第8話「二葉の可愛い」

「……あ、す、数学、分からないところもうない?」

「……あ、ああ、もう一つある。これなんだけど……」


 慌てて私、二葉は勉強に戻ることにした。


「ああ、そこはこうして、こうなって……」

「あ、なるほど。二葉はほんと数学が好きなんだな」

「うん、問題解くのが楽しくてねー。一斗だって、よく英語できるねぇ」

「まぁ、言葉を覚えるのが好きなのかもしれない」


 そこまで話して、シーンとなってしまった。や、ヤバい、さっきのこと思い出してしまう……。


「……あ、じゃ、じゃあありがとう、部屋に戻るね」

「あ、ああ、こっちこそありがとう」


 私は一斗の部屋を出て、自分の部屋に戻る。なんだか顔が熱くなっているのが自分でも分かった。ベッドにぼふっと倒れ込んで、枕に顔をうずめた。


(な、なんだろう、か、カッコいいとか可愛いとか、そんな目で見たことなくて……は、恥ずかしいというか……)


 そんなことを考えて、私はハッとした。な、何を考えているのだろう。なんか急に異性ということが恥ずかしくなったというか……恋心というわけではなくて、なんというか恥ずかしいのだ。


(う、ううー、なんか誰かと話したい……そうだ)


 私はスマホを手に取り、RINEで通話をかけた。相手はすぐに出てくれた。


「もしもーし、二葉? どうしたのー?」

「ううー、新奈ー、恥ずかしいよぉ」

「……は? 急にどうしたの? あ、まさか恋、恋なの!? キャー! 二葉の恋よ! まぶしいわー!」


 私みたいなことを新奈が言った。そうか、これが恋か……って、違う、そうじゃない。


「い、いや、そうじゃなくて……その、一斗に私は可愛いかって訊いて、可愛いって言われて、めっちゃ恥ずかしくなってなんかもう心がざわざわするというか、わ、私も一斗がカッコよく見えて、そんなこと思ったことなくて、とにかくすっごい恥ずかしくて」

「……なに、私バカップルのおノロケ話を聞かされてる?」

「ば、バカっ……!? ち、違うって! カップルじゃなくて、姉弟!」

「あはは、分かってるよー。なんだ、カッコいいとか可愛いとか、そういう目で見たことがなかったってことだよねー、仕方ないよ、一番近くにいる異性だもんね」


 新奈はすべてお見通しだった。う、うう、また顔が熱くなってきた。


「ま、まぁそんな感じで……好きとかそういうんじゃないけど、は、恥ずかしくて……」

「まぁそうだよねー、それにしても一斗くんもやるなぁ、お姉ちゃんとはいえ、女の子をこんなにドキドキさせるなんて」

「う、ううー、新奈~、今すぐプールに飛び込みたい……」

「そっか、それも気持ちいいよねー、じゃなくて、たぶん一斗くんも今頃同じような気持ちになってると思うよー」

「そ、そうかな……」

「うんうん、二葉と一緒で恥ずかしい気持ちはあるはずだよー。あ、そんな一斗くんも可愛いな……ブツブツ」


 新奈がブツブツと何かを言っていた。最後の方の声が小さくてよく聞こえなかった。


「ううー、新奈、私どうすればいいの……」

「そうだなぁ……一斗くんみたいなカッコいい人を見つけて、好きになること! かな」

「……ええ!? そ、それって、恋……?」

「うん、さすがに弟を本気で好きになるわけにはいかないから、その分誰かを好きになれば、またいつも通りの姉弟でいることができるんじゃないかなー」

「う、うーん、でもそんなにうまく恋なんて……」

「まぁ、そんなに簡単なことじゃないけどねー。あ、そうだ、私いいこと思いついたんだけど」


 そんなことを言う新奈だった。いいこと? 何だろうか?


「い、いいこと?」

「うん、今度私と一斗くん、お話させてくれない? 私、一斗くんのこといいなって思ってるって言ったよね」

「え!? あ、ま、まぁ、それは別にかまわないけど……」

「ふふふ、私も恋をしたいお年頃ってわけよ! さっきも言ったけど、一斗くんも同じような気持ちだろうから、私がそーっと近づいてみようかなって!」


 そ、そっか、一斗と新奈が……って、それは私のこの恥ずかしさと関係あるのだろうか?


「それはいいんだけど、私のこの恥ずかしさはどうすれば……」

「あはは、バレたか。でも二葉にもいい人がいないかなぁ、あ、一斗くんの友達とかいないかな?」

「……う、うーん、洸太くんとはよく話してるみたいだけど……」

「洸太くん……ああ、放送部の川島くん? そういえばそうだ、あの二人仲良さそうだね、私も一年生の時一緒のクラスだったから見てたよ」

「う、うん……」

「そっか、もしかしたらあの二人も、私たちみたいに恋バナしてたりしてね!」


 新奈がそう言ってふふふと笑った。そ、そうか、新奈は本当に一斗がいいと思っているのか……なんだかよく分からないが、友達の恋なら応援してあげようと思うと、少し恥ずかしい気持ちもとれてきたような気がした。

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