03:第三の道



 非現実の連続にすっかりキャパオーバーになった私の脳が、それでもなんとかはじきだした答えは『一秒でも早く逃げよう』というものだった。



「あ、あの、私、無理です。そんなことできません」



 恐る恐る、しかし手遅れになる前に切り出した。

 このまま流されてしまってはどうなるか分からない。どうにかこうにか私を救世主に祭り上げることを諦めてもらい、元の世界に帰る。それしかない。



「私が呼ばれた理由は、分かりたくないけど分かりました。でも王さまを殺せなんてそんなこと、至って普通の私にはとてもできません」


「……うーん、それでも結構ですけどー……やらないとあなたは一生元の世界に戻れませんし、あたしたちの集落からも去ってもらいますよ」


「えっ」



 そこは元の世界に返してくれないの!? と驚きに顔を上げれば、少女ははぁ、とわざとらしくため息をつく。



「当たり前じゃないですかー。救世主の出来損ないをわざわざ面倒見る理由ないんで」


「も、元の世界に返してもらうことは?」


「あー、異世界転移ってかなり高度な魔法なんですよねー。高名な魔術師しか使えませんし、一回使ったら魔力をほぼ使い切っちゃうから、それ以降はろくな魔法使えなくなるんですよ。出涸らしみたいなー? あーあ、その人の人生台無しだなぁ。そんな魔法、救世主の出来損ないには使いませんよー」



 この世界で魔法を使えなくなること、イコール落ちぶれるようなもの。そう考えると、なるほど確かに救世主のなり損ないにそんな高度な魔法を使ってくれる人はいないだろう。

 しかし考えてもみて欲しい。そちら側がなんの承諾もなしに強引に呼んで、使えないと分かったらポイ、と道端に捨てるなんて――あまりにも勝手だ。



「だからあなたが王を殺すかあなたが死ぬか、どっちかですよ」


「う、うぅ……そっちが勝手に呼んだのに……」


「ごめんなさぁい」



 少しもすまなそうではない声音でのたまう少女にだんだんと腹が立ってくる。



「魔力を持ってると王さまに触れないって話でしたけど、道具使って……とかは駄目なんですか?」


「ざんねーん。道具の材料となる自然には全て魔力が備わっています。つまり道具も魔力を持ってるんですよねー」



 この世界に来て一日も経ってない私が思い浮かぶようなことはとっくの昔に彼らも試しただろう。それでも私が悪王を倒す以外の道はないのか、必死に頭を回転させる。

 しかしやはり、何も思い浮かばなくて――



「……私には王さまを殺す選択肢しかないんですか」


「一人で知らない世界を生き抜ける力があるんだったら話は別ですけどー……魔力を持たない人間はまず職にありつけないと思いますよー? 悪王を倒してくだされば元の世界にお返ししますから」



 元の世界に戻るには王様を殺すか、高名な魔術師に人生を棒に振ってもらうしかない。しかしどちらも現実的ではない。それならば自分一人で生きていこうとしても、異世界の人間であり魔力を持たない私は魔力第一のこの世界でろくな職にありつけない。

 詰んでいる。これ以上なく。

 これからのことを考えると頭痛がする。何も考えたくなくて頭を抱え――ガタン、と建付けの悪い扉が開く音に、ぱっと顔を上げた。

 私が寝ているベッドからも見える入口付近に立っていたのは、銀髪の青年だ。紫の瞳でこちらをじっと見つめてくる彼は、元の世界では中々お目にかかれないかなりの美形で、無表情だと冷たさすら感じる。



「おい、イルマ。脅すのもそれぐらいにしておけよ」


「うるさいなぁ。こーいうのは最初が肝心っていうでしょー?」



 青年の声は感情を読み取れない、ひどく冷たい声で。しかし声をかけられた少女は怯えるどころか顔をゆがめて応戦する。

 バチバチと火花が散るような二人のやり取りを息を殺して見つめていると、不意に青年の瞳がこちらを向いた。見つめられる、というより貫かれる、という表現が近い鋭い視線を向けられて、私は思わず「ひっ」と声を漏らす。

 大股で私が寝ているベッドまで近づいてきた青年は、そのまま私の手首を掴んだ。



「救世主サマ、部屋の準備ができたんで行きますよ」



 腕を引かれる。半ば強引に立たされて、そのまま部屋を退室した。

 窓一つない内廊下を足早に行く。起き抜けの体では青年の歩く速度についていけず、途中で躓いてそのまま前に転ぶ――と思いきや、前につんのめった私の体を青年が支えてくれた。



「おい、大丈夫か! ……ですか」



 ぎこちない敬語。肩に触れる青年の手のぬくもりが、これが現実なのだと突きつけてくるようで。

 じわり、と目尻に涙が滲んだ。しかし泣いても仕方がないとぐっと我慢し――次に腹の底から湧いてきたのは、どうしようもない怒り。

 勝手に呼び出されて、王さまを殺せと言われ、それを断ればほっぽり出され。救世主さま、なんて呼ばれているけれど私は圧倒的弱者じゃないか。選択肢なんて与えられていない。王さまを殺すために呼び出された、使い捨ての駒だ。



(とにかく状況が全然わからない。さっきの話も嘘かもしれないし、絶望してる場合じゃない)



 私はまだ“レジスタンス”側の人間からしか話を聞いていない。私を仲間に加えるために、イルマと呼ばれていた少女が嘘を言っていた可能性もある。

 もしかしたらここは賢王が治める魔法に溢れた素晴らしい世界かもしれない。そう、いつまでも悲観している場合ではない。自分の人生がかかっているのだ。

 ぐっと足に力を入れて一人で立つ。青年はこちらの様子を窺うように数秒その場に立っていたが、大丈夫だろうと判断したのか再び歩き出した。



(大人しくしてれば救世主さまって丁重に扱ってもらえる。なら、この立場を利用しよう)



 ここで救世主さまでいる限り、おそらく衣食住は用意してもらえるはずだ。ならばすぐにここを出る、なんて愚かな真似はせずに、この世界について把握しきるまで保護してもらうのが得策ではないか。



(向こうも私を利用するために勝手に呼んだんだからお互い様だ。利用できるだけ利用して――王さまを殺す前に、とんずらしてやろう)



 この世界を知り、一人で生きていく術を模索する。そして――帰る術を探す。そのために私は“救世主さま”という立場を利用するのだ。

 レジスタンスの人間の目を欺きながら、右も左も分からない世界で、新たな道を模索する。それを成し遂げることはとても難しいだろう。しかし、やらなければならない。誰も助けてはくれない。この状況を生き抜くため、したたかに、強く生きていかなければならない。

 悪王は倒さない。倒せない。野垂れ死にもしたくない。ならば――悪の組織の救世主さまは、第三の道を模索します!


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