第13話

 朝を終え、リュックを背負いトランクケースを持ったクォギアは、自分の工房と私室の場所を決める為に別館へと赴いた。3棟とも二階建ての大きな建物だが、神殿と聖堂に比べて彫刻などの装飾は控えめだ。

まず神殿に一番近い棟の中を見て回ることにした。どうやら専属の為の棟らしく、一部屋が広く作られている。


「うっわ……」


 扉を開けたクォギアは思わず感嘆の声を漏らす。

 彼がティーセットの片付けを行っている最中に、ディルギスが別館の鍵を開け、力を使って別館を清掃してくれている。問題は、汚さではない。

 神殿と違い、別館は3棟とも完全にもぬけの殻。カーテンすらない。

 かつての使用人達は別館にある全て売ってしまっていた。


(経費で落とすとしても、どれ位掛かるんだ……?)


 神殿には多少家具が残っていたので、別館も放置されていると淡い希望を持っていた。再利用できるのでは、と思っていたが案の定の光景にクォギアは、大きくため息をつく。

 布、糸、ボタンなどの材料の収納棚。本棚。マネキン。作業机。椅子。ミシン。ハンガーラック。窓に取り付けるカーテンや絨毯、照明、ディルギス用のソファとテーブルも必要だ。

 さらに、ここにクォギアの私室の家具一式も加わる。

 ディルギスに後ほど相談するとして、備品の件もあり、頭が痛くなりそうな彼は工房と私室の場所を決める為、2階へと向かった。

 そして、丁度良い部屋を見つけた。多くの部屋が廊下へと出る扉一つのなかで、二部屋だけ互いを繋げる扉も設置されている。  

 いちいち廊下に出ず、工房と私室の行き来が出来る。作業に集中できそうだ。

 クォギアはトランクケースを置き、中からカタログ数冊を取り出した


「決まったか?」

「うわ!?」


 背後からディルギスに声を掛けられ、クォギアは思わず声を上げる。


「お、驚きました……」

「それはすまない」


 そう言ってディルギスは興味深そうに、空っぽの部屋を見渡す。


「ここに工房を構えるのか?」

「はい。広い部屋を工房に、内扉と繋がっている小さい方を私室にしようと考えています」

「そうか」


 ディルギスは胸のポケットから何かを取り出す。


「金を用意した」


 その手には、黒曜石の様に艶やかな金属の小さな板がある。そのカードには、頭は鷲、身体は獅子、背には大きな翼を生やした霊獣グリフォンが彫り込まれ、その目の部分には赤い宝石のような石が埋め込まれている。

 国では、貨幣と紙幣の他に、国立銀行から直接引き落とせるカードが製作されている。銅、銀、金、白金と利用する設定金額に応じたランクがあり、黒は神しか持てない。主に大金を使う際に利用され、クォギアも銀のカードを持っている。


「会計の際に、これを店主に見せれば決済をしてくれる」

「これって契約した人しか使えないのでは?」


 国立銀行でカードの契約した際の説明を思い出す。カードに埋め込まれた人工魔石は、当初透明だ。契約の際に本人の血を提供してもらい、石へ垂らすと色付く。石は契約者の魔力に反応して起動し、決済の情報は銀行に厳重に保管されている大結晶の本体へと伝達される。そのため、他人が店で決済をしようとしても、違う魔力では石は起動しない。


「白金まではそうだ。黒のみ、神が承認した人間一人も使うことが出来る。神には役割がある為、神殿や聖堂の管理までは手が回りにくいからな」


 神が役割に専念できるように、神殿と別館の管理、聖堂の運営を担う役職のみがカードを使う事が許される。使用する前に神に相談をするのが義務であるが、金のやりとりが出来るのはそれ相応に信頼されている証だ。

 服の材料費の虚偽を行い横領した裁縫師。建物内の貴金属類を盗み、売り払った多くの使用人達。膨大な資金が収められた口座。

 ディルギスは無気力や無関心ではなく、最初から誰も信頼していなかった。


「責任重大ですね」


 カードを受け取ったクォギアは神妙に言い、ディルギスの眉が小さく動いた。


「……人が使う場合、上限金額をこちらが設定できる」

「お金の上限はいくらですか?」

「今回設定したのは100万だ。まずは、これ位で様子を見ようと思う」


 神殿と別館全体の備品を買うとなれば、かなりの額になる。多い様に思えるが、ゼロから買っていくとなれば、これでも足りないかもしれない。

 掃除道具等、優先順位をつけて買い物をしようとクォギアは内心思う。


「今後何か買うがある場合は、言うように。その都度、金の上限をこれに設定をする」

「わかりました。服の材料も買いたいので、さっそく行ってきますね」


 善は急げ。お互いが生活を出来るようにするためにも、道具は最低限揃えなければならない。


「先日の土産で注目を集めた以上、悪いものも引き寄せる。気を付ける事だ」

「はい。気を付けます」


 受け取ったクォギアは、カードを自身のシャツの胸ポケットへと仕舞い、足早に町へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る