第6話(修正)

「まずは髪を切りましょう。じっとしていてください」

「わかった」


 クォギアはディルギスの髪を切っていく。慣れた手つきで、髪型のバランスを確認しながら、全体を整えていく。


「手慣れているな」

「下積み時代は出来るだけお金を使いたくなくて、自分で切っていたんです」

「今は長く伸ばしているが、なぜだ?」

「服を作っている最中、前髪ともみあげが邪魔になるんですよ。髪を切る時間も惜しくなりまして……最終的に、全部一まとめに結べば整えるのも楽と思い、伸ばしました」

「その髪型もよく似合っている」

「ありがとうございます」


 35分かけてディルギスの髪を切り終える。

 切った髪を払ってもらい、シャツを脱いだ彼は浴槽へと浸かった。


「湯加減はどうですか?」

「丁度良い」

「それは良かった」


 髪用の石鹸を泡立て、ディルギスの髪を撫でる様に優しく洗っていく。

 泡立ちが良く、湯へと身体の汚れが流れ出ない。やはり、歪んだ虹を宿す闇は、単なる汚れではない。


「……なぜ、その様な色が体に浮き出ているのか、聞いても宜しいでしょうか?」


「いいだろう」


 ディルギスは左手を撫でながら語る。


「20年前、隣国カイリオンで戦神が国神に反乱を起こし、内戦へと発展したのは、知っているな?」

「はい。まだ小さな子供でしたが、よく覚えています」

「その内戦の最中、浄化の神達が殺されたんだ」

「えっ……そんな事をしたら」

「あぁ、魔獣だけでなく、人の心が壊れ始める」


 不浄と淀みは、人の精神を蝕み、種族によっては暴走を引き起こす。平和な時代であれば危険極まりないが、争いの中では武器となる。

 正常な判断を失った人々の精神を操り、暴徒化させる。言葉を話せるが理解し合えない人間の形をした兵器を生み出す。戦神は、浄化の神々が邪魔しないように殺した。


「浄化が間に合わず、暴徒を抑えられず、やがて国神は殺された。主犯である戦神は農耕の神によって殺され、共犯者たちも処刑された。終戦を迎えたが多くの神の籍が空いてしまい、再興しようにも、かの地は不浄と淀みが溜まり過ぎてしまった」

「ディルギス様が、一時的に担っているのですね」

「そうだ」


 不浄と淀みが溜まり過ぎては、国に根差す生命の大樹にも影響が出る。枯れはしないが、浄化へと力を注いでしまうからだ。良い行動に思えるが、新たな生命を産む実りは中断され、神の選定が延期されてしまう弊害が発生する。

 神の選定には、大樹の花が必要となる。正常な状態の大樹には、空席の神の数だけ花が咲く。その花を切り取り、聖水で満たした大盃の中へと浮かべると、その水鏡へと次期の神の顔が映し出される。大樹が浄化へと力を注いでしまえば、実りと同じく花も咲かなくなってしまう。国の復旧と復興には、人為的な支援と住民の協力だけでなく、精神的な支えとなる神の存在が必要不可欠だ。また一刻も早く浄化の神を在位させ、魔獣達の動きを抑え、国そのものの滅亡を阻止する必要がある。

 大樹が世界の為に動く存在。その性質を理解し、神は国と人々を導かなければならない。


「当初は私と女神レイシャンが担うはずだったが、役目を行う一週間前に妊娠が発覚した。子に悪影響が出てはいけないと思い、私が全て引き受ける事にしたが……人の不浄よりも、神の権能による淀みが余りにも多かった」

「それで、その様な姿に……」

「封じ込めているので外へ漏れ出す事は無いが、人には不吉に見えて近寄り難い。私自身も浄化に集中する為に、多くの時間を寝台の中で過ごしていた」


 納得したクォギアだが、疑問が直ぐに湧いて来る。


「理由はわかりました。しかし終戦から17年経っているのに、レイシャン様も担わないのは変な話です」


 育児に対してあまり詳しくはないクォギアであるが、同僚の裁縫師達には子持ちがいる。休職期間にはバラつきはあるが、子供が小学校へ入れる6歳になるまでには、大体の人が短時間にしろ復帰していた。

 神の子供は、その役目を継承できないが、貴族のように高い教育を受けられる。教育係、世話係、そして護衛と子供は必ず誰かが見ているはずだ。


「育児と名目し、贅の限りを尽くした挙句、役目を放棄した」

「え?」


 思わず、クォギアは手を止めた。


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