第33話

メリンはクォギアから了承を得た後、調査を再開する為に直ぐに退室した。

 使用人がティーセットを片付け、新たに用意を終えると、談話室で待つ辺境の商人を客室へと招き入れる。

商人は以前の服に比べて汚れが少なく、割かし新しいものであるのが伺える。商品が売れて新しい服を買えたのか。それとも神の敷地内に入るにあたって服を着替えて来たのか。どちらにしても、豊かさを手に入れられたと分かり、クォギアは安心をする。


「この度は、急な訪問を受け入れてくださり、誠にありがとうございます」


 部屋に入るや否や、商人はクォギアに深々と頭を下げ、顔に巻いていた布を取り外した。

 艶めく漆黒の体毛。三角の大きな耳に長いひげ。金色の丸い瞳。辺境の商人は、猫の獣人であった。


「こうしてまた会えたことを、嬉しく思います。どうぞ、こちらに来て座ってください」


 師匠が獣人である事もあってクォギアは特に気にせず、ソファへと座るよう促した。

 獣人の中には、困窮する辺境での暮らしに適応した種が存在する。厳しい環境は、裏を返せば競争相手が少ない地でもあるからだ。国で暮らす人間の中には野蛮だと囁く者もいるが、五感が優れ生活の知恵として戦闘能力を持つ彼ら無しでは、魔獣の討伐や調査は困難となる。故に、北区では辺境から出稼ぎに来る傭兵や兵士に就職するものが多い。

 商人としてやって来る者は滅多にいないので、露店では遠巻きに見られていた。


「名前を教えていないのに、よく私がここにいると分かりましたね」

「北区の方に特徴をお話したら、すぐに教えてくださいました。まさか浄化の神の専属様とは思いもよらず、失礼をしました」


 商人は深々と頭を下げ、懐に手を入れる。


「今回は、お礼をしたく参りました」


 商人は懐から布の包みを取り出した。何重にも布が巻かれ、細心の注意を払って持って来たのが伺える。魔法や爆発物であれば、建物に施された魔方陣が反応するので、特に問題はない品のようだ。

 包みを開くと、そこには金色に輝く水晶石で出来た花飾りがあった。


「こちらは、辺境に生息する魔獣の素材で作った髪飾りです。この魔獣は、頑丈な甲羅を持っており、それは見た目こそ岩そのものですが、丁寧に磨き、整形すると宝石と変わらぬ輝きを放ちます。」

「これは、職人の技も含めて見事ですね」


 クォギアだけでなく、背後で待機している聖騎士も感心した面持ちで髪飾りを見つめている。

 宝石だけでなく、金の細工も美しい。葉の一枚一枚の葉脈や蕾の造形、茎の緩やかな曲線はまるで自然に生える花だ。


「こんな高価なものを頂くわけには……」


 お礼と言われても、クォギア自身は何かしたわけではない。強いて言えば、最初の客であり、値の張る布を買っただけ。印象に残り易いが、買って以降の3ヵ月間は露天商に行っていない。


「いえ! 是非とも貰ってください! クォギア様が買われてから、色んな人がお店を見てくださって……常連客になってくださった人もいます。それに、ここ最近あの布が妙に人気でして、貴族の方から購入したいと注文が入る程で、本当に感謝しきれないんです!」


 商人は金の目を輝かせながら熱弁する。


「あぁ、あの布はディルギス様の礼服に使用しましたから、注目が集まったのでしょうね」

「え? ディルギス様に? てっきり、どこかの御令嬢のドレスに布を使ったのかと……」


 商人は目を丸くする。

 あの令嬢に、あの貴公子に、我が子に、と神から依頼があれば、専属は服を作る。ディルギスは男神であり、年頃の女性に興味を持つと思われても仕方がない。虹の光沢を持つ白い布は、女性もののドレスに良く映えるので、そう思われても納得がいく。商人が花の髪飾りを持って来たのも、その為だ。

 自分のせいで、ディルギスに女性との捏造話が出ていないか、クォギアは若干心配になる。


「ま、ま、まま、まさか、先日行われた神々の集会に、あの布の服を??」

「はい。理想的な質感と色合いでしたので、使いました」


 商人は驚き、戸惑う。


「しょ、商人としては広告になりますし、願ったり叶ったりではありますが、まさか、神に……だから、貴族の方が……まことに光栄ですが、現実味が無いと言いますか……一つでも売れれば御の字と思っていたもので、なんとも……」


 神々の集会では、神の妻や夫になった人間は特例として参加する事が許されている。いずれかの神の妻が、ディルギスの礼服について社交界で話したのだろう。

 そちらは、職人について噂が出ていそうだ。注目を浴びられるよう女性ものと男性ものを掛け合わせた独自のデザインを使用した為、職人は変人や変態と言われていそうで、クォギアは気になった。


 いや、噂、噂と事実を包み隠す霞に囚われてはいけない。浄化の神について、そしてディルギスについて言いふらされ過ぎて、そちらにばかり意識が向いてしまっている。

 クォギアは考えを改めるために、お茶を一口飲んだ。


「と、ともかく、こちらは差し上げます!」

「は、はい。ありがとうございます」


 商人に押され、クォギアは思わず礼を言った。


「そ、そうです! もう一つお礼に、情報を差し上げます!」


 商人は再び懐に手を入れ、折り畳まれていた地図を取り出す。辺境、カイリオンゼネスマキアとその周囲が描かれたものだ。


「翼竜の番が、北の山脈より西へと飛び立ちました」

「なんですって!?」


 竜の重要性を理解できていないクォギアの代わりに、背後で待機している聖騎士が反応した。

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生々の大樹と果ての大空は想い焦がれる 片海 鏡 @kataumikyou

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