第11話

「……仕事熱心なのは良いが、まだ素材すら手に入っていない状況だ。落ち着け」

「あっ……そうですね。失礼いたしました」


 専属裁縫師として気合十分なクォギアは、恥ずかしくなり頬を若干赤らめる。

 集中できるのは良い事でもあるが、周りが見えなくなるのは悪い癖である。

 だから今も子ども扱いされるんだ、とクォギアは内心反省する。


「環境の変化で、身体は疲れている事だろう。風呂に入って、直ぐに休め」

「えっ……風呂と言いますと、神殿のですか?」

「そうだ」

「神であるディルギス様の使う浴槽を私なんかが……」


 屋台料理の匂いが、服だけでなく髪にも付いている様で気になっていたクォギアだが、ディルギス専用の浴槽に入るのは思わず躊躇った。


「ベッドの事は子ども扱いどうこう言いながら、何故風呂で上下関係を気にする」


 若干目を細めて睨まれ、クォギアは目線を逸らす。


「いやぁ……眠る場所と汚れを落とす場所は、違いますし?」


 苦し紛れに言ったが説得力の欠片もない。

 浄化の神の権能によって淀みが発生するとは、一度も聞いた事が無い。

 彼らの淀みは他の神と性質が違い、聖水の泉で体を洗い清める事で消滅する。水の神が行う洗礼の儀もあってか、想像がしやすい為に一般常識として広まっている。

 真実は不明だが、そんな身体を清める場所を共用して良いのか。

 自分の身の上を考えると、添い寝以上にやってはいけない事に用にクォギアは思っている。


「クォギア。こっちに来い」

「はい?」


 ベッドの上に座るディルギスの元へクォギアは近づき、目線を合わせる様に膝を着く。

 クォギアの背へと細い手が回され、抱きしめる。

 予想もしなかった行動に彼は言葉を失い、硬直する。


「おまえの不浄ごとき、一息で消え失せる程だ。そう気にするな。ちゃんと身体を芯から温めないと、より良い睡眠が出来ないぞ」


 クォギアの背中を、子供をあやす様にポンポンと左手で優しく叩く。


「私が使って良いと言うのだから、使え」

「は、はい……」

「分かれば良い」


 ディルギスさから体温は一切感じられない筈が、温かいと思った。

 返す言葉が無く、クォギアは受け入れるしかない。


「灯しては行ったが、もう少し持って行った方が安全だろう」


 ディルギスは直ぐにクォギアから離れ、手のひらから、光の玉が8個ほどを出現させる。蛍の様にフワフワと浮かび上がり、彼の周りへと移動する。


「一番大きい光に、行きたい場所を念じれば道案内をしてくれる。足元に気を付ける様に」

「……ありがとうございます」

「私はもう眠りに入る」


 右手に持っていたカタログをディルギスは、クォギアに渡した。


「は、はい。おやすみなさいませ」


 押しの強さに切り替えの早さと、完全にディルギスのペースに飲み込まれたクォギアは、肯定し流されるままだ。


「おやすみ」


 ディルギスは静かに微笑みを彼へ向けた後、ベッドの中へと入ると天幕を閉じた。


「……」


 天幕の前でクォギアは膝を着いたまま動けない。

 抱きしめられ、向けられた表情に、感情の置き場を見失った。

 夜空に星が輝き、先程まで町中にいたのが嘘のように静まり返っている。

 

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