第13話 コックリさん

 コックリさんという遊びがある。

 いわば降霊術の真似事である。紙に鳥居と五十音を書き、その上に十円玉を置く。周囲を取り囲む人間たちが十円玉に指を置き、次のように唱える。

「コックリさん、コックリさん、おいでください」

 すると誰も動かしていないのに十円玉が勝手に動いて質問に答えてくれるという仕組みだ。

 遊びが終わると「コックリさんお帰りください」と言って終わりにし、使った紙は燃やし、使った十円玉はどこかで使って手放す。そうしないと呪われるという但し書き付きである。

 この流行は時代ごとに繰り返される。遊びの名称自体はエンジェルさんなどと変化することもあるが、ルールはほぼ変わらない。

 戦争などの時代の節目の前に流行るとも言われている。


 我がオカルト研究部はもちろんこれをやった。オカルト研究部と言っても真面目なものではなく、皆遊び半分で入っているクラブである。男の子と女の子でワイワイ怪談をやるのが面白いのはどこも同じである。

 コックリさんへの質問の内容は大概がどの子がどの子を好きかというのに落ち着く。つまりは他愛もない合コンの真似事である。

 高校生にもなってバカな遊びを?

 トンデモない。高校生だからこそ同級生の女の子と話をするチャンスは逃せない。

 つまりは青春なのだ。


 まずオカルト研究部の面々で可愛い女の子たちのリストを作った。もしこのリストが漏れ出でもしたら同級生女子全員から袋叩きにされかねないという危険な代物だ。

 そしてそのリストの一番上から女の子を順に誘っていった。


 案外うまくいった。

 え~、お化けなんて嘘でしょ。そんなセリフを言いながらも面白いように釣れる。

 これには我がオカルト研究部の中に一人物凄い美男子が居たことが大きい。なに、顔だけはいいけど性格はアレな典型的な天然ボケの男子高校生だ。

 放課後に部室でわいわい一時間ほどコックリさんをやる。

 女子の狙いはこのアレな男の子でも、その後はオカルト研究部の面々のデタラメな話術でなんとかなる。


 十円玉が動く。

「おい、誰だ動かしているのは」

 女子がきゃあきゃあと騒ぐ。

「田中、お前だな」

「俺じゃない」

「嘘つくな。抑えている指が真っ白だぞ」

「ばれたか」

 女子がきゃあきゃあと騒ぐ。

「もっとそっとだ。触れるか触れないかぐらいで」

「こうか?」

「馬鹿野郎。それは彼女の指だ」

 女子がきゃあきゃあと騒ぐ。

 こんな具合だ。


 不思議なことに十円玉は勝手に動いたし、こちらの質問に対して色々と答えてくれた。

 誰かがこっそりと動かしていたのだとは思う。


 その内、終わった後に紙を燃やすのが面倒になった。燃やすと次の日また一から書き直さないといけないのだ。だから口で燃やしたとだけ言って燃やしたことにした。

 十円玉はいつもの帰り道にある自動販売機でジュースを買うのに使った。

 あまり人気がないようで、品ぞろえはただのミネラルウォーターが並ぶばかり。あとは定番のお汁粉缶。唯一残る選択肢がオレンジジュースで、聞いたこともない銘柄のが一種類だけ売っている。これをいつも買って帰っていた。

 一か月で同じクラスの女子はあらかた遊んだので次ば隣のクラスに手を伸ばした。

 半年後には同学年をすべて制覇した。

 今考えてもなんて偉大な業績だろう。


 その頃になると自動販売機は撤去されてしまった。きっと余程売れなかったのだろう。



 今日は一つ上の学級の女の子が参加したので俺たちは浮かれていた。

 生徒会の書記をやっている美人で有名な子だ。

 今の生徒会の会長がとんでもないヤツで生徒会会長に立候補してその役目についた後、生徒会長権限で書記を三人ほど任命した。これが全部学内で有名な美人でそこまで来てようやく皆が生徒会長の目論見に気づいたというわけだ。

 生徒会自体には手が出せないがコックリさんに書記の子を誘うのは全然問題がない。

 オカルト研のコックリさんは今やオカルト研の目玉で、人気のある遊びとして噂になっている。その子も喜んで参加してくれた。

 どうして美人の女の子はああいう良い匂いがするんだろう?


「コックリさん、コックリさん、おいでください」

 いつものセリフだ。

 でもおかしい。今日は皆の指が触れた十円玉がピクリとも動かない。

「あれ? おかしいな」

「おい、この中に戌年生まれはいないだろうな?」

「今の学校には戌年はいないはずだぞ。教師は別だが」

 ここにいるのは生徒だけなのでそれはない。

「おかしいな。どこか手順を間違えたかな」

 手順も何もこれほど簡単な手順に間違いもなにもあるものか。

 どこか遠くで重い物が倒れる音がした。

「もう一度最初から」オカルト研の部長が言った。

 全員で指を十円玉の上に置く。

「コックリさん、コックリさん、おいでください」

 やはり十円玉は紙に貼りついたかのように動かない。

 その内、今度は近くでずしんと音がした。

「なんだ。なんだ。何かがおかしいぞ」

「もう一度」

「コックリさん、コックリさん、おいでください

 その途端、いきなり窓ガラスが割れ、大きな自動販売機が外から飛び込んできた。

 その場にいた全員が飛び散るガラスから飛び退いた。

 飛び込んで来たのはあの自販機だ。ミネラルウォーターばかりが詰まっているヤツだ。それはずりずりと動くとコックリさんの紙の上にその角を摺りつけた。

「き」

「た」

「ぞ」

 ひぇ。思わず声が出た。

 理解できたのだ。この自販機の中にはコックリさんに使った十円玉が一杯に詰まっている。つまり今はこの自販機がコックリさんになっている。

 慌てて俺は唱えた。

「コックリさん、コックリさん。お帰りください」

 また自販機がずりずりと動く。

「い」

「や」

「だ」


 大騒ぎになった。結局最後は自販機に部室の隅に積み上げてあった何かのシートを被せてロープでぐるぐる巻きにした。その上に部室備え付けの粗塩をてんこ盛りにしてようやく自販機の動きは止まった。

 まだわずかにガタガタと動く自販機を男三人で馬乗りになって封じてから、俺たちは話し合った。

 俺は十円玉を自販機に使ったことを話した。

「それならばその十円玉をどうにかしないと駄目だ」

 部長がそう結論づけ、書記の女の子を先に帰すと、どこかからバールを取り出した。

 硬貨箱を開けるのには苦労した。自販機が全力で抵抗したからだ。だけど最後には暴れる百何十枚もの十円玉をビニール袋に入れて注連縄で封印することができた。さすがはオカルト研だけあってこういったアイテムには事欠かない。

「ついにやったな」

 全員汗だくのフラフラだ。

「これどうする?」

「神社に納めよう。それなら大丈夫だ」

 いいアイデアだ。全員で近くの神社に出かけ、賽銭箱の中にすべての十円玉を流し込む。


 次の日、またあの書記の女の子がやってきた。

「昨日はすっごく面白かった。あの後どうなったの?」

 あれで懲りないとは相当の不思議ちゃんだ。美人なのに残念だ。

 でも彼女は良い匂いがするので俺たちは気にせずにまたもやコックリさんをやった。

「コックリさん、コックリさん、おいでください」

 やはり十円玉は動かない。

「嫌な予感がするぞ」俺が言った。

「それ以上言うな」部長が怖い顔で言い返す。

 ズシンと音がした。それはどんどん近づいてきて、やがてダンボールで塞いでおいた破れ窓が内側に吹き飛んだ。

 賽銭箱がなだれ込んで来た。

「い」

「や」

「だ」

 まだ質問していないのに賽銭箱が文字を綴る。

「捕まえろ!」

 部長の命令と共に俺たちは一斉に飛び掛かった。書記の女の子も一緒だ。はずみで柔らかい胸のふくらみに俺の手が当たり、思わず俺は真っ赤になってしまった。

 しまった。これじゃ前かがみでしか動けない。俺はズボンの前を必死で隠しながら賽銭箱と戦った。

 賽銭箱の抵抗は激しかったが、多勢に無勢だ。最後は注連縄で縛られて動けなくなったところを裏側の蓋を開けられて呪われた十円玉をすべて取り出された。

「神社だからお祓いになると思ったのに」俺は悔しがった。

「一か所にまとめては駄目なんだ。できるだけ広くばら撒かないと」部長が結論づけた。


 全部片づけるのに一か月かかった。あちらこちらの街のATMや自販機に一枚づつばらまくのにそれだけかかった。最後は遠くへ電車で出かけて、見知らぬ市や街にまでばら撒いて来た。

 こうして元の日常を取り戻したので、オカルト研はそれからも活動を続けた。

 ただしこのときの教訓を元にして、コックリさんで使った十円玉は遠くへ行ってばら撒くようにした。具体的に言うと走る電車の窓から一枚づつ放り投げたのだ。



 やがて俺たちは皆卒業し、俺は書記のあの女の子と結婚した。

 ある日、休日なので部屋でゴロゴロしているとテレビが通貨の新発行を発表した。何十年に一回行われる新デザインへの変更だ。

 画面に映るピカピカのデザインを見ながらふと思った。

 通貨を新造するということは、古い通貨を大蔵省が回収するということだ。それはつまり、日本中にばらまかれたあの呪われた十円玉を熔かす前に一所に集めるということになる。


 とても嫌な予感がした。だけど日本が終わるその日まで、俺は平穏で幸せな生活を今まで通りに続けるつもりだ。

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