第18話

 6日かけて、クォギアはディルギスの部屋着を合計6枚、寝間着を3着完成させた。休憩の合間に街へ出た際、さり気なく聞き込みを行ったところ、家具業者による噂は発生していなかった。どうやら、業者はディルギスをクォギアの後輩と勘違いしたらしく、〈神殿に入った使用人は1人ではなく、見習いを含めて2人〉と言う話になっていた。

 ディルギスが機転を利かせたようで、悪い方向へ行かずクォギアは安心をした。しかし、噂を聞き付けた神やその配下がいつ訪れるか分からないので、クォギアは町で買った布で急いで服を作り始めた。

 今回の一区切りとなる7枚目の服が出来上がり、クォギアは神殿へと向かった。


「うん。着心地が良いぞ」


 談話室にて、七分袖の白いシフォンブラウスに、黒のガウチョパンツを履いたディルギスは、満足した様子で頷く。

中央区とは違い北区の手芸店では、魔獣から獲れる糸や体毛を素材とする布も売られていた。綿やリネン等のよく知られる素材の相場に比べて4倍以上の値はするが、光沢や質感、丈夫さは、それぞれ光るものがある。ディルギスの着ている服に使われているのは、蚕に似た蛾系統の魔獣の繭から作られた布だ。柔らかな光沢、滑らかな肌触りと通気性の良さは、シンプルなデザインと相性が良い。


「気に入っていただけて安心しました」


 これで上が4枚、下が3枚出来上がり、着回しが可能となった。

 今回は急ぎなので、刺繍のような装飾類は付けなかった。その代わりに、ディルギスの要望である〈ゆるりとした服〉を作るにあたって、変化を付けるために性別問わず様々なデザインを取り入れた。女性ものに使われるデザインは敬遠されないか心配であったが、ディルギスは条件通りであれば気にしていない様だ。


「ここで少し休んで行くと良い。茶を淹れよう」

「ありがとうございます」


 新たに備え付けられたテーブルの上には、野花をモチーフにした繊細な絵が描かれているティーセットがある。どうやら以前クォギアが淹れた紅茶をきっかけに、興味が沸いたらしく、紅茶の茶葉と共に購入をした。


「ところで、使用人の雇用はどうなさいますか?」


 クォギアは自分のものだけでなく、カタログには住み込みの使用人向けの家具類にも印をつけていた。安価になり過ぎず、丈夫な家具を選んだが、ディルギスはそれを注文せずにいる。それどころか、配下と使用人候補の名簿には一切触れず、雇う気が無い様にさえ見える。


「ビルジュが選んだ者を、ここへは入れたくはない」

「えっ……ビルジュ様とは何か因縁でもあるのですか?」


 業者の名簿を彼に見てもらう際、さり気なくビルジュの名前を出していたが、忙しさのあまりに確認をしそびれていた。


「それは分からない。神になる際に改名する者もいるからな」


 年齢と性別、身分や経歴、前科すら関係なく、人の中から神は選ばれる。中には、名を持たない奴隷が神に選ばれる事例もあり、人として死に神として生きる事から、改名が出来るように大昔に法が整備された。

 そうでなくとも、浄化の神と救われた大衆の1人であった等、様々な立場と状況が想像できる。こればかりは、ビルジュに聞かなければ分からない。


「仕事が出来る奴のようだが、性格が良いかは別の話だ。私の意思を尊重せずに集会に出ろと配下を寄越し続けた奴を信用したくはない。職場で考えてみろ。報告した上で体調不良で休んでいる中、仕事に行こうと自宅まで呼びに来るようなものだ。気味が悪い」

「た、確かに……」


 立場が違えば、見方も変わる。

 不遇であるディルギスの立場を良くしたいとクォギアも思うが、こうして自ら行動し周囲を見て回っていくうちに、何もせずにただ来て欲しいと言い続けていたメリン達の行動に疑問が出てくる。


「おまえも、少しは警戒をする事だ」

「そうですね。気を付けます」


 言われてから、天馬馬車でメリンと2人きりの状況にあったのを思い出し、クォギアは嫌な寒気を感じた。

 思い返せば密閉された空間に若い女性と2人きりの環境を作られた事に、違和感を覚えるべきであった。ディルギスの事で頭が一杯であり、さらにおかしな噂を聞かされたせいで壁を作り、完全に距離を置いていた。状況次第では最悪な事態を招いていた。


「……おまえ、何かあったな?」

「えっ、顔に出ていましたか」

「かなり分かり易いぞ」

「そうですかね? あはは……」


 クォギアは乾いた笑いをしつつ、紅茶を飲んだ。

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