08:“訳”



 エリート学校の闇を垣間見た翌日、今日は魔法の実習授業を行うらしかった。悲しいかな、私は魔力を持っていないため見学だ。

 あたりを森に囲まれた整えられたフィールドで、私を除いた三人は順番にセオドリク先生と一対一で実習授業を行う。一番目はルシアンくん。私含む他の三人は、フィールドの外に置かれた木のベンチで見学中。

 セオドリク先生が何か合図したかと思うと、フィールドの中心に赤い魔法陣が浮かび上がる。そしてそこから火の柱が空へ向かってあがった。

 離れた私のところまで熱が届いてきて、若干頬が火照るぐらいだ。



「わー、すご……」



 口を半開きにして思わず呟く。

 セオドリク先生の指示に従い、ルシアンくんは次々と色んな魔法を使っていた。今度は水の柱が空へ向かって伸びる。まるでCGでも見ているみたいだ。



「ルシアンさん、魔力の強さだけだと特別生徒に選ばれていてもおかしくないくらいですね」


「へっ!? あ、そうだね!? すごいね……」



 突然隣に座っていたノアくんから話しかけられて、私は咄嗟に話を合わせる。魔力の強さはど素人にはよく分からないが、ノアくんが言うには一番上のクラス・特別生徒に入れるレベルらしい。

 その新事実を意識して改めてルシアンくんの魔法を見る。恐ろしい話、あの巨大な火の柱の中に放り込まれたら一たまりもなさそうだ。

 一瞬自分で想像してしまい、ぞっと身を震わせる。分かっていたはずだが、こうして改めて近くで見ると魔法はとても恐ろしいものだと実感する。

 ふと、隣のノアくんが俯いたのが分かった。



「ノアくん?」



 どうしたんだろう、と顔を覗き込もうとして、



「ノア! 君の番だ!」



 セオドリク先生の大きな声にそちらを見やった。するとルシアンくんは一区切りついたのか、こちらへと歩み寄ってくるところで。どうやらノアくんと交代らしい。

 ノアくんは重い足取りで先生の許へ歩いていく。その背中は元気がないように見えた。

 隣に座ったルシアンくんに「お疲れ様」と声をかけてから、じっとノアくんを見つめた。彼はセオドリク先生からの指示を聞いて何度か頷いた後、フィールドの中央に向き直った。そして数秒の後地面に浮かんだのは、とてもとても大きな魔法陣。先ほどのルシアンくんの魔法陣の何倍もある。

 ――なんだ、ノアくんも魔力強いんだ。

 そう思った瞬間、「やばっ!」と隣のルシアンくんが慌てた声を出したのが聞こえた。かと思うと、ぐいっと力強くルシアンくんに抱きしめられる。

 え、と思ったのも束の間。ゴウッ! という大きな地鳴りのような音が鼓膜を劈いた。



「うわぁ!?」



 一気にあたりの温度が上がる。ルシアンくんに抱きしめられた状態でちらりとフィールドの方を見やれば、巨大すぎる炎の柱が空に向かって伸びていた。

 それからまた数秒。まわりの温度が徐々に下がっていくのを肌で感じた。それと共に私を抱きしめていたルシアンくんの腕の力も弱まっていく。



「マリア、大丈夫か?」


「う、うん。ありがとう」



 守るためとはいえ咄嗟に他人を抱き寄せるとは、ルシアンくんも中々やるな、などと誰目線か分からないことを考えつつ、素直に感謝する。魔法が使えない私は、何かあったときに身を守る手段がない。

 こういうときにギルバートは動いてくれないのか、とこっそり背後を見れば、彼は大きな木に寄りかかって興味がなさそうにあらぬ方向を眺めていた。こちらを見てすらいない。これでも一応君のところの救世主なんだけどな、私。



「ノアの奴、魔力の制御がうまくできないのか」



 ギルバートに対して一人心の中でごちていると、ルシアンくんがぽそりと呟く。

 魔力の制御ができない、という表現は魔法ど素人の私でもなんとなく理解できた。



「だから生活態度も成績も優秀なのに第五生徒なんだな……」



 なるほど、魔力が制御できないというのがノアくんが第五生徒である理由、“訳”ということらしい。

 ノアくんを見やればセオドリク先生に注意されたのか、猫背で俯いていた。その体から鬱々としたオーラを発しているように見えるほど、落ち込んでいるのが目に見えて分かった。



「次、ギルバート!」



 どうやら交代らしい。セオドリク先生の呼び出しにギルバートはゆっくりと、ダルそうにフィールドへ足を踏み入れた。やる気のなさがすごい。

 ギルバートと入れ替わるようにこちらに歩いてきたノアくんは、がっくりと項垂れていた。



「ノアくん、大丈夫?」


「僕は大丈夫でしたけど、マリアさんはお怪我はありませんか?」



 落ち込んでいるだろうにこちらを気にかけてくれる彼はとても心優しい子だ。だからこそ、落ち込んでいる姿を見ていると心苦しくなる。

 ベンチに座っている位置を調整して、私とルシアンくんの間にノアくんを座らせる。そしてルシアンくんが遠慮がちに口を開いた。



「ノア、お前の抱えてる訳って……」


「はい。僕……魔力をうまく制御できないんです」



 力なく頷くノアくん。

 なんと声をかけていいのか分からず、数秒落ちた沈黙を破ったのはノアくん本人だった。



「持っている魔力は人より強いみたいなんですが、家族はみんな魔力が弱くて……突然変異みたいなものなんです、僕。それで小さい頃、誰も制御の仕方を教えてくれなかったから……なんて、人のせいにしちゃいけませんけど」



 あはは、と笑うノアくんは痛々しい。

 強い力は、それだけ使いこなすのも難しいのだろう。その術を学ぶ機会がノアくんにはなかった。それだけの話なのに、むしろ学院はその術を学ぶ場所であるはずなのに、“訳アリ”の烙印を押されて落ちこぼれ組だと一部から蔑まれる。それはなんだかとっても理不尽なことのように思えた。

 再び落ちる沈黙。それを破ったのは、今度はルシアンくんだった。



「ノアの“訳”を一方的に聞くだけだと悪いからオレも言うけど、オレが抱えてる“訳”は『治癒魔法が使えない』だ」


「えっ」



 あまりに突然のカミングアウトに私もノアくんも目を丸くする。しかし当の本人は全く気にしておらず、それどころかニカッと歯を見せて笑った。

 治癒魔法とは、書いて字の如くだろう。使えないという表現を選んだあたり、ただの得手不得手の話ではないのだろうか。



「訳アリもん同士、仲良くしよう」



 そう言って改めてルシアンくんとノアくんは握手した。

 この流れはもしかして、私も“訳”をぶっちゃけた方がいいのだろうか。でもそうそう簡単にぶっちゃけられる“訳”ではないし、どうしたら――などと頭を抱えていると、



「あっ、オレが勝手に言っただけで、マリアも言う必要はないからな!?」



 なんとも完璧なフォローをルシアンくん自らしてくれた。彼の言葉にほっと安堵の息をつきつつ頷く。

 先ほどよりは和やかな空気になったところで、



「ルシアン!」


「お、呼ばれてる」



 ルシアンくんが再びセオドリク先生に呼ばれた。ギルバートと交代――と思いきや、なにやら二人で実践を行うようだ。依然ギルバートはフィールド内に留まっている。

 それにしてもノアくんの話に夢中で、ギルバートの魔力がどれほどのものか見るのを忘れていた。はてさてお手並み拝見――としばらく眺めていたが、彼は完璧に魔法を使いこなしているように見えた。

 魔法の発動がルシアンくんより早い。それでいて火柱や水柱の形もなんだか安定している。



(まぁ、見るからに優秀そうだもんなぁ……)



 ああいう寡黙な美形は大抵能力が高いと相場が決まっているのだ。おもしろくない。

 ふと、隣に座るノアくんがため息をついた。もしかするとギルバートとルシアンくんの魔法を見て劣等感が刺激されているのかもしれない、と思い、気を紛らわせるように話題を振る。



「そういえば、ノアくんってどこ出身なの?」


「セレネアです。でも幼い頃に僕だけ祖父母のところに預けられて、実際に育ったのはユズリという町です」



 しまった、反射的に振った話題だったが明らかに話題の選択を間違えた。なぜって私、この世界の地理には全く詳しくない。

 自分の会話の引き出しのなさを後悔しつつも、必死に頭をフル回転させる。レジスタンスにいたときに一応世界地理は習ったのだ。覚えているかどうかは別として。

 セレネア、セレネア……と必死に脳内を検索して、なんと一つ、ヒットした。確かとても美しい街並みの都市だったはずだ。写真の美しさに目を奪われた記憶がある。しかしながら、ノアくんが実際に育ったユズリという町の名前には全く覚えがない。



「ユズリ……」


「ワインが有名な町です。……正確に言えば、ワインが有名なだけの片田舎ですけど」



 謙遜するような言葉だったが、そう言うノアくんの表情はなんだか穏やかで。きっとユズリ町のことが好きなんだろう。



「有名な魔術師になって、祖父母や僕を育ててくれた町に恩返しがしたいんです」



 それはとても素敵な夢だ。希望に満ちた、将来の夢だ。



「すごく素敵な夢だね、応援してる」


「ありがとうございます」



 思ったままを口にすれば、ノアくんは嬉しそうにはにかんだ。



「――ノア!」



 再びノアくんを呼ぶセオドリク先生の声が鼓膜を揺らす。呼ばれるなり彼は緊張した面持ちで立ち上がった。

 傍から見てあまりに緊張しているものだから、思わず声をかけてしまう。



「がんば――ううん、リラックスして!」



 頑張って、と言いかけて、その言葉は余計にプレッシャーをかけるかもしれない、と飲み込んだ。肩の力を抜いて、という意味も込めて「リラックスして」と声をかければ、ノアくんはぎこちなく、しかし先ほどよりは力の抜けた笑みを見せて先生の許へと駆けて行った。

 その背中をじっと見守る。――と、実習を終えたルシアンくんがなんだか嬉しそうな笑顔で声をかけてきた。



「お、仲良くなった?」



 やけにニコニコしているが、どうしてそんなに嬉しそうなんだろう。

 疑問に思いつつも、私は曖昧に頷く。昨日よりはほんの数歩かもしれないが、お互いに歩み寄れた――と思いたい。


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