第32話

 クォギアは使用人の一人に指示をし、聖堂で待っていた2人を専属の館の一階に設けられた談話室と客室へと案内をした。まずは客室で法の神の配下であるメリンを先に応対し、辺境の商人には待ってもらう。


「急な訪問にも関わらず、迎え入れてくださり、ありがとうございます」


 ソファへと座る前に、メリンはクォギアに頭を下げる。


「お気になさらず。座ってください」

「ありがとうございます」


 2人はソファへと座り、使用人がお茶を持って来る。


「何か急用でもありましたか?」

「世論調査のため北区に訪問中でして、聖堂が解放されたと聞き、挨拶に来た次第です」


 法の神は法律のみを扱っているわけではない。区長の独裁を防ぐために、定期的に調査が行われている。以前は担当者として、各区に法の神の配下が事務所を構えていたが、北区の区長の汚職があり、星神城から抜き打ち訪問の形式に変更された。


「調査の期間や日程は誰にもお知らせ出来ないので、事前に連絡が出来ず、すいません」

「公平性を保つには、仕方がない事ですからね。仕方が無いですよ」


 2人の間には、ぎこちなくも張り詰めた空気が流れている。

 クォギアは改めて、メリンと距離を置きたいと思った。浄化の神と不浄についての噂は誰しもが一度は耳にする内容なので、根に持つほど気にはしていない。だが不思議と、同僚、取引相手、依頼主のような仕事関係の仲すら持ちたくないと思う程に、メリンを拒絶している。性別や職業、立ち位置では無く、本能的なモノだ。

 その理由が全く分からず、また逃げ出すほど大きな感情ではない為、クォギアは顔に一切出さず彼女を応対する。


「その、ディルギス様が集会に出席されたと聞きました。クォギアさんのお陰です。ビルジュ様は遠目で拝見して、安心したと嬉しそうで……本当にありがとうございました」


 メリンはクォギアに深々と頭を下げる。


「遠目? お互いに挨拶はしなかったんですか?」


 挨拶くらいはしているだろう思っていたクォギアは、意外そうに言った。


「はい。ディルギス様は、ベルーニャ様と話していらっしゃったそうです。ビルジュ様はお酒に弱い方なので……」

「酒を勧められたら、新人の神は断り難いですからね。星神城の工房で勤務していた時、その類の話はよく聞きました」

「はい。そうなんです」


 クォギアも納得をする。ベルーニャに限らず、酒の神は事ある毎に酒を勧めてくるので有名だ。裁縫師の間でも、専属を持たない酒の神の依頼があったら注意が必要と言われていた。星神城にベルーニャが訪れる時は、何人か使用人が酔わされたなんて話も度々聞いていた。


「その後も、他の神と話されていたそうで、自分の番が来たと思った頃には帰られてしまって……挨拶すら出来無かった、と残念そうにしていらっしゃいました」


 ディルギスが集会に訪れるのは、不浄と淀みを引き受けてから17年ぶり。特に古参や中堅の神は、彼の元気な姿を見て安心し、言葉を交わしたいと思ったのだろう。様子を見るだけで長居する気が無かったディルギスは、ビルジュや若い神を確認しただけで帰って来た。

 ディルギスから見て、ビルジュは気にする必要が無いと判断したのだろうか。

 この10日間が悔やまれるとクォギアは改めて思い、小さくため息をついた。


「そ、それにしても、見違えるほどに庭や建物の外観が綺麗になりましたね。ここには夏になると白くて香り豊かな花を咲かせる木が植えてあるのを、以前見かけました。クォギアさんも時期になったら、是非見てくださいね」


 メリンは窓の外を見ながら、唐突に話題を変えた。


「庭の木々をよくご存知ですね。以前から気になっていたのですが、なぜ集会への招待ばかりされていたのですか?」


 表に出るまで関わるな。ディルギスはそう言い、他の神はそれを守っていた。ビルジュはそれを知らないか無視をして、配下を送り集会への参加を呼び掛けきた。しかし、ディルギスをその気にさせる手段は幾らでもあったはずだ。


「それは……その……」

「ディルギス様は、貴女方に対して良い印象を持っていません。これ以上溝を深くしない為にも、教えていただけますか?」


 躊躇ったメリンに対して、クォギアはもう一押しする。


「じ、実は……私や他の配下も提案していたんです。国神様に報告をして敷地内の清掃や整備の許可を得て、地道に信頼関係を築いた方が良いのでは、と。もちろん神殿や他の建物には入らず、外回りだけですよ。横領がありましたし、警戒されて当然ですから」


 あの手この手で、策を講じる必要がある。現場を何度も訪れて来た彼女達は、呼びかけと説得を試みるだけではダメであると、分かっていた。


「メリンさん達の提案を取り下げられ、これまで通り呼びかけるだけに留まっていたのですね」


 ディルギスがそれに応じれば〈関わる〉状態であるが、一方的に言い続けるなら其れは成立しない。屁理屈な話に、クォギアは利用されるメリン達に同情をしてしまう。


「はい……ディリギス様には、大変ご迷惑をお掛けしました」


 クォギアに挨拶をしに来たのは、ディルギスに面会をお願いしても門前払いされると思ったからだろう。

 初対面の時と今の会話で、メリンが周囲の顔色を伺いながら話す素直な性格である、とクォギアは理解した。例えるならば、田舎から出て来た素朴で気弱な使用人。足取りや些細な癖と仕草からも、頭が回る上流階級の生まれではない。弱みを握れば間者に仕立て上げられそうに見えるが、配下になれる程の忠誠心と優秀さを持ち合わせている。主を一身に信じる純粋さを持つが、良心の葛藤もある。

 情報を引き出させるには、下手に刺激をせず、神に仕える者同士の関係を保たなければならない。


「後日、謝罪の手紙を……私個人ですが、送っても宜しいですか?」

「えぇ。もちろんです。それとなく、ディルギス様に伝えますね」


 クォギアは表向き快く了承をするが、ビルジュが説得に傾注した理由が気になった。

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