15:対抗戦本番
――対抗戦当日。
朝いちばんの試合は第五生徒対第四生徒。対抗戦は勝ち抜き戦だ。初戦は第五と第四、勝った方が第三生徒とあたる二回戦に進出し――例年、最終的には順位とクラスの並びが同じになるらしかった。
私はいつぞやのようにセオドリク先生が操るグリフォンに乗せてもらい、上から見学していた。それぞれのクラスから選抜された計六人が、横一列に並んでいる。
『――開始!』
白髪交じりの見知らぬ先生の掛け声で、六人はバラバラの方向へ走り出す。ギルバートは東に、ルシアンくんは西に、そしてノアくんは北方向に走っていった。
道を遮る木々に崖。そしてお互いの妨害。それらを潜り抜け、お宝である旗を見つけ出さなければならない。
「お、もう旗を見つけたね」
「えっ!?」
「ほら、ルシアンが向かってる」
ルシアンくんが森を駆け抜ける獣のような速さである場所へと一直線に向かっていた。それに気が付いたのだろう、ルシアンくんの行く先を邪魔しようとした第四生徒の足元に魔法陣が浮かび上がったが、発動するよりも早くギルバートの激しい炎がその生徒を包んだ。炎が引いた後、守護石によって張られた結界が消えていく。
いくら守られると分かっていても、あの炎が自分に向かってきたら恐ろしいだろうな、と身を震わせて――
「取った!」
ルシアンくんが旗を取った勝利の瞬間を見逃してしまった。
セオドリク先生の声に慌てて目を凝らせば、ルシアンくんは満面の笑みで旗を頭上に掲げていた。
勝負あり。終了を告げる笛の音がフィールドに響き渡った。
文句なしの勝利だ。グリフォンから降り、私は待機場で――イメージとしては元の世界の体育祭に似ており、代表選手がグラウンドに出て、その他の選手は離れた場所で試合を観戦している――クラスメイトの帰りを待っていた。
「おい、第五が勝ったって」
「マジかよ。ってか、もう終わったのか」
周りがざわざわと騒がしい。セオドリク先生と一緒に待機しているからそこまであからさまな視線は向けられないが、背中にちくちくと突き刺さる数多の視線を感じていた。
若干肩身の狭さを感じつつもじっとその場で待っていたら、やがて勝利を収めたクラスメイト三人が待機所へと帰ってきた。私は水やタオルを持って三人を出迎える。
「お疲れ様ー! 三人とも凄かった!」
「ありがとな」
「ありがとうございます」
水を渡す。ルシアンくんたちが来たせいか、更にあたりは騒がしくなった。
「注目の的だね、三人とも」
「落ちこぼれもやるときはやるっての」
ルシアンくんはニッと笑ってみせる。心強い。
第四生徒に勝ち、二回戦に進むことができた。第五生徒は連戦になるが、さすがに休憩が入る。
今日も作ってきた差し入れを三人に振る舞う。食べ盛りの男の子三人の胃にはどんどんおさまっていき――あっという間に休憩時間が終了した。
「次の相手は……第三生徒」
ルシアンくんたちは立ち上がり、フィールドへと向かう。
「君たちが勝ってピリピリし出してる。気をつけた方がいい」
「はーい」
セオドリク先生の警告に、ルシアンくんは片手を上げて応えた。ノアくんは少し顔色が悪いが大丈夫だろうか。一方でギルバートは眉一つ動かしていなかった。
私は再びグリフォンの背にのって空から試合を見学する。『開始!』と声が響いた瞬間――第三生徒の一人がくるりとルシアンくんたちの方を振り返ったかと思いきや、その足元に魔法陣が浮かぶ。そして次の瞬間、クラスメイト三人の姿が炎の渦に包まれた。
「ぎゃっ!」
「初っ端最大火力とはね。それで三人全員潰すつもりだったんだろうけど……残念、ギルバート一人で全然受けきれたみたいだ」
セオドリク先生が耳元で笑う。その言葉にじっと目を凝らすと、不意にルシアンくんたちを飲み込んでいた炎が勢いを弱め――内側から水柱が天に向かって伸びた。その水によってあっという間に炎はかき消されてしまう。
炎の渦の中から姿を現したルシアンくんたちは無傷だった。それどころか笑っている。例の半透明の青い膜のような結界は張られていないようだったし、おそらくは守護石も無事なのだろう。
さぁ、反撃開始――と言わんばかりに大きな大きな魔法陣が三人の足元に現れた。あの大きさの魔法陣には見覚えがある。制御がうまくいっていなかったときのノアくんの魔法陣だ。
あ、やばそう。
そう思った次の瞬間、先ほどよりも更に激しい炎の渦が相手チームを包んでいた。その炎はしばらく途切れることなく――ようやく途切れたときには、第三生徒全員が頭を守るように抱えて地面に蹲っていて。
「ノアはまだ制御がうまくいっていないね。だけど相手方の守護石は全部破壊したから勝負ありだ」
終了の笛の音が鳴り響く。相手チーム全員の守護石を破壊した結果、第五生徒チームの勝利だ。
「あっという間ですね……」
「順調なのはいいことだけど、変なことを考えるチームが出てこないか心配だね」
心配そうに呟くセオドリク先生。彼の言葉に「そうですね……」と小さく頷く。素直に喜びを表すことができないまま、私たちは再び待機場所へと戻り、ルシアンくんたちの帰りを待った。
例年とは違い、落ちこぼれ組と見下されている第五生徒が第四、第三と二つのチームを下したのだ。それに対して面白くないと思う生徒がいる可能性は高い。それに相手チームの中には、格下の相手に負けてなるものかと奮起する選手もいるだろう。その場合、負けたくないという思いが、悪い方向に働かなければいいが――
戻ってきたルシアンくんたちはあっという間に決着がついたせいか、涼しい顔をしていた。しかし次の試合はすぐに始まる。連戦だ。
少しでも休んで欲しいという思いを胸に、飲み物を渡しつつ声をかける。
「こんなに連続だと疲れちゃうね、お疲れ様」
「次の試合で勝ち抜いたら昼休憩だから、あと一踏ん張りだな」
初戦、二回戦と試合がどちらもあっという間に終わったため、予定よりだいぶ時間に余裕があるが、スケジュール上では次の試合が終わった後、昼休憩を挟むことになっている。次の試合は――第五生徒対第二生徒だ。
「勝ち抜く気満々だな」
ルシアンくんの言葉に珍しくギルバートが突っかかった。しかしルシアンくんは不快な表情を見せるどころか楽し気に笑う。
「そういうギルバートこそ、さっきは驚いた。あの魔法を一人で防ぐなんてすごいな」
「流石に焦った」
「その割には涼しい顔してたぞ〜? ま、お前は成績優秀者になりたいって言ってたもんな。ここまで勝ち抜けば内申点の加点は十分だろ」
内申の加点とは?
思わず首を傾げたが、今の三人を私の疑問に巻き込むわけにはいかない。大人しく口を噤み、試合が早々に終わったために予定よりいくらか長い休憩時間を有意義なものにしてもらおうと、飲み物に食べ物にタオルに、と母親のように三人の世話を焼いた。
――しかしいくら時間が伸びたとはいえ、元々の休憩時間は本当に短く、あっという間に次の試合の時間がやってきてしまう。
フィールドへと向かう背中に、咄嗟に声をかけた。
「気を付けてね」
「ここまできたら行けるとこまでは行く」
私の言葉に一番に応えたのはギルバートで。ルシアンくんはその言葉に笑顔で大きく頷き、ノアくんは神妙な面持ちで、しかし力強く頷いた。
私とセオドリク先生は再度空から試合を観戦する。
『それでは――開始!』
開始の号令がかかり、第五生徒チームは最初の試合と同じように、三方向にそれぞれ分かれた。そして彼らは旗を探し出したのだが――第二生徒チームも三つに分かれ、ギルバート、ルシアンくん、ノアくんの後を追ったのだ。
元の世界で言う、バスケのマークのような形で第五生徒の後についていく第二生徒たち。ところどころ魔法を発動させて邪魔をしているようだったが、三人はそれを軽くいなしていたのでほっと安堵の息をつく。――と、そのときだった。
ノアくんの後を追っていた赤髪の第二生徒が、魔法の妨害でノアくんをある場所へ誘導していることに気が付いた。北へ真っすぐ進ませようとしている。その先は――大きな崖だ!
「あの赤髪の人、ノアくんを崖に誘導していませんかっ?」
セオドリク先生を振り返る。すると先生はグリフォンを操って高度を下げ、若干ではあるがノアくんに近づいた。近づいて、気づく。赤髪の第二生徒が脇に枝の束を抱えていることに。
「枝……?」
なぜそんなものを持っているのか分からなくて、私は首を傾げる。背後のセオドリク先生がハ、と息を飲んだ。
「武器として使う気か!」
ノアくんが崖へ追い詰められる。赤髪の男子生徒はにやりと笑い、抱えていた木の枝を空へと放り投げた。
木の枝が宙を舞っている動きが、まるでスローモーションのように見えた。何かに気づいたセオドリク先生がグリフォンを操り、二人にぐんぐんと近づいていく。そして――分かった。木の枝の先が、まるでナイフのように尖っている。あれは明らかに自然のものじゃない。人の手が加えられたものだ。
宙を舞っていた木の枝が、ぴたりと動きを止める。男子生徒の足元には緑の魔法陣。おそらく、風の魔法だ。
――男子生徒は風の魔法を使って、先がナイフのように尖った木の枝をノアくんに投げつけようとしている。この世界の自然には魔力が宿っているとイルマは言っていたが、守護石は木の枝にも反応してくれるのだろうか。
「ノアくん!」
咄嗟に叫ぶ。木の枝がノアくんに襲い掛かる。彼は自分の身を守るために身を屈めたが、守護石は発動しない。
ノアくんは弓矢のように襲い掛かってくる木の枝から逃れるため数歩後退し――そのまま、崖下に落ちてしまった。
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