第5話「一斗の恋バナ」

 ある日の英語の授業中、俺、一斗はノートにメモをとりながら、二葉と話したことを思い出していた。


(そうか、二葉も好きな人はいない……か。今はいないにしても、そういえばあいつの恋の話ってあまり聞いたことなかったな……)


 そう、俺が女の子と一緒にいると二葉に「彼女!? 彼女なの!?」とかツッコミを入れられるのだが、逆はあまりない。まぁ俺が二葉のようにぐいぐいいかないところもあるのだが、この前はちょっと気になったので思い切って訊いてみた。


(……あいつ、中川先輩みたいな人がタイプなのかな、あまり芸能人でこの人が好きとも言わないしな……分からないけど……)

「――原、鮎原ー?」


 俺を呼ぶ声がしたような気がする。これは夢かな……いや、今は授業中だもんな……はっ!?


「……は、はいっ!?」

「どうした? なんかボーっとして。この英文の訳を前に出て書いてもらいたいのだが」

「あ、は、はい……」


 先生に呼ばれていたのだった。しまった、つい二葉のことを考えてボーっとしてしまった。俺はふるふると頭を振って、前に出て英文の訳を書いていった。


「おー、グレイト! よく出来てるな、じゃあこの解説するぞー」


 そう言って先生が解説を始める。英語は好きなのでけっこう勉強もしている。よかった、数学だったらパニックになっていたかもしれない。

 俺は授業に集中することにした。



 * * *



「どうしたー? なんか英語の授業中ボーっとしてたみたいだが?」


 昼休み、お弁当を食べようとしたその時、洸太がニコニコしながら俺の顔を覗き込んできた。


「あ、い、いや、別になんでもない……」

「えー、なんでもないことはないだろー? あ、一緒に食べていいか?」

「あ、ああ、いいよ」

「サンキュー。それにしても、なんか悩み事か? 一斗らしくなかったなと思って」

「あ、いや、それが……二葉と、こ、恋の話をしたというか……」


 言っていいのかちょっと迷ったが、洸太が何度も訊いてきたので、仕方なく言うことにした。


「お、おお、恋の話か、姉弟でそういう話するもんなんだな」

「いや、普段は二葉が俺のことからかってくるだけで、俺からはあまり訊かない……」

「そうなんだな、まぁでも気持ちは分かるよ、俺らだって高校生だから恋の一つや二つや三つあるってもんだよ」

「二つや三つあったら問題じゃないか……?」

「そう真面目なツッコミするなって。で? 二葉ちゃんとどんな話したんだ?」

「あ、お互い好きな人はいるのかって訊いたというか……まぁ、いなかったんだけど……って、は、恥ずかしいな」


 なんだろう、顔が熱くなっていくのが分かった。


「そうなんだな、ふむふむ、一斗も二葉ちゃんも、好きな人はいない……と。メモメモ」

「何のメモだよ……ま、まぁ、二葉はサッカー部の中川先輩がカッコいいとは言ってたけど」

「ああ、サッカー部の部長か、たしかにカッコいいよなぁ、俺もあんなイケメンになりたかったなぁ」


 たしかに、中川先輩はかなりのイケメンだ。以前女の子と話していたのを見かけた気がする。俺らとは住む世界が違うんだろうなと思ってしまった。


「まぁ、中川先輩まではいかないけど、洸太もモテるんじゃないのか」

「あはは、聞いて驚くなよ、俺は彼女がいた経験はない! って、自分で言ってて悲しくなってきた……」

「何自爆してんだよ……す、好きな人とかいないのか?」

「うーん、好きな人かぁ……あ、一斗に言っていいのか分からんが、俺、二葉ちゃんは可愛いと思ってるぞ」

「……え!? ふ、二葉……?」


 洸太からまさかの言葉を聞いた。ふ、二葉が可愛い……? ま、まぁ、明るくて元気で、髪は黒髪のショートカットで、なんか犬っぽい感じがする二葉だが、可愛い……?


「ああ、ショートカットの子、俺けっこう好きだからさ、二葉ちゃん似合ってると思うぞ」

「そ、そっか……まさか二葉って言うとは思わなかった」

「あはは、まぁ恋心かっつーとよく分からんのだが、可愛いとは思ってるよ」

「な、なるほど……知らなかった」


 洸太があははと笑いながらご飯を食べている。マジか……二葉よかったな、可愛いと言ってもらえて……というのは二葉に失礼だろうか。


「まぁ、俺も可愛いとか綺麗とか、女の子を見ることがあるってことだよ」

「ま、まぁ、それはみんなそうかもな……」

「そうだよなー、って、どうした? さっきから全然ご飯食べてないけど、食欲ないのか?」

「あ、いや、ビックリしすぎて手が止まってた。食べるよ」


 そう言って俺もご飯を食べる。そうか、二葉が可愛いのか……近すぎて逆に分からなかったのかもしれない。俺はそんなことを考えていた。

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