13:新しい生き方



 対抗戦が間近に迫ったある日の実践授業。校内に広がる森のフィールドで、実際の対抗戦と状況を同じにした模擬戦を行うらしかった。



「対抗戦当日はこのフィールドを使うんだ。適当に罠を仕掛けておいたから、どんなものか見てみるといいよ」


(適当に罠を仕掛けたって……)



 セオドリク先生はさらっとそんなことを宣う。しかし気にしたのは私だけなようで、他の三人は実戦で使うフィールドがどんなものか、早速散策しだした。

 フィールドは高低差もあれば川もある絵にかいたような森だ。対抗戦ではこの中からお宝――旗を探し出さなければならないらしいが、視界も悪いし思っていた以上に大変そうだ。

 少し離れたところであちこち眺めていたら、背後でバサッ、バサッ、と羽ばたく音が聞こえてきた。



「カーガさんは上から見学していよう」



 セオドリク先生の声に振り返る。先生の傍らには一匹の獣が控えていた。鷲の上半身にライオンの下半身。ファンタジー小説やアニメで沢山みた架空の生き物――グリフォンだ。

 ペガサスが存在したこの世界には、グリフォンも存在している。それはレジスタンスにいるときに本で読んで分かってはいたことだが、こうして実際に見るのは初めてだ。



「高いところは平気かい?」


「はい!」



 興奮気味に頷く。するとセオドリク先生はにっこり笑ってこちらに手を差し伸べてきた。その手を取れば、優雅な手つきでグリフォンの上へとエスコートされる。

 当然、馬の鞍のようなものがグリフォンには装着されており、セオドリク先生は私の後ろに座って手綱を手に持った。そして先生が手綱を軽く引くと、グリフォンは大きく羽ばたき――飛んだ。

 あっという間に地面が遠くなっていく。数秒で広いフィールドを大体見渡せるほどの高さまで来てしまった。



「すごーい!」


「グリフォンに乗った覚えは?」


「……ありません。でも風が気持ちいいです」



 初めてです、と言いかけて、寸でのところで言いかえる。もっとも記憶を失っている設定だから、初めてですと口を滑らせてもなんとかなったかもしれないが。

 ふとセオドリク先生がある場所を指さした。なんだろう、と目を凝らせば、半透明の青い膜のようなものが丸く広がっていた。――と思えば、それは空気に溶けるようにして消えていく。



「ほら、あそこ。ノアが罠にひっかかったね」


「今のは?」


「出場生徒が怪我をしないよう守護石を持たせてるんだ。魔法に反応して、持っている本人を守るように結界が張られる。ただ一度発動すると壊れてしまうから、壊れたらその選手は退場」


「なるほど……」



 当然だが万が一に備えて対策は練っているらしい。魔法で邪魔をしあうと聞いたときから心配でならなかったが、少しだけほっとした。



「おや、もうギルバートが旗を見つけたみたいだ」



 セオドリク先生はそう言ってグリフォンを操り、ギルバートに近づいていく。するとギルバートが立っている場所の少し先に、何やら神々しく輝いている旗を見つけた。言われなくとも分かる。あれが探し出さなければならないお宝だ。

 ギルバートが旗へと近づく。――と、そんな彼の邪魔をするように地面から人型の土人形が現れた。動きこそ緩慢だが、中々に不気味だ。



「あの土人形はセオドリク先生が?」


「簡単なものだけどね。ほら、もう倒された」



 ギルバートは土人形に臆することなく無表情で魔法を発動させて、あっという間に粉々に砕いてしまった。強い。

 セオドリク先生は背後で「流石だ」と笑う。



「今年の第五生徒は優秀だ。もしかしたら全員特別生徒に入れていたかもしれない」


「そ、そんなにですか?」



 先生の言葉に思わず振り返る。確かにギルバートとルシアンくんの魔力が強いのは目に見えて明らかだったし、ノアくんも最大火力は凄まじかった。三人とも優秀な魔術師なのは分かっていたが、先生にはっきり言われると自分一人が“真の落ちこぼれ”ではないかと焦ってしまう。

 見るからに動揺する私に、セオドリク先生は優しく微笑んだ。



「カーガさんは置かれている状況で最大限に努力している。だから劣等感を感じることはないよ」



 フォローの言葉はありがたいがむなしい。

 何やら相談しているクラスメイト三人をじっと見つめながら、ぽつりと問いかけた。



「魔力を持たない人が、再び魔力を手に入れることってあるんでしょうか……」



 数秒の沈黙。答えづらいことを聞いてしまったなと後悔して、質問を撤回しようとしたが――それより数秒早く、セオドリク先生が口を開いた。



「君の魔力を奪った犯人――アバドを倒せばあるいは。もしくはポルタリア王から再び魔力を授かることができるのならば……対面する機会はないだろうから、極めて不可能に近いけれどね」



 二つの可能性を絞り出してくれた先生には申し訳ないが、つまりはアバドに魔力を奪われた人が再び魔力を持つことは難しいのだろう。そもそも魔力を持たない私は、最初から可能性ゼロだが。

 セオドリク先生はすっかり黙ってしまった私を気遣ってか、先ほどよりも明るい口調で言った。



「アバドの被害が広がるようなら、この世界の在り方そのものを変えていかなければならないかもしれないね。そういう意味で、我々は君に期待しているんだよ」


「期待?」



 セオドリク先生は私ではなく遠くを見やる。ポルタリア魔法学院の教師である彼は、一体何をその目に映しているのだろう。



「魔力を持たない人間がどうやってこの世界で生きていくのか――その、新しい人類の生き方を」



 魔力を持たない人間が、この世界でどう生きていくのか。

 そんなもの、私が一番知りたかった。



 ***



 その日、私はセシリーに協力してもらって差し入れのアップルパイを作った。いつぞやのギルバートからのリクエストだ。

 寮部屋まで毎日誰かが私を送るという当番制度ができたことで、放課後の練習に私も付き添うようになっていた。先に部屋に送ってから練習をすると言われたのだが、余計に寮と学校を行き来させてしまうのが申し訳なくて流石に断った。

 練習が一段落したところで、私は冷たい紅茶とアップルパイをみんなに振る舞うことにした。一番に反応したのはノアくんだ。彼は小柄だが食欲は旺盛で、もしかすると三人の中で一番食べるかもしれない。



「わぁ、アップルパイ!」


「ギルバートくんが食べたいって言ってたから」



 切り分けて紙皿に出し、三人に手渡す。見た目は悪くない。

 最初に口を付けたのはギルバートだった。



「ルームメイトの子に色々教わって、自分で味見もしたからまずくはないと思うんだけど……ど、どう?」



 予防線を張ってから尋ねてみる。すると、



「……悪くない」



 なんとも彼らしい返事が返ってきた。

ギルバートの性格的に素直に「おいしい」と言うとは思えないし、彼の「悪くない」はそれなりの高評価のはずだ。多分。



「オレたちももらっていい?」


「もちろん!」



 続いてルシアンくん、ノアくんが口にする。彼らは「おいしい!」と褒めてくれた。

 セシリーがつきっきりで手伝ってくれたため、正直なところ私が行った作業は全体の半分ほどなのだが、喜んでくれるのは素直に嬉しい。対抗戦が近いからと練習を詰めているせいか、アップルパイはあっという間になくなってしまった。

 すっかり綺麗になった紙皿を見るとついニコニコしてしまう。元の世界では一人暮らしをしていたこともあり人並み程度には自炊をしていたが、他の人のために作る機会は滅多になかった。こうも喜んでくれると嬉しいものだなぁ、としみじみ思う。



「今日の送り当番はギルバートだよな?」


「分かってる」



 四人で片付けて、さて解散しようとなったとき、毎回今日は誰が私を送る当番かという確認になる。一応ルシアンくん、ノアくん、ギルバートという順番になっているようだが、諸々の事情で順番が入れ替わることもあるのだ。

 今日の当番はギルバート。彼との一言も言葉を交わさない静かな帰り道ももう慣れた。

 ルシアンくんたちと別れ、寮までの道を並んで歩く。



「わざわざごめんね」


「アンタのせいじゃない。気にするな」



 気にするな、と言ってくれるものの、やはり申し訳なさは消えない。

 一体いつまでこの当番制度は続くんだろうか。もしかしたら卒業するまでだったりして――などと考えていたとき。ぽつり、と隣を歩くギルバートが呟いた。



「……アップルパイ、うまかった」


「へぁ?」



 声をかけられるとは思っておらず――なんせ毎回帰り道はほぼ無言だからだ――変な声が出てしまう。

 数秒の間をおいて、私が差し入れたアップルパイを「うまい」と言ってくれたのだとようやく気付き、返事をした。



「あ、ほんと? それはよかった。また作るね」


「……あぁ」



 頷いたギルバートの耳が赤く見えたのは夕日のせいか、それとも。

 それにしてもわざわざ二人きりのときに「うまい」と言い直すとは。だったら最初から「悪くない」じゃなくて「うまい」と言ってくれればよかったのに――なんて、心の中で悪態をつきつつも、自然と上がってしまう口角を自覚していた。


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