃああああ、ば、ばけものだ」
「に、逃げろ。か、勝てるわけなかったんだよおお」
「ま、待てお前ら、逃げる!」
混乱を誘いながら、奥へ奥へ。
雑魚どもではなく、まずは一気に
リーエル国の王、ダルガルは残忍で、戦いを好む。
きっと最奥で陣を構えているだろう。
人間たちの魔力を正式に頂くのは、その後でいい。
邪魔する奴らを叩き潰し、ただひたすらに前へ。
――はっ、案外おもしろいじゃないか、戦いって奴は。
「お、お前ら、な、なんとかしろ!」
「――あいつか」
だが驚いたことに、ダルガルは剣を持つどころか、味方兵士を前に出して退こうとしていた。
俺の圧倒的な力の前に怯えたのだろう。
その情けない姿を見て舌打ちをする。
「ク、クソ、こ、ここから先へは行かさぬぞ! ――は、ギャアァッアアア」
「し、死にたくねえ」
「俺は――死ねない」
そのとき、一人の魔術師が前に出たかと思えば、とんでもない魔力のシールドを展開させた。
これほどの使い手がいるとは思わなかった。
思わず足を止める。
だがそれは、防御魔法を見たからじゃない。
視界の先で、王が逃げていく。
俺は手を翳して、防御魔法を破壊した。
だが兵士は怯えることなく、魔術師にもかかわらず剣を構えた。
「――クソッ!」
振りかぶられた剣、だがそれに剣を合わせて遥か彼方に弾き飛ばす。
目で追った後、ふたたび前を向いた。
そして左手で、胸元のペンダントを掴む。
「お前は、なんでこの街を責めた?」
「――リーエルの兵士だからだ」
「お前に家族は? 答えろ」
「……子供がいる。最近、生まれたばかりだ」
ペンダントは、兵士が家族を傍に感じる為、写真が入っている。
ベクトル・ファンタジーではそういったサイドストーリーがあった。
戦いたくないのに、戦わざるを得ない場合が。
――わかっていたはずだ。
俺はバカじゃない。
戦争は、そのほとんどが家族の為、生きる為に仕方なく上からの命令で動いている。
この世界だけじゃない。それは、歴史が証明している。
悪人だけを殺す? 全員が悪人?
そんなのは嘘っぱちだ。
事実、兵士たちは怯えている。
ここにいる奴らを全員殺して魔力を奪うと、これから先ずっと戦争が起きるだろう。
復讐ってのは厄介だ。どっちが攻撃したかなんて関係ない。
昔のアリエルなら喜んだかもしれない。
だけど彼女は、もし生き返ったとしても、きっとアリエルは喜ばない。
「なぜ……手加減してるんだ」
「何の話だ?」
俺は、うめき声に視線を向ける。
すると兵士たちは、よろよろと立ち上がっていた。
怪我はしているものの、生きている。
いや……そうか。無意識に加減していたのだ。
……俺は。
そして俺は、剣を降ろした。
――殺せない。
こいつらを悪人だと思い殺すのは簡単だ。
だがそれは嘘だ。
悪いのは王とその一部のみ、更にそれすらも意味がない。
戦争が起きるだけだ。
だがこのままでは原作と同じになる。
一体、俺はどうすれば――。
そしてそのとき、
『デルス様、応答願えますか』
ビブリアからだ。俺は急いで返事を返す。
『どうした、何があった?』
『――人間が、人間と戦っています。いえ、加勢です。これは……確か、私たちを狙っていたはずの別国です』
『なんだと?』
『ペールです。こちらも同じく。人間たちが加勢に来たみたいです。――
『シュリ、ライフ、こちらも同様。戦闘兵器に苦戦していましたが、人間たちの加勢により好転』
その瞬間、奥に逃げたはずの王の悲鳴が聞こえた。
同時に、人間たちが現れる。
リーエル国とは違う銀甲冑を着込んだ兵士。いや、俺は知っている。
あいつらは……将来に魔王を倒す為に奮闘する帝都の連中だ。
なぜ、どうして――。
「――デルス魔王、貴殿の街、いや
そういいながら、白馬に乗った団長が俺に近づいてきた。
覚えている。原作では平和を愛し、魔族を憎んでいた。
「なぜだ? 俺たちに義理なんてないだろう」
「無抵抗な国を狙う輩は許せないし、許さない。それに貴殿の行いは知っている。各都市で弱きものを助け、悪を成敗していただろう。それは本来、人間がしなければならないことだ。恩義には恩で返す」
そういって、騎士団長は兜を脱いだ。
金色に輝くストレートヘアー、
そしてその顔は、まるで人形のような繊細な美しさだった。
その瞬間、俺は思い出した。
ずっと思い出せなかったことを。
――彼女が、勇者だ。
10代で帝都の騎士団長まで上り詰め、剣術と魔術の達人。
世界最強、そして何よりも熱い正義を持っている。
その瞬間、揺らいでいた俺が完全に消えてしまう。
彼女が助けにきたということは、俺たちは認められたということだ。
俺が求めていたのは、この国の平和だ。
アリエルの夢でもある。
俺はもう殺せない。人間を殺すことはできない。
アリエル……すまない。
「……わかった。ありがたく受け取る。うちの者にも伝えよう」
それから一時間も経たずに戦争は終わった。
リーエル国は捕縛、王は逮捕された。
もちろん殺すことも出来たが、俺は見逃した。この大罪は死をもって償われることは間違いないからだ。
幸いにも、俺は誰も殺していなかった。
だがそれは、アリエルの完全の死をも意味する。
空を見上げて、アリエルを想う。
「――ごめんな。でも、君のおかげで俺の理想が叶ったよ」
勇者の名前は、ソフィリア・アリス。
彼女が俺たちを認めているということは、俺が何かしでかさない限り襲われることはないだろう。
なのに俺の目から涙がこぼれてくる。
……最後の涙だ。
すべてが終わりかけたとき、勇者ソフィリアが俺に声を掛けて来た。
「デルス魔王」
「……加勢は助かった。だがもう構わないでくれ。
「わかってる。だが償いはまだ終わってない」
「――なんだと?」
「ライフという女性魔族から話は聞いた。アリエルという女性を――私たちの手で生き返らせてくれ」
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