05:入学
――ポルタリア魔法学院の入学式はあっという間にやってきた。
用意されたやけに豪華な制服に袖を通す。裾の長いワンピースタイプで手触りの良い生地をふんだんに使っており、見るからに高そうだ。その上式典の出席には、学校指定のケープを必ず着用しなくてはいけないらしい。これまた上品なケープだ。
(高そー……)
ポルタリア魔法学院は二年制の学校らしいから、この制服をできるだけ汚さずに二年間過ごさなければならない。
私は学院へ向かう馬車の中で、レジスタンスで学んだあれこれを反芻していた。
まず、この世界には元の世界と同じように一年、一か月、一週間、一日という単位が存在している。一日の長さは元の世界とほぼ同じで、一週間は六日間と一日少ない。この世界の神様は私の世界の神様より仕事が早かったのかもしれない。
なんて冗談はさておき、曜日という考え方は存在しないようで週の始まりを第一日、翌日を第二日、と数字で数えていく。ちなみに休日は第五日と第六日の二日間。つまり平日が四日間しかない。
そして一か月は全て三十日で統一されていた。つまり一週間を五回繰り返すと一か月は終了。
大きく違ったのは一年に存在している月の数だ。この世界には十三月という月が存在しているらしい。
なぜ十三という数字が採用されたのかというと、全ての始まりである創造神の最初の従者が十三人いたと伝えられているから、だそうだ。それぞれの月に、それぞれ従者の名前がついており、今月――四月はフォイセの月というらしい。覚えられない。
あと日本と同じように四季も存在していた。今は春。始まりの季節だ。
まとめると、一年の流れは元の世界と酷似している。
次にこの世界の言語について。
なぜか私はこの世界に来たそのときから異世界人の言葉を理解し、更には彼らも私の言葉を理解している。理由はローブおじさんにも分からないらしい。
通じているのだからこの際細かいことは気にしないことにしたが、流石に文字は日本語ではなかった。けれどほぼアルファベットと同じで、文法も日本語と酷似している。感覚的には、日本語の文章をちょっと形の変わったローマ字で書いているぐらいのレベルだ。これはありがたかったし、おかげでそれなりに勉強も読書も捗った。
焼け石に水だろうが、一応この世界の名門校に入学するためにそれなりに勉学に励んだつもりだ。
あとは――この世界の技術について。
元の世界程ではないが、それなりに技術は発展しているようだった。とは言ってもどこかの片田舎に隠れるようにして存在しているレジスタンスで過ごしていたから、最新技術は私の許まで届いていなかったかもしれない。
田舎の移動は専ら馬車だが、車が最近王都で流行り始めたとかなんとか。私は今馬車に乗って移動している。
ちなみに、この馬車は魔法で空を飛んでいる。そして馬車を引いているのは翼の生えた馬――ペガサスだ。どうやらこの世界にはファンタジーな生き物が数多く存在しているようだった。
「ほら、着きましたよー」
イルマの声にはっと我に返る。見れば、馬車は高度を下げている最中だった。
窓の外に広がるのは――とてもとても立派な王都の街並み。
「ほぁ……でっか」
まず一番最初に視界に飛び込んできたのは、大きく美しい城だ。その城を中心に円状に街が広がっていた。
馬車はどんどん高度を落とし、行き交う人々の頭上を行く。メイン通りと思われる大通りには店が立ち並び、小さな子どもから屈強な冒険者まで、沢山の人々で溢れていた。
やがて馬車は地へと降りる。そして扉が開いた先、目前にあったのは――王都の中心地にあったお城だった。
お城で入学式をするんだろうか。それにしては学校らしき建物は近くに見当たらなかったが――などと一人で首を傾げていると、後ろからイルマに肩を叩かれる。
「さぁさぁ、立ち止まらないでくださぁい。さっさと行きますよー」
イルマに押されるがまま、城門をくぐった。
――その瞬間、どこからともなく黒い小鳥がこちらに向かって飛んできた。その小鳥は私の肩にそっととまる。随分と人懐っこい。
「……鳥?」
「黒い鳥ってことは……第五生徒だぁ! そっか、そっかぁ……頑張ってくださいねー」
イルマは私の肩にとまった鳥を見て、何やら納得するように大きく頷いた。
第五生徒とは一体何だろう。イルマに尋ねようと振り返って、彼女の肩に白い小鳥がとまっていることに気が付く。その隣、ギルバートの肩には私と同じ黒い小鳥がとまっていた。
「あ、でもギルバートも一緒ですよー」
「この小鳥は一体……」
「クラス分けでーす」
クラス分け、という単語に首を傾げる。するとイルマはにんまりと目を三日月形に細めて笑った。
「手っ取り早くいうとあたしは優等生、マリア様とギルバートは劣等生ってところですね。クラスは魔力の強さで分けられるんですけど、一番上が特別生徒、一番下が第五生徒でーす」
「げっ」
イルマの説明に思わず変な声が出てしまう。
私とギルバートは魔力の強さ順で分けられたクラスの、一番下のクラスということらしい。しかしよくよく考えなくともこのクラス分けは妥当だ。何せ私は魔力を持っていないのだから。
イルマは上機嫌で「それじゃあ行きますね」と軽やかに言った。
「あ、くれぐれも校内ではあたしに話しかけないでくださいよー? 他人ですからね!」
何とも冷たい言葉を残し、イルマは私たちの許から駆けて離れていく。
残されたのは不愛想すぎる少年ギルバートと私。同じクラスに事情を知った人がいてくれるのは心強いはずなのだが、ほぼ会話をしたことのないギルバートとなんて――正直不安でしかない。
それでもクラスメイトになる以上、色々とお世話にもなるはずで。また共に過ごす時間が長いのであれば、悪王を倒さずとんずらする第三の道を探す協力者として取り込めたら一番いいのだけれど――
「あの、よろしくお願いします、ギルバート……くん」
返事はなし。前途多難。
気をとりなおして、とにかく教室に向かおうと思ったのだが――城門をくぐったと思った瞬間クラス分けの鳥が飛んできたということは、もしかしなくてもこのお城と思わしき立派な建物が学校なのだろうか。私が城門だと思った門は、校門だったのか!
改めて目の前のお城にしか見えない建物を見上げる。――と、肩にとまっていた鳥が再び羽ばたき出した。そして私たちを案内するように前を飛ぶ。
「……つ、ついていけばいいんですかね?」
今度は頷きだけが帰ってきた。
鳥に案内されるまま、とうとう城内――ではなく、校内に入っていく。シャンデリアが飾られた正面玄関を抜け、豪華な赤いカーペットが引かれた廊下を歩き、中庭を抜ける。奥に進むにつれてどんどん周りから人はいなくなり、なんだかやけに歩かされた。
やがて私とギルバート、二人の足音が響く奥まった場所までやってくると、黒の小鳥は両開きの大きな扉の前で止まった。そして扉に向かって激突――せずに、まるで扉に溶けこむようにして消えていった。
おそらくここが私たち、第五生徒の教室なのだろう。
もしかしたらクラスメイトの中に、私の第三の道に通ずる人がいるかもしれない。そう思いペチペチと頬を叩いて気合を入れた。
さぁ、この世界の未来がかかった学園生活の始まりだ――
「あっ、来た来た! キミらもオレたちと同じ第五生徒だろ?」
出迎えてくれたのは栗色の髪の青年。釣り目がちの瞳は緑で、癖毛なのだろうか、毛先がくるくるしており柔らかな印象を与える。
「俺はルシアン。ルシアン・アッカーソン。よろしく! それでこっちが……」
「ノ、ノア・タッチェルです、よろしくお願いします」
栗色の髪の少年――ルシアンくんの脇からひょこ、と顔をのぞかせたのは、ノアと名乗った紺色の髪の少年だった。
ルシアンくんは私が見上げるぐらいの身長だが、ノアくんとはほぼ目線が一緒だ。しかし紺色の前髪がやけに長く、ノアくんの顔を隠してしまっていて顔立ちが分かりづらい。
とにかく好印象を勝ち取る! そのためには笑顔だ!
「マリア・カーガです。よろしく、ルシアンくん、ノアくん」
「よろしくな、マリア」
「よろしくお願いします、マリアさん」
二人とそれぞれ握手を交わす。まだまだ出会ったばかりだが、悪い人ではなさそうだ、とほっと息をついた。
――あ、そうそう。私は名前を少しだけ変えた。
一通り挨拶をかわすと、ルシアンくんの緑の瞳がギルバートへと向けられる。
「そっちは?」
「ギルバート・ロックフェラー」
よろしく、も何もなかった。ここまで愛想がない人初めて見た。
ルシアンくんも思わぬ反応に苦笑していた。ノアくんは少し怖がっているように見える。
さわやか系イケメンのルシアンくんと、ちょっとかわいらしいおどおど系のノアくん。うん、なんとかやっていけそうだ。さて他のクラスメイトは――とあたりを見渡したときだった。
背後の扉が開く音がした。
「いち、にい、さん、し……よし、全員いるね」
後ろから大人の男性の声が聞こえてきて、慌てて振り返る。そこにはくすんだ茶の髪を低い位置で結わえている、背の高い男性が立っていた。
おそらくは第五生徒の担任だろうと目星をつけて――先ほどの言葉に今更ながら引っかかりを覚える。先生(仮)、これで全員って言いました?
「俺の名前はセオドリク・ウォルター。君たち第五生徒の担任です、よろしく。全員揃ったし、ホームルームを始めようか」
私たちの担任――セオドリク先生は穏やかな笑顔で、残酷な事実を突きつけてきた。
まさか、クラスメイトがギルバート含め三人しかいないなんて。それも、女の子が一人もいないなんて。そんなまさか!
第三の道を探す以前に友達ができないかもしれない、という可能性にショックを受ける私をよそに、セオドリク先生は壇上へ向かっていた。教室は元の世界の大学の大教室によく似ている。
先生からの「それじゃあ、みんな座って」との指示によろよろと近くの席に腰かけた。
「第五生徒は、訳アリの生徒が集められたクラスなんだ」
訳アリ生徒の集まり、との説明に、クラスメイトの少なさの理由を知る。それと同時に私が第五生徒に配された理由もはっきりと分かった。
私は魔力を持たないモルモットとしてこの学院に裏口入学したのだ。それも、学院側には隠しているものの異世界から来た。おそらく、いいや、絶対この中で一番の“訳アリ”生徒だ。
「そういった訳で、他の生徒とは少し違うカリキュラムの元、授業を行っていくことになってる。基本授業は俺がすべて担当するからね」
セオドリク先生の説明も右から左に流れていく。
私はとにかくどうやって友好関係を広げようか考えていた。第三の道を探すためには、レジスタンス以外の繋がりを作らなければならない。そのきっかけとして、友人は大きな存在になるはずだ。できるだけ多くの人と知り合いたい。
部活はこの学校にはないと聞いているし、後は――寮だ! 確かローブおじさんの説明によれば、この学校は二人一部屋で寮生活を送る。だとすると、私にも同室の子がいるはず。そこから広げていくしかない。
同室の子は一体どんな子だろう。優しい子だと嬉しいけれど――
「今日はクラスの顔合わせだけだから、もう帰ってもらって構わないよ。寮の部屋割りは男子寮・女子寮それぞれの入口で案内されるからね。明日は一日使って校舎内の案内をするから、始業前に座っているように。それじゃあ、さようなら」
――寮の同室の子に想いを馳せていたら、あっという間にホームルームは終了した。
さぁ、未来のご友人との対面だ、なんてちょっと浮かれ気分で教室を後にしようとしたら、
「あぁ、そうそう。カーガさん、学院長がお呼びだよ」
地獄のような一言で呼び止められた。
ポルタリア王――は理事長だったはず。だとすると学院長は別の人物だろうが、どちらにせよ、入学早々学院の偉い人から呼び出されるなんて地獄でしかない。
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