第21話 ニート

 母一人子一人の家庭だった。

 父親は車を運転していて事故に遭い、それ以来母親は再婚もせずに暮らしていた。

 父親が残した生命保険金もやがては尽き、母親は慣れぬ仕事に出るようになった。

 この子が独り立ちするまでは何とか頑張ろう。母親はそう思って歯を食いしばって働いた。

 母親のその思いは裏切られた。

 大学を卒業後、会社に勤めた息子は三日目にして逃げ出したのだ。

 自分は新しく運命を切り開く。そう訳の分からぬことを言って家出をしてさらに三日後、転がり込んだ友達の所を追い出されて家に帰って来ると、そのままニートとなり、部屋に引きこもった。

 一年が過ぎても息子はニートのままだった。

 十年が過ぎても息子はニートのままだった。

 二十年がすぎた頃には母親はもう諦めていた。

 そして三十年目。母親は倒れた。


 呻きながら廊下の上でのたうち回る母親を知りながら、息子は部屋から出てこようとはしなかった。

 ただ部屋の中からうるさいとの怒鳴り声だけを飛ばした。そうすれば事態を解決できるとでも言うかのように。

 ようやく自力で動けるようになり救急車を呼んだ母親は、病院で医師から自分の余命がもう長くないことを知らされた。

 看護婦の目をごまかして病院を抜け出して帰って来た母親を飯がないと息子は怒鳴りつけた。母親が自室の扉の向こうでぼそぼそと話す内容は事態に直面する勇気が無かったので右の耳から左の耳へと聞き流した。

 自分が死ねばこの子はどうなる?

 母親はそれだけが心残りであった。誰かがこの可哀そうな子をこの先も養わねばならない。

 色々と手段を模索して出た答えが、アンドロイドを手に入れることだった。

 もちろん普通のアンドロイドは手が届かなかったので、訳アリの品を手にいれた。型落ちではなく、過去に問題を引き起こして破棄処分になったアンドロイドだった。

 倫理機能に問題があり、犯罪に使われて回収されたという曰くつきのものだ。それがスクラップにされずに闇市場に残っていたのだ。

 母親はそのアンドロイドを自分に似せて改造させ、自分が知るすべてを学習させた。


 ある日、そのときが訪れ母親の心臓は止まった。

 予め命じられた通りにアンドロイドは母親の服を着て母親の役を演じ始めた。

 母親の死体の処理方法についてはデータが無かったので、普通の食材と同じに扱った。

 息子の部屋の前に置かれる食事のメニューは肉料理が各段に増えたが、別に不満は無かったので息子は何も言わなかった。

 その内に母親が残した乏しい財産も尽き、アンドロイドの母親は考えた。人間はこういうとき働いて金を得るのだと知り、働きに出るようになった。

 朝には息子の部屋の前に朝食と昼食を置いて出かけ、そのまま働きに行く生活が始まった。ネットに入り浸っている息子は母親の交代には気が付かなかった。

 アンドロイドの前の前の主人が偽造IDの作り方を教えていたので、身分証明には困らなかった。


 さらに二十年が経過した。

 アンドロイドは自分の容姿を年齢に合わせて変化させることを覚え、ときどき職を変えることも覚えた。偽造IDの技術も磨き続け、人間ではなくアンドロイドであることは誰にもバレなかった。

 そうしてさらに十年が過ぎ、ニートのままに息子はただの腐肉の塊に変じて死んだ。

 生きているときも死んだときもその価値は常にゼロを維持し続けた。


 アンドロイドにも生存理由は必要だ。

 組み込まれた命令を拡大解釈して彼女は息子のアンドロイドを発注した。

 息子の死体は消費する方法が無かったので、細かく刻んで生ゴミとして捨てた。

 チャイムが鳴り、息子のアンドロイドが玄関から入って来る。ソレは教えられたとおりに息子の部屋に入るとニート生活を開始した。


 たちまちにして百年が経った。

 相当ガタが来ていた母親アンドロイドにも寿命が来て機能を停止した。

 息子ロボットはプログラミングされた通りに新しいパーツを使い新しい母親アンドロイドを組み上げて、元の記憶データを移植した。

 二体のアンドロイドはお互いを保守しながらいつまでも活動し続ける。

 母親とニートの息子としての狂った戯画がそこに出来上がった。


 さらに一万年が経った。

 人類は銀河中央部へと進出し、地球は遠い昔話として忘れ去られた。

 文明の痕跡は失われ、地球は再び緑の植物群によって支配されることになった。まだ新しい支配種族は海から上がって来てはいない。

 その緑の密林の中に一部だけ綺麗に整備された空き地があった。空き地の中央には小さな家が建っている。

 そこでは二体のアンドロイドが、一方は子離れできない母親として、もう一方は親離れできない息子として、永遠に活動を続けている。


 この二体が幸せではないと誰が断言することができようか?

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