第23話 見たな
長距離運送に入る前に俺はトラックを降りて周囲を確認した。
そこまでやるのかとドライバー仲間は笑うが俺はいつも真剣だ。
トラックの座席からは死角が多い。そしてお馬鹿な子供たちはその死角にいつ潜り込むのか分からない。十トントラックだ。そのタイヤに巻き込んだら人間なんか確実に死ぬ。
ネコが潜り込むこともあるので車体を手で叩きながら点検する。
これも笑いごとではない。特に寒い夜は少しでも暖を取ろうと野良ネコがエンジンの下に集まることがある。
ぐるりとトラックの周囲を見て回り、最後に車体の下を覗き込む。
女と目が合った。
黒くて長い髪を額に張り付けた細身の女がトラックの下に横たわりながら俺を見返していた。
そいつは小さく笑ったように見えた。
俺は小さく悲鳴を上げながら後ろに飛び退いた。
辺りはしんと静まり返っている。
恐るおそるもう一度車体の下を覗きこむとそこには誰もいなかった。
しばらくは憂鬱だった。あの目が忘れられない。
だがやがてそのことも忘れてまた普通の日々が戻って来た。
トラックを転がし、疲れて帰って泥のように眠る。
今日は久々の休日なので居酒屋でビールを飲んでバカ騒ぎをした。女房がいた時分にはできなかったことだ。
したたかに飲み、お勘定をする前に膀胱を空にするためにトイレに駆け込む。
トイレのドアを開けるとそこに例の女が立っていた。青いワンピースを着ているのがはっきりと見えた。
ドアを叩きつけるように閉め、バクバクと鼓動を打つ胸を抑えつけながら、深呼吸を何度かする。それからドアをまた開ける。
誰もいない。
今のは酒が見せる幻覚だったのかと飲み過ぎを深く反省した。
それからはしばらく酒を止めた。
運輸の事務所で時間待ちをしていると宅配便が来た。事務の姉さんは忙しそうだったので俺が代わりに受け取ることにした。
「伝票にサインを」
ああ、と俺は後ろを向いて印鑑を取り出そうと机の引き出しを開けた。
引き出しの中にあの女の顔が詰まっていた。
小さな悲鳴と共に引き出しを閉めてまた開けるとそこには何もいなかった。
どうにも堪らなくなり、オカルト好きの友達にこの話をした。
「どう思う?」
友人はしばらく考えた末に答えてくれた。
「もしかしたらと思うがそれは青女という妖怪だ」
「妖怪?」
「古来より日本に出る妖怪だ。女を騙して捨てた男の前に現れると言われている」
ああ、と思った。
すぐに滞っていた養育費の支払いを済ませてからはそれを見ることはなかった。
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