09:マリア・カーガの設定



 ルシアンくんと並んでノアくんの特訓を見守ること数分。ルシアンくんが明かしてくれた“訳”がちらちらと脳裏を過っていた。まだ距離をはかりあぐねているような関係だが、こんなに早く聞いてもよかったのだろうか。

 ちなみにギルバートはいつの間にか姿を消していた。どこいった。



「ルシアンくんの訳、私が聞いてもよかったの?」


「オレ、隠し事してるの苦手でさ。さっさとぶっちゃけた方が精神的に楽だし」



 ははは、と笑うルシアンくんはやけに爽やかだ。



「あ、オレが隠し事してるの苦手なだけで、マリアに強要するつもりはないから!」



 その上フォローも欠かさない。なんというか、少女漫画に出てくる爽やかヒーローみたいな子だなぁと思う。



「うん。でもすごいね、ルシアンくんはコミュニケーション能力が高いというか……」


「第五の生徒はなにかと他クラスの奴に突っかかられるからさ、団結しておいた方がいいというか、固まってた方がいいと思うんだよな。そのためにはお互いのことを知るのが一番だろ。それにオレの“訳”は話しておくべきかなって」



 どこか遠くを見つめるように目をすがめるルシアンくん。その横顔は普段よりなんだか大人びて見えて。

 確かにルシアンくんの言うことはもっともだった。食堂で絡まれたことを思い出すに、私たちはこの学院で圧倒的弱者なのだろう。ならば少しでも固まって、お互い助け合った方がいい。そして助け合うためには、それなりに距離を縮める必要がある。

 他の人には秘密にしている“訳”を共有すれば、ぐっと私たちの距離は縮まるかもしれない。しかし私はその手が使えないのだ。



「誰かが怪我しても、治せないし」


「治癒魔法が使えないって……」


「うん。だから怪我しても治してやれないのは勘弁な」



 自嘲するように笑うルシアンくんに胸が痛む。一体なぜルシアンくんは治癒魔法だけ使えないのだろう。

 その理由を聞けるほどまだ親しくはないため、口には出さず頷いて応えた。



「怪我しないように気をつけるね」


「そうしてくれると助かる」



 どちらからともなく顔を見合わせ、笑う。なんだかぐっと距離が近づいたように思えた。

 あぁ、私も話してしまいたい! ずっと大きな秘密を抱えているというのは予想以上に疲れる。私も今この場でルシアンくんとノアくんに、魔法が使えないんですとぶっちゃけてしまいたい。もっと言えば異世界から来てしまったので、帰るための術を一緒に考えて欲しいと泣きついてしまいたい。

 ――などと、好き勝手考えていたら、



「おい、水」



 突然背後から消えたと思っていたギルバートに声をかけられて、口から心臓が飛び出るかと思った。

 上げそうになった悲鳴は寸でのところで飲み込む。そして振り返れば、ギルバートは手に持ったガラス製のすいとうをこちらに差し出してきていた。どうやら私にくれるらしい。



「あ、ありがとう」



 お礼を言ってすいとうを受け取る。正直見学しかしていなかったので喉はあまり乾いていなかったが、もらった以上、ポーズもかねて一度水を飲んだ。冷たくておいしい。



「オレの分は?」


「ない」


「えー!?」



 ギルバートとルシアンくんのテンポのいい会話にくすりと口元だけで笑う。

 正反対の二人だが、案外こういう二人が仲良くなったりするんだよな、などとこっそり考えていたところ、



「前から思ってたけど、マリアとギルバート仲良いよな?」



 突然会話の矛先がこちらに向いてきた。



「えっ、いやぁ、そうかなぁ?」


「明らかにそうだろ」



 ルシアンくんは私とギルバートを交互に見る。そして怪しい、と小さく呟いた。

 確かに他三人の中では、私が一番ギルバートと距離が近いだろう。とはいってもあくまで比較をすれば、の話だ。私だってろくにギルバートと話したことはないし、私たちの様子を傍から見て仲が良いと思う人は滅多にいないはず。

 なぜルシアンくんがそんなに怪しむのかが分からなくて、またそんな質問が飛んでくるとは全く想定していなくて、私は答えに窮してしまう。

 助け舟を出してくれたのはギルバートだった。



「幼馴染だからな」


「へぇ!?」



 幼馴染。予想外の単語に反射的に声をあげてしまい――そういえばそういう設定で入学したんだった、と思い出した。

 ギルバートは私の護衛兼幼馴染として学院側は認識しているのだ。だからギルバートも第五生徒に割り振られたのだろう。さしずめ彼の訳は“幼馴染”か。



「……いや、なんでマリアが驚くんだよ」



 一人で納得していたら、ルシアンくんから痛い指摘が飛んでくる。設定の読み込みが甘かったせいで凡ミスをやらかしてしまった。

 変に口を開けばまた失言してしまいそうで、ちらりとギルバートを見やる。すると彼は私にしか分からないようにこっそりため息をついて、それから再び口を開いた。



「記憶喪失だからだよ。俺と幼馴染だったことも全部忘れてる」



 どうやらそれを私の“訳”にするらしい。

 私はギルバートの言葉にすかさず乗っかる。



「そ、そうなんだよねぇ……だから色々迷惑かけちゃうかも。ごめんね」



 意識してしおらしく謝罪すれば、ルシアンくんはぐっと押し黙った。優しい彼のことだ、記憶喪失のマリア・カーガを哀れんで胸を痛めているのかもしれない。

 実際には記憶を失っていない私としては、騙しているようで申し訳なさが募る。



「それがマリアの“訳”?」


「う、うん……」



 魔力を持っていないというのが本当の訳、とは言い出せずに小さく頷くことしかできない。しかし実践授業を見学している以上、遅かれ早かれ疑問に思われはしないだろうか。記憶喪失だから魔法を使うと危ない、などといった理由で誤魔化せるのか。

 ちらりとルシアンくんを見上げれば、彼は眉間に深い皺を刻んで、そのまま白い歯を見せて笑ってみせた。泣き笑いのような表情だった。



「何かあったら力になるからさ、いつでも頼ってくれよ」


「あ、ありがとう」



 真剣な声音に良心が痛んで、早々に雑談へ会話を切り替えた。

 ――しかし、改めて自分の設定をしっかり把握しておかなければならない。今回は相手が心優しいクラスメイトだからよかったが、いじわるなエリート様相手に先ほどのような凡ミスをやらかしてはどうなることやら。

 私が第五生徒になった訳は“記憶喪失”。そして私とギルバートは幼馴染。その二点はしっかりと抑えておかなければ。


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