第9話

 夜も更け始め、胃の調子が整ったクォギアは神殿に戻って来た。

 串焼きの後、店主の友人や組合仲間だと名乗る麺料理屋、海鮮焼き屋、焼菓子屋、カットフルーツ屋と次々皿の上に料理が乗せられていった。クォギアは背が高く多少体格が良いが、食べる量は平均的だ。胃が破裂しそうな程の量に体は警鐘を鳴らし、最終的には持ち帰ると言って何とか皿に盛られるのを阻止したが、今度は持ち帰る様に手土産を大量に持たされた。


「これは……しまった」


 神殿の玄関扉は頑なに閉ざされ、両手は手土産で塞がっている。包まれているとはいえ食べ物を地面には置けず、庭に入って渡り廊下から室内へ入るのも手だが、暗闇と鬱蒼と茂る雑草で滑り転倒しかねない。

 どうしようかと立ち尽くしていたクォギアだが、扉がゆっくりと開いた。


「ん? 帰って来たか」


 クォギアの服を着たままのディルギスが出て来た。彼の周りには淡い光が浮かんでいる。

神が配下の出迎えなんてと思っている余裕などなく、クォギアは助かったと心底安堵する。


「その荷物はどうした?」


 背中には中身が詰まったリュック、両手には積まれた手土産の料理の包み紙や箱。予想外のクォギアの姿に、ディルギスの目が若干丸くなる。


「えー……屋台の店主と話していたら、意気投合して、お土産を沢山持たされまして」


 嘘を交えながらも、現実味のある答えをクォギアは返す。


「ところで、どうしてこちらに?」

「玄関に灯りが必要だと思ってな」


 ディルギスの周りに浮かんでいる光の玉の1つが、蜘蛛の巣の張ったランプの中へと入っていく。

 魔法のようにも見えるが、魔力は感じられない。

 身体と同じくこんな些細な力すら、人と神は違うのだとクォギアは改めて実感する。


「両手が塞がって、歩きにくいだろう。少し寄越せ」

「ディルギス様の御手を煩わせる訳にはいきません」

「転ばれては困る」


 神殿内はディルギスによって淡い光で照らされたが、煌々とする街灯に比べれば最低限の細やかなものだ。

 足元がおろそかになり易い。障害物が無くとも、ふと気が緩んだ拍子に足を踏み外してしまいそうだ。


「わかりました。上のふたつをお願い致します」


 蒸しパンや焼菓子などの入った比較的軽い紙袋だ。


「軽いな。もう少し持とう」


 大丈夫です、とクォギアが言う前に、ディルギスは更に二つの紙袋を手に取り、そのまま歩いて行ってしまう。

 案外、世話焼きのようだ。言っても聞かないと諦めたクォギアは、彼に追随する。


「今日の所は、私の寝室で夜を明かすと良い」


 持ち帰った食事は、調理場の手前に放置されていた食事用のワゴンの上へ乗せる。


「そうさせていただきます」


 見取り図を貰ってはいるが、まだ把握しきれていない。特に夜となれば、どこも同じように見えてしまい、迷子になるのが落ちだ。朝の挨拶が出来ず、迷惑をかけるよりは、そちらの方が良い。クォギアは素直に提案を受け入れた。


「ん?」


 昼間とは違い、神殿内のカビ臭さや埃による息苦しさが消えている事に、クォギアは気づく。


「ディルギス様。掃除……されたのですか?」

「力を少し使った。別館と聖堂も行ってある。埃を払う程度なので、あとはおまえに任せるからな」


 暗闇に目が慣れ始めたクォギアは、通路に置かれたテーブルを見る。埃は一切なく、置かれている小瓶は中まで綺麗になっている。

 クォギアには理解し難かった。

 腕の立つ魔法使いでも、物を破壊せず、悪影響を出さず、広範囲に環境の変化させる程の運動を起こすなんて、不可能だ。

 彼も魔法で清掃を行ったが、対象が一部屋であり、そこに浴槽しかなかったから出来た芸当だ。

 神殿の全域となれば、設置されている家具、陶器などの素材の異なる小物類、壁、床、天井、窓、様々な物を認識し、それらの素材とその強度、構造を把握する。

 除去すべき対象へ魔法を発動させるなんて、人の脳では処理が追い付かない。


「……あ、ありがとうございます」


 人と比べてしまう癖を早く無くし〈神の力はこういうものだ〉と認識しなければ、とクォギアは自分に言い聞かせる。

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