第5話
大人5人が入っても余裕のある陶磁器の円形の浴槽には、適温の湯が満たされている。
水捌けが良く、滑りにくい特殊な加工がされた石床。植物や鳥を模した繊細な彫刻が施された石壁。金や宝石装飾が施されたと思しき箇所は剝がされた跡があり、一通りの清掃が終わったとはいえ、どこか痛々しさを感じる。
まずは髪を切る為に、他の部屋から見つけて来た清掃済みの椅子へとディルギスに座ってもらう。
シャツを取る際に散髪用のハサミと櫛を取り出していたクォギアは、ディルギスの髪に触れる。手入れされていないのに艶やかだと思ったが、よく見れば歪んだ虹が光を通してこちらを見ている。
「どれ位髪を切りますか?」
「全体を限りなく短く」
これ位、とディルギスが示したのは、額にほんの少しだけ前髪が掛る程度だ。
「随分と思いきりますね」
短髪は男性の好む傾向のある髪型ではある。しかし、長い時間をかけて腰まで伸ばしていた髪を切ることに抵抗が無いのか気になり、クォギアは訊いた。
「そういう気分だ」
「わかりました。切った髪はどのように処理を?」
髪の毛には魔力が宿る。魔法の道具にもなり、神のものとなれば内包する力は強力だ。不浄であるか、ないか以前に、安易に捨てれば悪用される危険性がある。
「私の血を数滴たらした火へとくべれば良い」
ディルギスの右手の爪が刃物のように突如伸び、左腕へと向けられる。
「ちょ、ちょっと!?」
咄嗟にグリシュアは彼の腕を掴み、止めに入った。
爪の変化よりも、自分を切り刻まんとするディルギスの行動に驚いた。
「せめて小さな針でやりましょう? そこまで傷を作る理由はありません」
「おまえの道具に血を付けられない」
「練習用の針でやりますので、お気になさらず。ごくたまに、指に刺さった棘を取る時に使うんですよ」
「案外雑だな」
「いいじゃないですか。やった後はちゃんと消毒しているんですから」
ディルギスは納得したのか、爪を元の長さへと戻した。
その様子に、クォギアは神話を思い出した。
世界を創造した星神は、その身の一部を切り取り、大樹を生み出した。大樹は大地へと根差し、世界を巡る生命の根源を吸い上げ、その実りから人と魔獣とそれ以外の生きとし生きるもの達が産まれた。世界に命あるモノ達が行き渡ると、大樹の実からは生き物は産まれなくなった。
ある日、大樹の元へと一組の男女が訪れた。
女は、このままでは大地から生き物が消えると言った。星神とは違い、生き物達の命に限りがあり、徐々に世界から減りつつあったからだ。
大樹の枝へと止まった白鷲が2人へ告げる。
枝に実る果実をもぎ、食せ。さすればその身に命が宿り、10の月が巡った日に新たな人の子が誕生する。
男は一際大きな果実をもぎ、女はそれを食した。
10の月が巡ったその日。女の腹から眩い光が現れ、一人の子が誕生した。
この世界では、各国の中心に聳える星神城の中央に生命の大樹が生えている。人は、大樹から賜る果実を食べなければ、性交をしようと新たな子を誕生させることは出来ない。遥か昔には神の命を受け、その挿し木の苗を抱いた開拓者達によって、町や村、集落が形成されていった。
星神の一部であった樹の実りから命を授かる人々は、誰しもが神になる素養を持っている。選ばれる理由はそこにあり、神になれば強大な力を得る事になる。
教わってはいたが、強力な魔法を気軽に連発できるような、漠然とした想像しかグリシュアは出来てはいなかった。しかし、こうして目の辺りにすれば、彼等にとってどんな些細な事で在れ、人とは一線を画す。
一体どんな心持で其の力と変化を受け入れたのか。
クォギアには、到底想像が出来なかった。
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