10:対抗戦
――下校前のホームルームで“それ”は告げられた。
セオドリク先生曰く、一年生は入学早々全クラス参加の“対抗戦”に参加しなければならないらしい。
「各組でそれぞれ代表者を三人選出してチームを組み、チーム対抗戦を行うんだ」
「一体何を対抗するんですか……?」
「ランダムな場所に設置された宝――旗を探し当てて、先に取った方が勝ち」
恐る恐る問いかけた私の質問に答えてくれたのは、斜め前に座っていたルシアンくんだった。
第五生徒の教室は無駄に広く、今のところは好きな席に座っていい。そのせいでギルバートはいつも遠く離れた最後列を陣取っている。
「そのために魔法を使って相手の邪魔をしたり、罠を張ったり……っていう感じだね」
「へ、へぇ……」
ルシアンくんの答えとセオドリク先生の補足を聞いて、中々に過激な“対抗戦”になりそうだと顔から血の気が引く。魔法で邪魔をするなんて、一歩間違えれば怪我をしてしまうではないか。
にわかに顔色が悪くなった私を見てか、セオドリク先生は安心させるように微笑んでから口を開く。
「第五生徒はルシアン、ノア、ギルバートの三人でチームを組んでもらう。ほどほどにね」
(よ、よかった)
魔力を持っていない私は戦力以前の問題だ。学院側はその事情を知っているから、対抗戦に駆り出されることはないだろうと分かってはいたが、改めて宣言してくれるとほっとする。
――しかし、自分が出ないとなると、心配なのはクラスメイトたちだ。個人的には、特にノアくんが心配になってしまう。
この前の実践授業で、ノアくんはギルバートとルシアンくんのことを「特別生徒にいてもおかしくない」と評していた。実際素人目からしても彼らの魔力は強力だった。一方でノアくんは、魔力こそ強そうだったもののその力の制御がまだうまくできないのだ。その状態で別の生徒と戦う――ではなく、対抗戦を行うなんて、大丈夫なのだろうか。
「よーし、早速今日から特訓だ!」
ホームルームが終わるなり、ルシアンくんが元気よく声をあげる。そそくさと帰ろうとしていたギルバートも彼に捕まっていた。
男性陣三人はそれぞれの表情で――ルシアンくんは楽し気な笑み、ノアくんはどこか不安そうな控えめの笑み、ギルバートは不快感を隠すことのない険しい表情で――教室から出ていこうとする。思わずその背中に声をかけた。
「三人とも、頑張って! 無理はしないでね」
「ありがと、マリア」
ルシアンくんは振り返ってにかっと笑い、彼らは特訓へ向かうべく今度こそ退室した。
教室にぽつんと一人残された私は、三人に対して申し訳なさを募らせる。私が魔力を持っていないばかりに、半ば強制的に“対抗戦”という恐ろしい行事への参加を余儀なくされてしまった。
何か私にも協力できることはないだろうか――と考えて、思いついたのは差し入れだった。
***
「マリアちゃん、何してるの?」
背後からかけられた声に振り返れば、そこには相変わらず美少女を極めているセシリーが目を丸くして立っていた。
彼女の視線が注がれているのは私の手元。私はルシアンくんたち三人への差し入れとして、寮に帰った後備え付けのキッチンで“差し入れ”を作っていた。といっても過去運動部のマネージャーをしていたわけでもない私は、どういった差し入れが適しているのかは正直分からず、とりあえずサンドイッチとおにぎり、そして飲み物を用意しようとしている。
そうそう、食生活はこの世界も元の世界もほとんど同じだ。元の世界でいう洋食・和食・中華、どれも寮の食事で出てくる。若干洋食に偏っているが。
「セシリー。おかえりなさい。ちょっと差し入れを作ってて」
「差し入れ?」
「うん。ほら、今度の対抗戦で私は役に立てないから、せめて差し入れでサポートを、と思いまして……」
そこまで言えば、セシリーは「あぁ」と納得したように頷いてみせた。それから何を思ったのか、鞄を壁際に置くとこちらに駆け寄ってくる。
「わたしも手伝おうか?」
「ええっ、いいよいいよ、面倒かけちゃうし」
私の思いつきの行動に付き合わせるわけにはいかない。
笑顔で首を振ると、セシリーは少し寂しそうに笑う。そしてゆっくりと口を開いた。
「……こんなことを急に言い出してもマリアちゃんを困らせるだけだろうけど、わたし、マリアちゃんのことを尊敬してるの」
「へぇ!?」
突然の、思いもしない告白に変な声が出てしまう。
我ながら悲しいが、セシリーのような優等生に尊敬される部分が何一つ思い浮かばない。しかしセシリーの表情はとても嘘を言っているようには見えなかった。
「魔力を奪われて、記憶を奪われても前を向いているマリアちゃんはすごいよ。本当に……」
――セシリーの言葉は、これ以上なく異世界人の私とこの世界で生まれ育ったセシリーとの、認識の違いを思い知らされるものだった。
魔力第一のこの世界で生まれ、育ったセシリー。彼女自身が強い力を持っているだけに、その恩恵はそれなりに受けてきたのだろう。だからこそ、私の立場になったらと考えて――これ以上ない恐ろしさを感じているのだ、きっと。そしてそんな立場でも能天気にへらへらしている私を、とても強い人間だと勘違いしている。
「あ、ありがとー……でもそんなすごい人間じゃないよ、私」
「そんなことないよ!」
強く首を振るセシリーは真剣な表情だった。正直、騙しているようで心苦しい。
「これからも頑張りマス……」
絞り出すような声でそう言えば、セシリーは「手伝えることがあったら言ってね」と優しく微笑んでくれる。そしてその後、結局差し入れの調理も手伝ってくれた。
キッチンで友人と並んで料理をするのは楽しく、更にセシリーとの距離も縮まった有意義な時間だったのだが。
(最初から謎に好感度高かったのはこのせいかー……)
セシリーから寄せられる尊敬に、嬉しいどころか気が重くなった。
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