07:エリート学校の闇
――入学翌日。
セオドリク先生の案内で校内を見て回った。大きなグラウンドに青々とした森が広がるフィールド、何に使うのかよく分からない庭園、魔法の鍛錬に使用できる器具が沢山あるらしい体育館、集会の際に使用する講堂、エトセトラ、エトセトラ……。
学院内は広すぎて、生徒の憩いの場である食堂に辿り着いたときにはもう既に息も切れ切れだった。体力をつけなければきついかもしれない。
食堂につくなり、セオドリク先生の肩にどこからかやってきた青の小鳥がとまった。私にクラス分けを教えてくれた小鳥とよく似ている――あの小鳥はどうやら、伝言を伝える魔法らしい。
セオドリク先生の様子を見るに、別の教員に呼び出されたらしかった。お昼にしては時間が早く他の生徒の姿もあまりなかったが、先生を待つ間に食事をしようというルシアンくんの提案に異議を唱える者はいなかった。
「おい、あれ第五生徒じゃねぇ?」
ビュッフェスタイルの豪華すぎる食堂の列に並んでいたところ、どこからともなく声が聞こえてくる。声がした方を振り返れば、数名の男子生徒が私たちを見てニヤニヤと笑っていた。
「おーおー、なんでこんなとこに落ちこぼれ組がいるんだ?」
「マリア、無視したほうがいい」
落ちこぼれ組、との言葉に引っかかりを覚えたが、ルシアンくんがそっと囁いてきた言葉に従って無視を決め込む。彼の言う通り、ああいった連中は相手をしない方がいいだろう。
ビュッフェスタイルで並ぶ食事はどれもおいしそうで、ノアくんと並んで「どれ食べる?」などと和やかな会話を交わしていたのだが。
「なーに無視してんだよ、なぁ?」
私たちの反応が気に入らなかったのか、とうとう声をかけてきた。
それに対して私たちは何も答えず、無視を続けたところ――
「んだよ、この黒い髪。染めてんのか?」
ぐい、とポニーテールにしていた髪を引っ張られた。思わず「いった!」と大声が出てしまう。
黙っておけば何を、と私の髪を掴んだ男子生徒をキッと睨みつけたら、
「離せ」
鼓膜を揺らしたのは、冷たく突き放すようなギルバートの声。彼は私の髪を掴む男子生徒の腕を、ギリギリと音がしそうなほど強く握りしめていた。
数秒の後、髪が解放される。ギルバートの握力が勝利したらしい。
これで大人しくなるかと思いきや、歯向かったことに腹を立てたのか男子生徒は激高し始めた。
「お、お前! 何しやがる! ふざけるな!」
す、とルシアンくんが私の前に出る。すっかり長身男子二人に守ってもらう体勢になり強気になった私は、ぎゃんぎゃん吠えている男子生徒をじっと睨みつけた。
叩きつけるように叫んでいて正直何を言っているのかよく分からないが、向こうから売ってきた喧嘩だというのに、自分が被害者だと吠えているようだ。
意味が分からない。落ちこぼれ組だと見下され、髪を力任せに引っ張られた。それでこちらが離してほしいと――若干力技ではあったが――訴えれば、こちらを攻め立てる。理不尽すぎやしないか。こんな漫画でもなかなか見ない傲慢エリート様がこの学校にはいるのか。
騒ぎを聞きつけて、だんだん人が集まってきた。変に注目されたくないな、と気が重くなっていると――
「何をしていらっしゃるの?」
凛とした声が響いた。大声ではないのにやけに通る、美しい声だ。
声のした方を見れば、そこにはブロンド髪の女子生徒が立っていた。きりっと吊り上がった瞳は蜂蜜色。同じ制服を着ているはずなのに、立ち姿の美しさ故だろうか、彼女の制服の方がより高価そうに見える。
きっと、どこかの良家のお嬢様に違いない。
「げっ……ウルフスタン家の……!」
その女子生徒の登場に、男子生徒たちは見るからに動揺していた。
「あなたたち、一年の第四生徒ね。難癖をつけて彼女の髪を引っ張るところから見ていたけれど……担任のミネバル先生に
男子生徒たちは全員顔を真っ青にして、逃げるようにその場から去った。
食堂に残ったのは私たち第五生徒とブロンド髪の女子生徒、そして騒ぎを聞きつけて集まった野次馬たち。彼女が誰なのか、なぜ男子生徒たちは逃げて行ったのかなど分からないことばかりだが、彼女に助けられたことは確かだ。
慌てて女子生徒の方に数歩歩み出て、頭を下げる。
「あ、ありがとうございました」
返事はない。頭を下げたままでいると、こちらに女子生徒が歩み寄ってくる気配を感じた。
徐々に顔を上げる。女子生徒はもう目の前まで来ていて、すれ違う――と思ったそのときだった。
「綺麗な黒髪ね」
「へっ?」
すれ違いざまに髪を褒められて、変な声が出てしまう。
髪を引っ張られていたからそのフォローだろうか、と不思議に思いながら立ち去っていく美しい後ろ姿を眺めていると、
「確かにマリアの黒髪、綺麗だよなぁ。オレ、初めて見た」
ルシアンくんの思わぬ言葉が鼓膜を揺らした。
初めて見たって、何を。――黒髪を?
「……黒髪を初めて見たの?」
「うん。なぁ、ノア?」
「は、はい。僕も生まれて初めて見ました」
――黒髪を今まで見たことがないだなんて!
カルチャーショック、という言葉が適しているか分からないが、とにかくルシアンくんたちの言葉にショックを受ける。そしてこの世界に来てからを振り返ってみれば、確かに黒髪の人物に出会った記憶はなかった。
あたりを見渡す。野次馬たちは皆カラフルな髪色をしており、地味な黒髪の生徒は見当たらない。
元の世界では平々凡々な髪色のため、黒髪が珍しいという感覚がてんで分からないが、怪しまれないように適当に話を合わせる。
「ま、まぁ、両親が黒髪だったから……遺伝じゃないかな」
両親どころか周りの人の地毛はほとんど黒だったよ。
その言葉は飲み込んで、さっさと話題を変えようと口を開く。
「ねぇ、さっきの人って誰?」
「一年の特別生徒であるリオノーラ・ヒューゴ・ウルフスタン。ポルタリア王から直々に爵位を授かったウルフスタン公爵家の長女だ」
「うおっ、急に喋るなぁ、ギルバート」
今まで黙っていたギルバートがすらすらと答えてくれて、ルシアンくんは驚いていた。
ギルバートのありがたい説明によると、やはりさっきの女子生徒はいいとこのお嬢様らしい。ポルタリア王から直々に爵位を授かった、ということは、お貴族様か。
「二年の特別生徒に兄のウィルフレッド・ヒューゴ・ウルフスタンが在籍している」
「そして俺の反応は無視……」
何やらギルバートとルシアンくんで愉快なやりとりをしているが、私はギルバートの説明を噛み砕くので精一杯だ。
なぜお嬢様が私を助けてくれたのかは分からないが、お貴族様ならばもう会うこともないだろう。私は第五生徒という落ちこぼれだし――いや、むしろ会って人脈を広げた方がいいのかもしれない。
第三の道として、公爵家のメイド、とかはどうだろう。在学中にリオノーラお嬢様と仲良くなり、お情けで雇ってもらうのだ。メイドならば魔法はあまり必要としないだろうし、公爵家は職場としても安定している。
しかしお嬢様と仲良くなる術が分からない。この前のお礼だと言って近づくか――などと一人で作戦を練っていたところに、
「でもよかったな、マリア。こんな大勢の前でリオノーラさんに助けられて」
突然ルシアンくんから声をかけられて、反応が遅れてしまう。
リオノーラさんに助けられて、という言葉の意味は分かる。しかしその前に、大勢の前で、とわざわざ付け足した意味が理解できなかった。
「……どういうこと?」
「一部の生徒は、マリアがもしかしたらウルフスタン家と繋がりがあるかもしれないって勘違いして、手を出してこなくなるかもしれないってこと」
手を出してこなくなる。その意味がやはり理解しきれず、首を傾げる。しかし当の本人は「オレたちもその恩恵を受けられるかもなー」と上機嫌で食事を選びに離れていってしまった。
思わず振り返る。そこにいたのはギルバートだ。彼に助けを求めるように無言でじっと見上げれば、はぁ、と小さなため息の後、彼は渋々といった様子で口を開いた。
「……第五生徒は落ちこぼれとして、毎年いじめの標的になりやすい」
この世界の常識を分かりきっていない異世界人は、そこでようやく全てを理解した。
落ちこぼれ組は毎年いじめられる。けれど今回私が野次馬たちの前でお嬢様に助けられた。それを見てお嬢様と落ちこぼれが何らかの理由で繋がっているかもしれない、と勘違いする生徒が出る。勘違いした生徒は、落ちこぼれ組のバックにいるお嬢様が怖くて、いじめてこない――そういうことか。
理解して今回の思わぬ運の良さに感謝する。しかしそれ以上に、落ちこぼれ組がいじめの対象になるという事実にショックを受けていた。
(エリート学校の闇だぁ……)
多くのエリートたちがお互いに魔術の腕を磨き、切磋琢磨する。そんな青春を送る生徒ばかりかと思っていたが――この学院にはもっとドロドロとした感情が渦巻いているのかもしれない。
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