第8話 モンタージュ

 俺が悪いんじゃない。

 あいつが暴れるのが悪いんだ。

 ちょっとばかり力を込めすぎたのは認める。でもあれほど脆いとは。

 バールで頭を殴っただけなんだぜ。まさかあれぐらいで死ぬとは思わないよな。普通は。

 逃げる時に誰かに見られたのはまずかった。


 一週間後には犯人のモンタージュ写真があちらこちらに貼られた。それを見た俺は腹を抱えて笑った。

 俺とは似ても似つかなかったからだ。

 そのモンタージュの中の俺は頬がこけていて目が窪んでいる。右頬に大きなアザがあり、髪はまばらでボサボサだ。

 こんなもので俺が捕まるわけがない。目撃者はヤクでもやっていたのか?


 殺した女の幽霊かい?

 もちろん出たよ。夜中に目が覚めると冷たい手で俺の頭を撫でているんだ。

 俺はそいつを鼻で笑うと、布団を被りなおしてまた寝なおした。それだけだ。それ以上は何もできはしない。幽霊なんてそんなものだ。


 次はどんなことをしようかと考えながらも、俺は平和な日常を過ごした。前回の失敗は準備不足だったのだと考えた。車は相手を引きずり込みやすいバンにするべきだったし、スタンガンを使うべきだった。

 叫ばれてかっとなってバールを使うなんて最低だった。脳みそがこぼれていたんじゃさすがにヤルわけにはいかないじゃないか。

 そんなことを考えていたので、メシを作っているときに包丁を落としてしまった。危うく足に刺さりそうになり、飛び退った拍子に落ちていたビニール袋を踏んで足が滑った。

 コンロで煮ていたインスタントラーメンの鍋がひっくり返って、俺は頭から沸騰したお湯を被ってしまった。

 熱い。激痛だ。気が遠くなりそうなのを我慢して、風呂に飛び込んで冷水のシャワーを浴びたがもう遅い。

 髪がぞろりと抜けてしまった。


 ついていない。

 おまけに火傷の痛みでろくに寝れやしない。

 弱り目に祟り目。こうなると毎夜幽霊に顔を撫でられるのも鬱陶しくなってきた。

 あいつ、今度は俺の右頬を冷たい指で突くんだ。別に痛くはないがさすがに気持ちが悪い。

 ハミガキのときに奥歯が抜けたのには驚いた。そこから雑菌が入って腫れたのにはもっと驚いた。しばらく入院する羽目になり、雑菌の影響か右頬が膨らみ、表面がかさぶたになってしまった。

 すると今度はあいつ、俺のみぞおちを突き始めた。毎夜毎夜飽きもせずに。

 じきに腹がしくしくと痛み始めた。医者に行くと胃潰瘍だと言われたよ。薬は貰ったが全然効きやしねえ。

 その内に食欲も完全に失せて俺はだんだんと痩せて来た。


 ある日、洗面所で鏡を見た俺は驚愕した。そこにあったのはモンタージョ写真そっくりになった俺の顔だったからだ。

 どこかで女の笑う声がした。



 こうして高校生女子殺害事件は驚くほどモンタージュに良く似た犯人のお陰で見事に解決した。

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