小話集

のいげる

第1話 社食

 社食で飯を食っているとき、付け合わせはタクアンが良いかラッキョウが良いかという議論になった。

 まさに人生の無駄使いとでも言うべき詰まらない議論だ。

 だけど俺はタクアンには一家言があったので、この会話を楽しんだ。


 タクアンは良い。

 噛んだ時の歯ごたえが良いし、ポリポリと楽しい音がするのが良い。

 刻んでご飯に載せてお茶漬けにするのも良い。

 長持ちするのも良い。漬け方によって色々な味になるのも良い。

 良い良いづくめだ。とてもとてもラッキョウなどが敵うものではない。


 ちょっと誉め過ぎたかもしれない。

 俺の家のチャイムが鳴ったのはその晩のことだ。

 ドアを開けてみるとタクアンが嫁に来ていた。





 またある日、社食で今度はナスという食材についての話になった。

 刻んで漬物にするも良し、そのまま醤油をつけて食うも良い。

 煮ても旨い。焼いてもいける。カツオブシと薬味を載せて食うとたまらない。

 暑いときには暑いときなりの食べ方があり、寒いときには寒いときなりの食べ方がある。

 だからナスという食材は実に良い。そう主張した。


 ちょっと誉め過ぎたかもしれない。

 俺の家のチャイムが鳴ったのはその晩のことだ。

 ドアを開けてみるとナスが嫁に来ていた。先に来ていたタクアンと大喧嘩になり、止めに入った俺はひどい目にあった。





 顔に貼った絆創膏については黙秘を続けて、俺は性懲りもなく社食で飯を食っていた。

 今度は料理に使う調味料について議論になった。

 人生に何の意味もない無駄な議論? そのとおり。

 砂糖と塩こそが料理の命という結論を俺は出した。どんな料理も良い砂糖と良い塩を使えば旨くなる。

 砂糖塩。これこそが鍵だ。

 今度の議論も俺が勝った。


 ちょっと誉め過ぎたかもしれない。

 俺の家のチャイムが鳴ったのはその晩のことだ。

 ドアを開けてみると佐藤詩緒が嫁に来ていた。笑顔がとても可愛い子だ。

 俺たち二人は結婚し、今では子供も二人いる。

 タクアンとナスは食えなくなったが、それにも関わらず俺は幸せだ。



 ・・これ以上の嫁は不要なので、社食での議論は止めた。




 俺の家を訪れた同僚がウチの嫁を見てその可愛さのあまりにひっくり返った。二人の馴れ初めを聞くとそれならボクも真似をすると言い出した。


 次の日、同僚は普段滅多に行かない社食に赴くと、自分ではしたことのない料理の話をした。だれかれ構わず砂糖と塩について熱く語り続けた。

 砂糖と塩。これこそが料理の鍵だと断言する。

 ちょっと誉め過ぎだと思う。


 その晩、同僚の家のチャイムが鳴った。

 ドアを開けて見ると、佐藤敏夫が婿に来ていたそうだ。

 彼は顔中ヒゲだらけの筋骨隆々の大男だ。


 二人は来月結婚予定だ。

 俺たち夫婦もその式に呼ばれている。

 同僚の顔が昏い理由がどうしても俺には分からない。

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