第3話

天馬馬車は30分ほど走り、目的地へと到着をする。

 ディルギスに宛がわれた神殿郡を目の前にして、クォギアは呆れて言葉も出なかった。

 門から入って手前の建物が、人々が礼拝へ訪れる聖堂。そしてその近くに、専属や使用人達の居住する別館が3棟。その奥に神殿がある。規模と土地の広さは申し分ないが、あまりに手入れが行き届いていない。庭は雑草が生い茂り、木々は枝が伸び放題。門には蔦が絡まり、なんとか1人が通り抜けられる幅しか開かない。

 中はもっと酷い有様なのだろう。


「ここまで送ってくださり、ありがとうございました。落ち着き次第、業者を雇い入れ、神殿の環境を整えます」


 トランクケースと封筒、工房長からの祝いの品を御者から受け取ると、クォギアは門へと向かおうとする。


「ク、クォギアさん!」

「はい?」


 意を決した様子のメリンは、クォギアを見据える。


「あ、あの! 神々の集会が毎月の末にあります!」


 星神城で月末に行われる集会とは名ばかりのパーティー。

 クォギアもそれは知っており、デザインの参考になるからと、やって来る神々の着る礼服を望遠鏡で眺めていた。専属となるからには、普段着だけでなく集会用の礼服を作らなければならない。

 神殿の荒れた現状に目が行ってしまい、その事を彼はすっかり忘れていた。


「本来は参加必須なのですが、いつもディルギス様は欠席されています。浄化による疲労で休まれている、とビルジュ様が擁護されていて……その、なんとかディルギス様が表に出ていただけるように、説得してはいただけませんか?」


 法の神には5人が在位している。ビルジュは法の神の中では若く、在位してからまだ10年ほどしか経っていない。彼女達も複雑な事情を抱えているようだ。


「これまで、ビルジュ様の配下である我々が話に行きましたが、聞く耳を持っていただけませんでした。でも、噂を信じず、己の意志を貫くクォギアさんなら、ディルギス様も興味を示してくださると思うんです!」


 メリンは強く訴える。

 浄化の神に不浄が常に付きまとう。その噂は、半分正しくもあり間違っている。彼らは浄化の為に不浄へと踏み入れる。不浄のある所に彼らがいる。彼らがあってこそ浄化が行われ、その結果魔獣の活動は抑制され、疫病が流行らず、気候が安定する。中には不浄によって精神が侵され暴走する種族も存在し、浄化の神は無くてはならない存在だ。

 だが地道な活動は、軽視されやすい。人はそれが当たり前になれば、感謝を忘れ、当然とばかりに見て見ぬ振りをし、ぞんざいに扱ってしまう。町を綺麗にするためのゴミ拾いや片付けのように、汚いものを処理するのは能力が下の者だと無意識に思われる。

 不浄が危険であるのと相まって、浄化の神に対して物を扱う態度を見せる者は少なからずいる。それは城に仕える使用人や裁縫師であっても。

 神になっても所詮は人。彼等の間でも冷遇されていると分かり、クォギアは神々に対する尊敬の念が揺らいだ。


「元気な姿をお見せするだけでも、神々からの評価に多少なりとも変化が生じます。今まで何か問題があっても、ビルジュ様が訴えても後回しにされ続け……ようやく悪い噂が出たからと神々は火消しを行いました。現状を変える為にも、ディルギス様が表舞台へ上がらなければなりません!」


 メリンの必死な訴えはクォギアにも理解できるが、本人の意思が重要だ。冷遇を受けて来たとなれば〈集会に参加してほしい〉と頼まれて、直ぐに〈はい〉と言える筈がない。

 一歩踏み出す勇気に、どれ程の体力と精神力を使うのか。心の傷はどれ程深いモノなのか。

 会話を重ねなければ判断できない以上、クォギアは簡単には引き受けられなかった。


「専属裁縫師の務めは、神の服を作る事です。礼服を作るには、対話が不可欠。製作には時間が掛かります」


「あっ…………そうですね。焦ってしまい、申し訳ありません」


 素っ気ないながら、長い目で物事を見ているクォギアの返事に、我に返った様子でメリンは言う。時間が掛かるとは分かっていたのに、主であるビルジュの苦労を少しでも軽くしたい一心で、ディルギスの意思を無視してしまっていた。

 自分もまた、無意識に相手を軽視していると自覚し、メリンは内心反省をする。


「何かありましたら、いつでも知らせてください」


 メリンはそう言って一礼をすると、天馬馬車に再び乗り、中央広場へと戻って行った。

 直ぐに引きさがって貰えて安堵したクォギアは、ディルギスの神殿へと足を踏み入れる。

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