第7話「一斗の可愛い」
ある日の夜、俺、一斗は部屋で勉強をしていた。
テストはもう少し先なのだが、今日は課題もあるしそれを片付けないといけない。明日は一時間目から数学だ。その数学の課題をやっつける……のだが、どうも数学は分からないところもある。うーんと悩んでしまった。
(うーん、ここ分からないな……二葉に訊くのもいいが、今何してるんだろな……)
コンコン。
そんなことを考えていたその時、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。「はい」と言うと、二葉が入ってきた。
「一斗~、英語の課題があるんだけど、意味分かんないよ~」
「あ、そうなのか、俺も数学の課題が分からないところだった」
「お、そうなんだねー、じゃあお互い教え合うか」
俺の部屋のテーブルの前にちょこんと座る二葉だった。俺も机からそちらに移動する。まずは二葉の英語を見てあげる。
「この単語の意味分かるか?」
「う、うーん、なんとなく……」
「なんとなくじゃなくて、覚えておかないと。そしてここに助動詞があるから、こういう意味で……」
「あーなるほど! 英語なんてわけ分かんないよー、私は日本人だっつーの」
「そんな文句言われても……ああ、二葉そこ違う、この単語があるから……」
理系女子の二葉は英語が苦手だった。まぁ人間得意不得意があるから仕方ないのだが。俺も数学はなんか苦手だし。
そんな感じで二葉に英語を教えた後、今度は俺の数学を教えてもらうことにした。
「ああ、ここはこの左辺を展開すると、こうなって……」
「あ、なるほど。さすが二葉だな、数学はかなわないよ」
「ふっふっふー、お姉ちゃんのすごいところ見たね!? もっと褒めてくれてもいいよー!」
ああ、めんどくさい二葉が出たな……と思ったが、口にすると怒られるので言わないことにした。
(……そういえば洸太の奴、二葉が可愛いと言っていたな……ま、まぁ、こうして見ると二葉も可愛らしいところはある……のか……?)
数学を教えてもらいながらチラチラと二葉を見ていたら、急に顔を上げた二葉が、
「ん? 私の顔に何かついてる?」
と、言った。俺は慌てて目をそらす。
「い、いや、なんでもない……」
「ふーん、一斗がそうやって目をそらすのは、何か隠してる時だねぇ。さあさあ、お姉さんに何でも話しなさい!」
「そ、そんなことないよ、数学できるのすごいなって思ってただけで……」
「そうかなぁ、それだけじゃない気がするんだけどなぁ……ほらほら、恥ずかしがってないで!」
いつものようにぐいぐい来る二葉だった。
「なっ、近い近い! あ、あれだ、二葉のこと、か、可愛いって言ってる人がいて、そうなのかーと思って……」
あまりにぐいぐい来るので、つい言ってしまった。まぁ洸太の名前は伏せておいたから、大丈夫だろう。
ふと二葉を見ると、だんだん顔が赤くなってきている気がする。
「……ええ!? わ、私のこと!? か、可愛いなんて、そんな~照れるなぁ~」
「……そんな可愛い声出したところで、目の前にいるのは俺だぞ。他の男の子の前で言うようにしろよ」
「い、いや、さすがにそれは恥ずかしいかな……あ、そうだ、一斗もね、か、カッコいいって言ってる人がいるよ」
あ、なるほど、俺がカッコいいと……って、えええ!?
「え!? あ、そうなのか、か、カッコいい……?」
「うん、いいなーって思ってるんだって。あれ? これ秘密にしておくんだったような……」
「おいおい、そんな秘密を勝手に話していいのか……でも俺が、か、カッコいい……のか?」
「う、うん、まぁ、私は近くにいるから気づかなかっただけで、他の人から見たらそうなのかなーって思ったり……」
「そ、そっか……まぁ、俺も近くにいるから気づかなかったけど、他の人から見たらそうなのかなーって思わなくもないな……」
そこまで話して、なんだか恥ずかしくなってまた目をそらしてしまった。二葉も同じなのか、ちょっと俯いているようだ。
俺の部屋が静寂に包まれる。なんかカッコいい表現を使ったが、なんてことはない。お互い恥ずかしくて話せないだけだった。
「……ねぇ、一斗」
「ん?」
「わ、私、可愛い……かな?」
そう言って二葉がじっと俺を見て来る。そ、そんなこと訊かれたことがなくて、顔が熱くなってしまった。
「あ、ああ、か、可愛いよ……」
「そ、そっか、一斗も、か、カッコいいよ……」
「そ、そっか、ありがとう……」
二葉がずっと俺を見てくるので、俺は恥ずかしくなったが、俺も二葉を見る……。
「……あ、す、数学、分からないところもうない?」
「……あ、ああ、もう一つある。これなんだけど……」
勉強に戻る俺たちだった。
なんか、異性としてカッコいいとか可愛いとか、そういう目で見たことがなかったので、俺は不思議な気持ちになった。
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