19:久しぶりの登校
――激動の対抗戦後、初めての登校となる第一日。セシリーと優雅な朝食をとっていたら、不意に寮部屋の扉がノックされた。
こんな朝に誰だろう、と若干警戒しつつも、ゆっくりドアを開ければ、
「マリア、おはよう」
「……ルシアンくん?」
ドアの向こうには、爽やか笑顔のルシアンくんが立っていた。
突然のクラスメイトの登場に驚いて目を丸くしていたら、私の背後で「あ!」とセシリーが声をあげる。
「ルシアンさん! わたしが教室まで送るつもりだったんですが……」
「いいっていいって、セシリアさんは忙しいだろ」
セシリーとルシアンくんの間で話が進むのを訳も分からず眺める。そもそもセシリーが教室まで送ってくれるつもりだったということ自体初耳だ。
確かに今まで、放課後はルシアンくんたちクラスメイトに送ってもらっていたが、朝は特にそういったことはしていなかった。早めに登校していること、そして第五生徒の教室は他のクラスから遠い離れにあることから、人と滅多に会わなかったためだ。実際問題は起こっていなかった。
私はルシアンくんを見上げて問いかける。
「えっとー……これは?」
「対抗戦で多くの生徒に目をつけられた。マリアが一人で出歩くのは危ない。だから迎えにきた。以上!」
帰ってきたのは簡潔な答えだった。
対抗戦が終わってから数日私は休んでいたため、第五生徒――自分で言いたくはないが落ちこぼれ組――が勝ち進んだことに対して、他のクラスの生徒の反応をまだ知れていない。だがルシアンくんの言葉から察するに、やはり気に入らない生徒が多いようだ。
悲しいかな、予想できた展開にため息をついた。そんな私にルシアンくんは苦笑する。
「ノアのとこにはギルバートが行ってる」
告げられた言葉にほっとした。ノアくんはルシアンくん、ギルバートくんと比べて体つきが華奢だから、私の次に狙われるのではないかと心配だったのだ。
「俺とギルバートはまぁまぁ魔力が強いって知られたからちょっかい出されないんだけど、その分ノアとマリアに集中しそうで怖いんだよ。しばらくは朝も迎えにくるから」
申し訳なさでどんどん頭が下がっていく。正直私に何一つ原因はないのだが、それでも迷惑をかけてしまっていると思うと心苦しい。
「皆さんが忙しいときは、わたしも送り迎えするから!」
セシリーも力強く声をかけてくれた。
学年主席であり、一年生の総代表である彼女は優しく責任感が強い。そんな彼女にこれ以上苦労をかけるのは避けたかったが、頼らずに一人でどうこうしようと足掻いたところで到底難しい話だし、余計に迷惑をかけてしまうだろう。
「ご、ごめんね、二人とも……」
肩をすくめて小さな声で呟けば、セシリーもルシアンくんも気にしないで、というように首を振った。
――朝食を食べ終わった後、ルシアンくんと二人で教室へ向かう。相変わらずその道の途中で他の生徒に出会うことはなかったが、私が休んでいる間ルシアンくんたちはエリート様に絡まれたのだろうか、と気になってしまう。
他愛ない雑談が途切れた後、思い切って切り出してみた。
「対抗戦の後、そんな……注目されてたの?」
「どうやら第五生徒が第一生徒に勝つのは長い歴史の中でも初めてらしい。そのせいで今年の第一生徒は末代までの恥だって憤慨してるみたいでさ」
なるほど、ルシアンくんたちは正真正銘歴史に残る勝利をおさめたようだ。それに彼らは何一つ汚い手を使っていないのだから、言い逃れができない“負け”だ。だからこそ余計に腹を立てているのだろう。
しかし末代までの恥とは。それほどまでに私たちを見下していたのか、ともはや呆れてしまう。
「第一生徒が怒ると、その下の第二第三第四は従わないとだからなぁ。特別生徒の一部が苦言を呈してくれたから爆発寸前で済んでるらしいけど」
強者に従い、弱者を虐げる。笑ってしまうくらい分かりやすい。
しかしこの学院で一番力を持つ特別生徒の一部が苦言を呈してくれた、との言葉に引っかかった。一部の中にはセシリーは間違いなく含まれているだろうが、ルシアンくんの口ぶりからして複数名いそうだ。
「一部の生徒?」
「セシリアさん、イルマさん、リオノーラさん。それと二年の先輩方にも複数人。あ、聞いた話だから正しいかは分からない」
ルシアンくんの口から出てきた三つの名前にはいずれも聞き覚えがあった。
セシリーはもちろん、イルマは私を救世主サマと呼ぶレジスタンスの一員だ。しかし入学してから全く姿を見かけないが――クラスが違うのだからそれも当たり前かもしれないが――元気にやっているのだろうか。
それと、リオノーラさん。彼女は入学早々学食で絡まれていた私たちを助けてくれた貴族のお嬢様だ。前回のことといい今回といい、なぜ助けてくれるのかはてんで見当もつかないが、正真正銘の権力者であるリオノーラさんがこのようなスタンスでいてくれるのはとてもありがたい。
「そうなんだ……ありがたいね」
「まぁ、うん。中立の立場に立ってくれてるのはありがたい」
なぜだか歯切れの悪い返事が返ってきたが、それきりその話題は流れてしまったため、言及することはしなかった。
その後、教室に無事到着し、今までと何一つ変わらない授業が始まった。当然だが第五生徒しかいない授業は、特に何が起きる訳でもなく――必死にノートを書いていたらあっという間に放課後だ。
さて、今日はルシアンくんとギルバート、どちらが私を送るのか、という男子たちの会話を背後に聞きながら――ノアくんはもはや送られる側になったようだ――帰り支度をしていたときのことだった。第五生徒の教室のドアが控えめに叩かれた。
ルシアンくんとギルバートがバッと前に出る。そしてこちらを一度振り返ってから、ゆっくりと扉を開けた。
そこに立っていたのは、赤髪の少女だった。
「あ、あの、マリア・カーガさまはいらっしゃいますでしょうか?」
震える声。今にも泣き出しそうに潤んだ青い瞳。とてもこちらに害をなすような存在には思えない。
ルシアンくんとギルバートの警戒が徐々に緩んでいく。私も数歩前に出て、彼女の次の言葉を待った。
「私、モニカと申します。お嬢様がぜひマリアさまとお話ししたいとのことで、お伺いしました」
見知らぬ少女の口から自分の名前が出てきて、思わず首を傾げる。ギルバートが「知り合いか」と言いたげな目線を寄こしてきたが、心当たりが一切ない私はぶんぶんと首を振って答えた。
彼女はお嬢様が私と話したいと言っていた。つまりは使いだ。私と話したがっている“お嬢様”とは一体誰なのだろう。
「あの、お嬢様って?」
「リオノーラ・ヒューゴ・ウルフスタンさまです」
――特別生徒のお嬢様からの呼び出しに、私はただただ驚くばかりだった。
世界を滅ぼす“救世主”として悪の組織に異世界召喚されました 日峰 @s-harumine
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