003 侵入者(エターナルライト)

「いいかいアリエル、花は愛でるほど育つんだよ。可愛い可愛いしてね」

「はいっ! お花ちゃん、可愛い可愛いっ! しかし……このお花、赤く綺麗で、まるで人間の血みたいですね!」

「そうだね」


 俺ことデルス魔王とアリエルは、魔王城の中庭でお花畑に水を撒いていた。

 ちなみにジョウロはないので、手のひらから水魔法を生成している。


 一時期はどうなるかと思ったが、とても順調だ。

 まずは魔王城を徹底的に掃除し、色彩を増やし、闇っぽいとこを全部払拭する作業から始めている。


 四つの大国が手を組んだという話だったが、こっちから手を出さない限りは何もしてこないのかもしれない。


 つまり現状は、俺の求めていたスローライフが手に入っているということだ。


 ああ、幸せだ――。


「魔王様」


 そのとき、魔王直下六封凶ろくほうきょうの一人、眼鏡をかけた執事風のおじいさま、白い髭がダンディで似合うビブリア・オルガが俺に声を掛けた。

 話し方が丁寧で好感が持てる部下だ。


 原作ではあまり表に出ることはなかったが、魔王の側近として常に傍にいて、勇者との最後の戦闘でも凄まじい強さを誇っていた。

 魔法も武術も軍師もこなすスーパーマン的な存在。


「あ、もしかして手に入った?」


 そんなシツジーマンに俺はひまわりの花の種を頼んでいた。

 この世界では稀有なものだ。しかし数日で用意するとは、さすが優秀なビブリア。ほめてつかわす。


「はい。ですが問題が発生しました。人間たちが森に侵入してきています」

「ありがとうビブリ――え?」

「魔力は大したことがないですが、足が速いみたいです。どこかのお抱え騎士や宮廷魔術師だと思いますが、どうされますか?」


 な、なんで!?

 この前の戦争を止めたよね!? 手も出してないよね!?

 おかしい、これが世界の強制力ってやつか?


 意味不明だ。俺はゆっくり領地経営スローライフがしたいだけなのに。


「ならばわたくしアリエルめが、このお花畑のように血祭にしてきますわ」

「待て」

「はっ、畏まりました」


 ここで殺したらゲーム通りになってしまう可能性は高いだろう。

 人間に危害は加えたくないが、かといって領地に侵入した奴らを安全に返すのってどうなんだ?

 これからを作ろうとしているのに、さすがにそれはそれでダメだな。


 うーん……。


 仕方ない。ある程度の気概は見せつける必要があるか。

 これも平和の為だ。


「俺がいくよ。ちょっと考えがある」

「魔王様が自ら!? わたくしビブリアにお任せください。何もかも完璧にこなして見せます」

「いえ、このアリエルにお任せください!」

「いいから二人ともここで花に水をあげてて」

「「はっ!」」


 いえば聞くんだけどなあ、血気盛んだよなあ。



 魔王の王座の魔には、水晶が置いてある。

 これは、魔王城のどの場所も視る事が可能だ。


 そして領地を広げる為に、範囲を拡大した。


 ひょいと覗いてみると、そこには四人の男たちが森を駆けていた。

 騎士の紋章や魔法使いの紋章はなく茶色い装束を着ているが……俺はこいつらを知っている。


 ――なるほど。


 俺は、静かに笑みを浮かべた。


   ◇


「今日は偵察だけだ。戦いは避けるからな」

「了解。といっても、このあたりの魔物は凄まじいな。隠密魔法がなければ四方から襲われてそうだ」

「といっても完璧じゃないからね。無理はしないで」

「はっ、そういって襲われたことなんてないだろ」

「違いない。まあ、魔王城の情報を少し得たら帰ろ――待て、あれは……誰だ?」

「背の低い仮面……あれは……魔王だ……」


 俺は、先回りして道の前で立っていた。

 心臓が脈を打っている。


「ここは魔王国・・・の領地だ。今すぐ出ていけば危害は加えない」


 俺の宣言で、彼らは目を見開いて驚いていた。

 魔王国なんて聞いたことがないからだろう。まあ、予定だがカッコつけさせてくれ。


 だが俺のほうが驚いている。


 いや、興奮・・していた。


 男三人、女が一人。


「――どうする」

「戦うのは避けろとの命令だ。相手もそういってる」

「そんなわけがない。魔族は狡猾だ。隙を見せれば死ぬぞ」


 ひそひそ話がよく聞こえる耳だ。しかし実際に聞くとみんな・・・いいい声をしている。


「……私がやる」


 そう言って紅一点の女性が、右手に持った杖を動かす――。


「雷魔法を放つつもりか? ――ミルカ」

「――なんでそれをそして私の名を……」


 雷魔法の使い手ミルカ、武術の神ラグナル、武道家のグム、狂戦士のドュラ。

 自由組合ギルド名は『光の軌跡エターナルライト』。


 そう彼らは、俺の――推しだ。いや、一応、だったか。


 原作で彼らは勇者御一行の先輩パーティーみたいな感じだ。


 強さに媚びず、弱気ものを助ける。紳士で、とても素晴らしい人たち。


 サイドストーリーだが、百年戦争を止める『光の軌跡』の話は涙なしでは語れない。

 といっても、この世界ではもう少し未来のことかもしれないが。


 しかしまさか間近で見れるとは思わなかった。

 これは役得だ。

 できれば勇者として接してみたかったが、仕方がない。


 ……サインとかもらえないかな? デルス魔王様へってお願いしようかな。


「ク、クソ!」

「やめろ。その火剣技は俺に効かんぞラグナル。隣はグム、そして――ドュラだろう」


 いやあ、今のラグナル、必殺のスキル放とうとしてたな。

 あれ凄いんだよなあ、原作でもめちゃくちゃ恰好良かった……。


 なんか驚いてるみたいだ。なぜだ?


 あ、俺が名前を言ったからか。

 

 ……やったなこれ。なんか、お前らのことは全部お見通しだ、みたいな感じになってないか?


「何もかもお見通しってわけか……さすが魔王だな」


 うーん、まずいな。なんか空気が変わってきている。

 興奮して名前を言ったのがマズかったな。


 とにかく急いで帰ってもらおう。

 こんなとこで俺に構ってるより、彼らはもっとやるべきことがあるはずだ。


 本当にいい人たちばかりで――


「ここから早く立ち去れ――」

「……クソ、ここは俺に任せてみんな逃げろ! 消滅魔法を放つつもりだ!」

「グム、行くな!」


 すると誰よりも勇敢で定評のあるグムが真正面から駆けてくる。

 短髪でガタイもよく、「ここは俺に任せろ」が口癖の男だ。


 ていうか消滅魔法ってなに? 立ち去れが魔法に聞こえたの!?


 しかし勇敢さは原作通り。でも相手は俺か。


 思い切り剣を振りかぶっている。いやまあでもそうか。


 はいじゃあさようならって後ろを振り返る戦士はいないよな。

 俺の言い方がダメだった。


 しかしどうしよう。

 まあでも、受けるしかないよな。回避するとカウンターか!? みたいな感じで怯えさせるのも悪いし。


「――悪いな」

「な――なんだと!?」


 俺は指一本で受け止める。というか、咄嗟に指しかでなかった。

 一応謝ったつもりだったが、なんか余裕台詞みたいになってしまった。


 グムが驚いた顔をしている。間近でみてもカッコイイ。

 汗とか流すんだな。当たり前か。


「グムの攻撃が防がれるなんて……ちくしょう、全員、全力でかかるぞ! お前を見捨てるねえだろ!」

「ああ、そうだ。俺たちは仲間だ!」

「私たちには待っている人がいる。こんなとこで死ねないのよ!」


 ちょっと待って、なんかすげえラスボスみたいな扱いになってないか?

 いや実際そうなんだが……。


 何かマズい。

 早めに決着付けないとダメだけど、攻撃はしたくないぞ。


 あーどうしよう!?


「な――」


 そんなことを考えていたせいで、身体がブレてしまい、なぜかそれが手に伝わる。

 つまりどうなったのか――。


 グムの剣が、真っ二つに割れてしまう。


 ああ……やっちまった。


「俺の最強のアダマンドプティブソードが……?」

「グムを助けろ! ――炎の不動ファイアグローレス

全てを薙ぎ払え雷の流サンダルガヴァイス

「ラングドンブロンス!」


 それに驚いたグムの仲間、というか光の軌跡が、俺に奥義を放ってくる。

 どれも俺が憧れたすげえかっこいいヤツだ。


 ああ、できれば真正面じゃなくて隣で見たかった。


「俺の命をかけても――」


 そんなことをいいながらグムが俺の身体を掴もうとしたので、急いではじき飛ばす。

 俺を道ずれにしようとしたのだろう。カッコイイがダメだ。


「――があぁあっぁっ」


 いやでもなんか力が強すぎたのか凄い離れていく。ごめん。


 しかし奥義は放れている。


 回避すると後ろの木々に当たって燃えてしまうだろう。

 できれば木材は回収して家とかで使いたいんだよな……。


 ああもう、防ぐしかないじゃないか!


「――完全防御フルシールド


 攻撃がすべて俺に直撃する。轟音が響くも、傷一つない。

 煙が黙々と消えて現れたのは俺だ。


「ど、どういうことだよ……」

「ク、クソ、や、やめてくれぇ」

「こ、こんなの勝てるわけないじゃない……」


 今ので戦意喪失したらしく、光の軌跡が項垂れる。

 なんか本当にごめんなさい。後、グム大丈夫かな。


 だが俺に対抗できるのはやはり勇者のみなのだろう。

 彼らも相当強いはずだが……。


 しかしこれで攻撃は仕掛けてこない。

 ある意味良かったかもしれない。


 一応、もう誰も来ないように強めに言っておくか。


「二度と近づくな。この領地・・は我々のものだ」


 コクコク頷く光の軌跡。うーん、やっぱりカッコイイ。グムが地面から起き上がらないけど大丈夫かな。


 しかし今度こっそりサインもらいにいこうかな。

 部下たちにバレないように。


 そして光の軌跡は、みんなで肩を組み合って退いていく。


「グム、いけるか?」

「ああ……なんとか」


 良かった、生きてた。

 

 よし、百点ではないが八十点ぐらいはあるんじゃないか?


 頑張ってください先輩たち。


 これからのストーリーを楽しみにしています。


 よし、これで心を置きなくスローライフができるはずだ。


 ひまわりを植えた後は、花壇でも作ろうかな。


   ◇


「――え、なんで?」


 それから数日後、俺はビブリアからとんでもない報告を受けていた。


「魔王様の恐ろしさが、人間どもに伝わったようです。あえて殺さず、そして傷つけず剣や魔法を受けることで最大限の恐怖を煽ったのですね」


 『光の軌跡』が冒険者を電撃引退、それぞれ祖国に帰ったとのことだった。


 その理由は、俺に名前まですべてバレていたせいでこのままでは死を感じたとのことだ。


 また、冒険者としてもやっていける自信がなくなったらしい。後、グムは愛刀が消えたショックもあったとか。


 この話は瞬く間に広がり、あの伝説のパーティー光の軌跡が敗北! と話題だそうだ。

 なんと魔王から精神攻撃を受けたと言われているらしい。


 唯一良かったのは、これ以上魔王城の領地に誰も近づくなと国王陛下から命令が下されたとのこと。


 ……え、じゃあもう光の軌跡ってベクトル・ファンタジーから消えたってこと?


 百年戦争を止める話は? ドルガンド平地の戦いは? グムの「後は俺に任せて」も存在しないってこと?


 ……一歩進めば二歩下がっている気もする。


「さすがデルス魔王様ですわ、このアメリアなら全員をゴミクチャにしていたというのに」

「あら、ペールなら魔力の肥料にしてお花畑に植えていましたわ」


 いや、前向きに考えよう。

 光の軌跡には悪いが、おかげでこれ以上、人間が来ることはないはず。


 それに光の軌跡は、本当は最後魔王に殺されてしまう悲しいエンドなのだ。


 そう思えば、俺は命を救ったかもしれない。


 ……だよな、そう思うことにしよう。


 そして――。


「アリエル、ペール。お花はちゃんとした肥料が必要だからな人間はダメだぞ」

「「も、申し訳ありません」」


 肩をがっくりと落す二人。まあでも、そういうことは嘘でも言っちゃダメだからね。

 俺は、ゆっくりと顔を上げさせる。


「あんまり気にしないで、次は頑張ろうね」

「はい、魔王様!」

「デルス様、お優しい!」


 部下たちも学ぼうとしているのだ。

 俺も一歩一歩頑張ることにしよう。

 

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