第10話
「明日、別館も力を使い清掃を行う。私室と工房の場所を決めてくれ」
「わかりました。ところで、別館には以前の専属が使っていた部屋はありますか? 使えそうなら、そこにしようかと」
「ない。町に工房があると言っていた」
「……そうですか」
神殿は神の住まいと、別館として専属達の工房、そして使用人の住まいに別れている。ただし専属の場合、服屋を営む職人が抜擢される例や、神殿では制作に集中できないと他の場所に工房を構える者もいるので、神殿入りは強制ではない。
それを逆手に取った先代の裁縫師に対して、クォギアは呆れと無関心の領域に達しかけていた。
そうこうしていると、2人はディルギスの寝室まで辿り着いた。
「床に寝袋を敷かせていただきますね」
クォギアは背負っていたリュックを降ろし、中から寝袋を取り出す。北区の冒険家の道具専門店で中古の品を購入していた。
城の工房に居た頃、収穫祭などの大きな行事には裁縫師総出で多くの衣装を制作していた。時には徹夜し、出来たのが朝方だった時もある。工房には仮眠室が併設されているが、時にベッドへ向かう時間すら惜しくなり床で眠ることもあった。
今後もその様な事態になる可能性はゼロではない。備えるだけでなく、別館がどうなっているか分からないので、しばらく寝袋で生活をするとクォギアは決めていた。
「私と一緒にあの寝台で眠っても良いのだぞ」
ディルギスの寝台は横並びで3人が眠れるほどに広く、高身長のクォギアの足もはみ出ない程の大きさだ。天幕もあり、虫除けの効果も期待できる。
「子ども扱いしないでくださいよ。4ヵ月前に、26歳になったんですから」
「私から見れば、子供だ」
「あなた様の場合は、80歳の御老人でもそう答えるでしょうに」
神は、即位の儀を行った時から外見の年齢が止まる。ディルギスの場合、まだ十代の時に即位をしたのだろう。
工房長から今でも時折子ども扱いされるクォギアは、こういう扱いにやや敏感だ。
「今後の予定ですが、神殿の清掃員と庭師をまず雇い入れさせていただきます。使えなくなった家具は一掃し、雑草だらけの庭を整備します」
クォギアは、置いたままだったトランクケースの中から、仕舞っていたカタログを取り出す。
「新しく入れる家具については、種類がありますので追々とします。まずは、箒や食器等の日用品を先に購入させていただきます。あっ、それと裁縫師として必要な道具や布類、私の食べる食料も買いますからね」
「わかった。明日、金を用意しよう」
ディルギスは家具のカタログを手に取り、ページを捲っていく。
「ありがとうございます。服の制作については、まずは普段着と寝間着を作らせていただきます。何かご希望はありますか?」
メモ帳をトランクケースから取り出し、今後の制作予定を記入する。
「今着ているもののように、ゆるりとしたものが好ましい」
クォギアのシャツを着たままのディルギスは、ベッドの上へと座った。
「色や柄、素材の好みはありますか?」
「今は特には無い。おまえの作った服を参考に、考えさせてもらう」
「わかりました。材料が揃い次第、制作を始めます」
寝間着は緑、青、白や淡い色から選び、肌触りが良く、通気性の良い素材を。上下セットとローブの2タイプを作る。東洋の甚平タイプも作ってみるか。
普段着はデザインを吟味すべきだが、ある程度の豪華さは必須事項なので、刺繍を全体的にあしらい……いや、目を惹く大きな絵柄を縫い、その他はシンプルに纏めるのも良い。刺繍に合わせてビーズを縫い付けるのも良いだろう。
宝石の装飾品は付けるだけで華やかであるが、普段使いではその重みが負担になるので、小ぶりなものを……
「クォギア?」
今の季節は春。そろそろ夏が顔を出し始めているので、布は何種類か予め買っておかなければならない。今回の材料に関しては、星神城の裁縫師の工房と契約を結んでいる繊維会社や手芸素材専門店等から購入。布、縫い糸、刺繍糸、ビーズ、念のためレース類も確認しなければ。
今後は魔獣の素材を使ってみるのも有りだ。ほとんどが武器や防具に消費されてしまうが、魔法使いや神官のローブの素材としても一部使われている。ディルギスが希少な魔物素材を使用した服を着れば、両者の存在がより強調され、注目が集まる。
嫌悪されやすい魔獣素材の価値が上がり、ディルギスの力が見直され、神々も北区に感心を持って……
「クォギア!!」
「は、はい!!?」
大きな声で名を呼ばれ、クォギアは我に返る。
書き殴られたメモは既に6ページまで及んでいる。
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