04:魔法学院に入学!?
数日間の休息が与えられた後、私はこの世界で初めて出会った黒いローブのおじさんに呼び出された。どうやらおじさんは悪の組織――レジスタンスの中でもそれなりに偉い立場にあるらしい。名前は知らない。
「救世主さまにはギルバート、イルマと共に魔法学院に通って頂きます」
「魔法学院?」
「ポルタリア魔法学院。ポルタリアの王都・ポルティカにある、世界中から優秀な魔術師が集まる世界一の魔法学院です」
カタカナが多くて頭が混乱する。名前はさておき、王都にある名門校に通え、ということらしい。
しかし気になる点がひとつ。魔法学院とは、その名の通り魔法について学ぶ場所のはずだ。だとしたら、
「……あの、私、魔力持ってませんよね?」
「ご心配なく。今この世界は、魔力を奪う化物・アバドによって脅かされています。魔力を無くした前例は片手ほどですがおりますので。――彼らは最終的に命も失いましたが」
――魔力を奪う化物・アバド。
恐ろしい言葉が鼓膜を揺らして、私は束の間言葉を失った。
数日前の記憶が間違っていなければ、この世界では魔力の強さによってすべてが決まる。強い魔力を持った者は強者となり、弱い魔力しか持たない者は弱者となり、最悪野垂れ死ぬ。
そんな魔力第一のこの世界で、魔力を失うことがどんなに恐ろしいことか――魔法のない世界で生まれ育った私でさえ、安易に想像がつく。それもただ奪われるだけではなく亡くなっているとまできた。世が世なら恐ろしい通り魔としてその名を馳せ、教科書にも記載されるに違いない。
しかしそんなことを露ほども感じさせない軽やかな口調で、ローブのおじさんは続ける。
「学院は魔力を失いながらも奇跡的に一命をとりとめた救世主さまを、サンプルとして欲しがっております」
「はぁ……」
だんだん話が見えてきた。どうやら私は「恐ろしい通り魔・アバドに襲われた唯一の生き残り」というサンプルとして名門校に入学するらしい。救世主さまからモルモットに急落だ。
「ほんっと、恐ろしい世界ですよねー」
「イルマ、口を開くな」
「はいはぁい」
いつの間にそこにいたのやら、この世界のあらゆる理不尽を軽い口調で私に教えてくれた少女――イルマがそこに立っていた。このイルマという少女、甘い声と口調に反して随分と言うことは毒を持っているというか、やけに冷めている。
ローブのおじさんはイルマに注意をした後、改めて私に向き直った。
「それに私はそれなりに名の知れた魔術師なので、コネでなんとかします」
――まさか、異世界に召喚されてコネで入学するなんて!
異世界召喚されるのも、コネ入学するのも初めてだ。どちらもできることなら一生経験したくなかったし、数日前までは経験しないまま平凡な生涯を終えると思っていたけれど。
「救世主さまはこの世界で生まれ、平々凡々な家庭でお育ちになり、アバドに魔力を奪われた哀れな少女です。魔力とともに記憶も一部奪われ、長い期間意識が混濁していたこともあり、記憶喪失になられています。ですからこの世界の常識を知らずとも、不思議ではないのです」
この世界の私の設定を徐々に飲み込んでいく。
私にとって、アバドは随分と都合のいい存在だ。この世界の人間からしてみれば恐ろしい存在だが、異世界人の私からしてみれば、魔力がなくても記憶がなくても全てアバドの存在にしてしまえばオールオッケー。何かおかしな言動をしてしまってもアバドのせいにしてしまえばいい。まさしく私にとっての“救世主さま”だ。
「ギルバートは救世主さまの幼馴染兼護衛として入学します。イルマは少し離れた立場から警戒すべく、他人として入学します」
ギルバート――それは顔の整った銀髪の青年のことだ。いつの間にやら彼もイルマの数歩後ろに控えていた。
正直全く打ち解けていないどころか初日に話して以来だが、それでも一人で学院に放りこまれるよりは安心だ。事情を知っている人間が一緒にいてくれるのは心強い。――しかしその一方で、常に監視されているということにもなる。
悪王を倒さずとんずらする第三の道を探すためには、ギルバートを味方につけられたら一番いいのだろうけれど、そう簡単にはいかないだろう。もっとフレンドリーな子だったら希望はあったかもしれないが、取っつきにくい冷たい美形は難しそうだ。
「学院側は救世主さまの事情を知っていますが、他の生徒に明かすことはしないようです。これから入学までの短い期間、できるだけこの世界のこと、そして魔法について学んでいただきますので、そのつもりで」
ローブおじさんの言葉からして、既に学院側に話はいっていて入学も決まっているようだ。逃げるという選択肢は最初から用意されていなかったらしい。
しかし、この世界の名門学校に通えるという点は、第三の道を探す私にとって幸運かもしれない。この世界について知ることができるし、無事に卒業できれば学歴も手に入る。卒業後学歴だけでおこぼれの仕事をもらえるかも――なんて考えは甘すぎるか。
とにかく勉学には真面目に励もう、と決意し――そもそも悪王を倒すためになぜ私を名門の魔法学院に通わせるのかが気になった。
「なんで私は学校に通うんですか?」
「ポルタリア魔法学院の理事長はポルタリア王なんですよぅ。王は年に一度だけ我々平民の前に姿をお見せになるんですが、それが学院の卒業式。将来有望なエリート魔術師たちに祝福をお与えになるとかなんとか」
問いに答えてくれたのはイルマだ。
彼女は再び口を開き、
「その場で救世主サマにポルタリア王を殺してもらおうって算段でーす」
さらっと恐ろしいことをのたまった。
ローブのおじさんが再び「イルマ!」と彼女を注意すれば、「はいはぁい、ごめんなさぁい」と全く悪びれない様子でイルマはケラケラ笑う。怒られたことは全く気にしていないようだ。
それどころかイルマはローブおじさんに完全に背を向け、私に右手を差し出してきた。反射的にその手を握れば、思いの外優しく握り返される。
「改めまして、私はイルマ・メディチカです。これからよろしくお願いしまぁす、マリア様。それでこっちが……」
「ギルバート・ロックフェラー」
ギルバートはそれだけ言うと、腕を組んでふい、と私から目線を逸らした。愛想がなさすぎる。
「あ、マリア様、これ持っててくださいねー」
ギルバートの様子を密かに窺っていたら、イルマがネックレスを渡してきた。見れば、美しいの紫色の石が埋め込まれている。
この場でただのネックレスを渡してくるとは思えない。用心深くじろじろと眺めていたら、イルマがくすりと笑って口を開いた。
「マリア様の体に、常に魔力の膜を張っておくための触媒石です。この世界ではその人の魔力を視覚化する機械や魔法がたーくさんあるんで、魔力持ってないと一瞬でバレちゃいますよ。そういったときにマリア様の体に魔力の膜を張って、一見魔力を持っているかのように見せる、他人の目を欺くための石です。絶対なくさないようにしてくださいねー」
さらっと重要なことを言われてネックレスをなくさないようにぎゅっと握った。
魔力を持っていないことをバレないようにこの石が細工をしてくれるということは――つまりこれは私の命綱のようなものだ。絶対に無くさないよう、そしてつけ忘れないよう注意しなくては。
ネックレスに首を通す。その石はなんだかずっしりと重く感じられ、私はそっと息をついた。
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