第27話
裁縫師の工房に、灯りが入れられる。一部の裁縫師は、集会に参加する神々のお色直しや服の手御なしの手伝いをする為に、会場付近の待合室で待機している。普段であれば残って服を制作する裁縫師もいるが、集会の日とあって、広い工房は蛻の殻と化している。
クォギアは顔見知りの聖騎士に事情を話し、次の服のデザインの構想を練りながら、工房で待機をする。
二時間ほど経ったら一度会場前まで行ってみよう。そう思った時、ある神がやって来る。
「こんばんは♡」
無邪気な幼さと優美な大人の二色を併せ持つ整った顔立ち。情熱的なバラ色の瞳に、艶やかな桃色の長い髪と対照的な色合いのサファイアの髪飾り。オフショルダーによって豊満な胸を強調しながらも、下品になり過ぎない水色のマーメイドドレス。
どうして工房にこの人が来たのか、と思いながらも、クォギアは笑顔を浮かべる。
「お初にお目にかかります。我が国の愛の女神アルティア様」
クォギアはその女神に丁寧な一礼をする。
「あら! 私の事、ご存じなのね!」
「もちろんです。この国で、貴女様を知らない男なんて何処にもいませんよ」
嬉しいとばかりに可愛らしい笑顔を浮かべるクリスティアだが、クォギアは内心冷や汗ものだ。
愛の女神アルティア。恋多き女神で、神も人も問わず多くの男性と関係を持っている。自ら恋愛を楽しむだけでなく、人々の情欲を掻き立て、恋愛をさせる事に精を出している。役目を遂行している様に見えるが、恋愛に浮気も含まれるのか、何かと小競り合いが発生している。性別問わず同僚であった裁縫師の何人かは、彼女の手のひらで踊らされていた。
自由奔放で天真爛漫。裏表がなく、慈悲深く残虐な気分屋。神らしい神である彼女が何をしに来たのか、皆目見当が付かない。
「うふふ♡ そんなに警戒しなくても、大丈夫よ。私は、ただ愛を教えに来ただけだから」
「教え……ですか?」
彼女が誘惑を行う時、薔薇の香りがすると密かに囁かれている。淡く香るが香水程度であり、誘惑をしに来た様子ではない。
「えぇ、そうよ! だって、今一番の愛を感じるんですもの! 黙ってなんて、いられないわ♡」
アルティアは踊る様にくるりと回ると、恋する乙女のように目を輝かせる。
益々分からなくなり、クォギアは内心首を傾げる。
「あなた、長年ディルギスを愛しているのよね?」
「え、なんの……」
「そうねぇ……この愛は、20年位前から蓄積されているわ。ずっと大事に芽を守って来たのね。きっと咲き誇る花の香りは、とても濃厚で、なのに柔らかくて」
「ちょ、ちょっと!?」
訳が分からず、クォギアは思わずアルティアの口を塞いだ。神に対して無礼であり、気分次第で彼女に罰せられる程の所業であるが、居てもたってもいられなかった。
「あなたって初心なのね。とても綺麗な色。私が先に見つけたかったわぁ。ざーんねん!」
耳まで赤くなっているクォギアの手を軽く退かしながら、アルティアはくすくすと上機嫌で笑っている。
「ねぇ、いつまで見て見ぬ振りをするの? そうやって、ただ一緒に過ごせれば幸せ?」
自分の胸の奥で音が聞こえた気がしたが、クォギアは無視をした。
「私は、ディルギス様の服を作れるだけで、幸せです」
「人には人の愛し方があるけれど、本当のあなたはそれを望んでいるのかしら? 服を理由に誤魔化していない?」
アルティアは澄んだ瞳でじっとクォギアを見つめている。
「忘れてしまったの? それとも、忘れたふりをしているのかしら?」
子猫のように可愛らしい声から紡がれる言葉全てが、自分ですら知らない心の奥底を見透かされ、声を上げよとくすぐられている様で、クォギアは気分の悪さを感じる。
誘惑そのもの。これが無意識であるのなら、かなり質が悪い。
「そうね。2人だけでは、埒が明かないわ。優しいだけの助力は駄目。刺激が必要よ」
何が良いかしら、とアルティアは可愛らしく腕を組み、そして何かを思いついた。
「そうだわ! 貴方に、とっても良い依頼があるの♡」
アルティアはクォギアの手を強く握り締め、大輪の花を抱く満面の笑みを浮かべる。
嫌な予感しかしないクォギアであるが、愛の権能の効果なのか話だけは聞いてみたいと思ってしまった。
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