14:レジスタンスの一員
その日もギルバート、ルシアンくん、ノアくんの三人は放課後に対抗戦の練習を行っていた。私はその様子をベンチに座り眺めている。
最近はノアくんも魔力の制御ができるようになってきた。とはいってもあくまで落ち着いた状態であれば、の話で、不意を突かれたりすると焦ってしまいうまく制御できないようだったが。
練習が一段落した頃を見計らって、私はいつものように差し入れを三人に渡した。今日はクッキーだ。
「三人ともお疲れ様」
「ありがと、マリア」
「いつもすみません、ありがとうございます」
「どうも」
三人の返答にそれぞれの性格が出ているなぁ、と思う。
最初にクッキーを口に放り込んだのはルシアンくんだった。差し入れのリクエストで薄々分かっていたが、彼は甘い物が好きらしい。
「これうまい!」
「よかった。同室のセシリーに手伝ってもらったの」
このクッキーのレシピはセシリーから教わった。甘さ控えめで自分の弟も大好きだったのだとはにかんだ彼女は、どうやら弟さんととても仲が良いようだった。一人っ子の私としては羨ましい。
私の口から出た第五生徒ではない生徒の名前に、ルシアンくんとノアくんは首を傾げる。
「セシリー?」
「セシリア・ノークスちゃん。特別生徒の」
「今年の首席の方じゃないですか!」
ノアくんの言葉にそうそう、と頷きながらもやはり主席は有名人なのか、とぼんやり思う。一方でルシアンくんはセシリーの名前を聞いて、何か考え込むように腕を組んだ。それから数秒後、あ、と小さく声をこぼす。
「セシリアさんって対抗戦に代表選手として出るんじゃなかったっけ」
「え!?」
いくら優秀とはいえ、ルシアンくん曰く「体の大きい奴が出る」対抗戦に小さく華奢なセシリーが出場するなんて! 驚きのあまり大きな声が出てしまう。
ルシアンくんは自分の鞄を手繰り寄せると、その中をガサゴソと漁る。そして一枚のプリントを取り出した。
「ほら、これ。出場生徒一覧。まぁ首席だから駆り出されるのも分かるけど、他はほぼ男だから大丈夫かな」
ルシアンくんが見せてくれたのは対抗戦の出場生徒一覧だった。特別生徒のチームには確かに、セシリア・ノークスの名前がある。他の二人は見慣れない名前だったが、おそらくは男子生徒だと思われる名前が並んでいた。
他のチームもざっと目を通す。女子生徒と思わしき名前は他に一名だけで、後は全て男子生徒と思われる名前だ。
――その日、寮に帰るなり「ただいま」もなしにセシリーに問いかけた。
「セシリー、対抗戦出るの!?」
「え? あ、う、うん」
鬼気迫った私の問いかけに、セシリーは戸惑いつつも頷く。
「大丈夫!? 他の人はほぼ男子だって聞いたけど……」
「大丈夫だよ。特別生徒は勝ち上がってきたチームとあたる、最後の一戦だけの出場だし……」
それはつまり頂上決戦な訳で、勝ち残ってきた強豪チームと戦うということは一番危険ではないか、と思うのだが――私がここで喚いてもセシリーを困らせるだけだろう。もう彼女が代表選手として出場することは決まっているのだろうし、私は無事を祈ることしかできない。
「気をつけてね」
「ありがとう。……マリアちゃんや第五生徒の皆さんも、気をつけてね」
声を潜めて、真剣な表情でセシリーがこちらのことを心配してくるものだから、思わず首を傾げる。
「う、うん?」
「毎年第五生徒は各組から標的にされるって先輩から聞いて……何かあったらすぐ棄権した方がいいって」
――悲しいかな、セシリーの言葉は「そうなんだろうな」と納得できてしまうもので。第五生徒はとにかく他の生徒からいじめられるらしい。そういう定めなんだ。
しかし今年はギルバートもルシアンくんもノアくんも、魔力だけで言えば特別生徒と肩を並べるレベルだ。もしかしたらこちらを見下すエリート様の鼻をあかせるのではないか、なんて考えているけれど。
でも何よりも、クラスメイトやセシリーが怪我をせず無事に終えられることが一番だ。――そう思った矢先、
「昨年は守護石が発動しないように、魔法じゃなくて物理的な罠を仕掛けた生徒がいて、それに引っかかった第五生徒の方が怪我されたって聞いたし……」
(い、陰湿ぅ!)
陰湿極まりない先輩エリート様の所業を聞かされて、私は頭を抱える。なぜそんなことを思いつくんだ、エリート様のくせに。こちらを下に見るのならば、せめてもっと優雅でいて欲しい。高い紅茶を飲みながら「落ちこぼれ組は汚らしい」とか高笑いしててくれたら平和なのに。
「私は見学だけど……三人には伝えておくね」
私が頷くと、セシリーは「本当に気を付けてね」と念を押してきた。私と同室でなければここまで彼女に心労を与えることもなかったのだろうと思うと、申し訳ない。
――翌日、私が登校した時間に教室にいたのはギルバート一人だった。どうやらルシアンくんとノアくんは購買に飲み物を買いに行っているらしい。
私は早速、昨日セシリーから聞いたエリート様の悪事をギルバートに報告した。そうすれば、
「まぁ、それぐらいはあるだろうな」
ギルバートは特に驚く様子もなく、それどころか納得するように頷いたものだからこちらが驚いてしまう。
「そうなの!? なんでそこまで陰湿なの!?」
「“そういうもの”なんだよ」
そういうもの、と言われても、異世界人の私からしてみれば全く納得が出来ない。しかしそういうものだと思っているギルバートにこれ以上食い下がっても、納得のできる答えは返ってこないだろう。
それ以上問いかけることはしなかったが、露骨に「納得していない」顔をしていた私を見て、ギルバートは小さくため息をつく。そして再び口を開いた。
「ここは世界中からエリート様が集まってくる。地元でチヤホヤされてたのに、いざこの学校に入ったら自分以上の天才が大勢いるんだ。チヤホヤされたせいで無駄に高くなったプライドではそれを受け入れられず、自分より立場の低い人間を探し、見下し、安堵する」
今まで神童だなんだと担ぎ上げられて自分がこの世界の中心だと思い込んで、そのつもりで学院に入学したら自分より更に優秀な人材が沢山いた。なるほどそれは確かにショッキングな出来事かもしれない。しかしそれはただ単にその人が井の中の蛙だっただけだろう。下を見るより上を見て、自分もそこに追いつこうと努力するようなエリート様はいないのか。
いや、実際そういう人もいるはずだ。ただ私たちに突っかかってくる人たちは下を見て安心する人たちだけだから、ついついエリート様全員にそういったイメージを抱いてしまうだけで。
「俺たち落ちこぼれはそんなエリート様にとって格好の鬱憤ばらしってことだよ」
「……性格ひん曲がってるなぁ……」
それは率直な感想だった。ショックを受けるのはどうぞご勝手に、だが、その鬱憤ばらしに巻き込まれるこちら側としてはたまったものではない。
はぁ、とため息をつく。――と、そのときだった。
「そんな性格ひん曲がってる奴らが将来この国を、そして世界を率いていくんだ。反吐が出る」
低く唸るようなギルバートの声が教室に響いた。
――あぁ、そうだ。彼はこの国の王さま、この世界の頂点を殺そうとしている、レジスタンスの一員なんだ。
それを思い出させる、憎しみに満ちた声だった。
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