第一章 25 「商人は味方につけておけ」
朝食を済ませた後、二人は領事館をあとにし商業組合に向かう。
プランドラ地区に入るとその目的地はすぐに見つける事が出来た。それもそのはず、商業組合の建物はまるで宮殿の様な大きさを誇っているのだ。それだけで、商業組合がこの世界で絶大な力を持っていることが察せる。
「でっけー…」
「ね…なんか入るのも気が引けるわ」
「もし、当組合に何か御用でしょうか?」
そう言って二人で商業組合の建物を眺めていると、背後から声を掛けられる。振り向くと、そこには白髭の老人が立っていた。口ぶりからすると、商業組合の関係者なのだろう。
「あ、はい。ちょっと用事があって」
リアが返答をする。
「ほう。こんな麗しいお嬢さん方が商業組合に…商談という訳では無さそうですな」
「ちょっとね。俺の仲間が行方不明で、商人なら情報を持ってないかなって」
アカリが用向きを伝えると、老人は成る程と頷く。
「確かに、我等商人にとって情報は命。ここ商人組合には様々な情報が集まって来ます故、訪れた選択は間違っておりませんな。それに、情報取引も商業組合では立派な商品、きっとお役に立てましょう」
老人はそう言うと、入口に向かって歩き出す。
「まあ立ち話もなんです。中にどうぞ」
「ど、どうするのアカリ?」
「ん?誰だか分からんけど組合の人みたいだし、ついてくか」
建物のエントランスホールに入ると正面にある受付に居た女性が恭しく一礼した。
「おかえりなさいませ、支部長」
「うむ、ただいま」
「って、支部長かよっ⁉︎」
思わず声を出してツッコミを入れてしまうアカリ。
リアも驚いた表情で口をパクパクさせている。
「いかにも、元気の良いお嬢さん。私が商業組合ダンドルン支部長、コーエンです」
ホッホと笑いながら自己紹介をする老人もといコーエン支部長。アカリは彼を半眼で見つめる。
「…最初に名乗って欲しかったんだけど?」
「いや、何。この街で私を知らないという人物も居ないもので。ジジイの可愛い悪戯ですよ」
食えない爺さんだとアカリは溜息を吐いた。
「まあこれも運がいいと思ってくだされば。貴方達は私のお客さんだ」
そう言って受付嬢に二人を応接室に案内するように言い付ける。
案内された応接室で、コーエンは改めて切り出した。
「改めて、支部長のウィル・コーエンと申します。先ずはあなた方のお名前をお聞かせ願いますかな?」
「アカリ・カーディナルだよ。こっちは連れのリア」
「ブエダ村のリアです」
「ブエダ…先日盗賊に襲われて廃村になったと聞きましたが。成る程、お悔やみ申し上げます」
「あ、いえ…ありがとうございます」
そのやり取りを聞き、アカリは心内で感心した。
- 情報早いな
この中世めいた世界で、片田舎で起きた出来事を既に把握していたのだ。情報収集を怠らない個人の資質なのか、はたまた何らかの通信手段を組合が持っているのか。
「それで、カーディナル殿。人探しが目的でしたな」
「そう。ちょっと特殊な事情で詳しくは話せないけど、些細な情報でもいいんだ。これから言う名前と人相の人物達の情報を求めてる」
「人物達…と言うと複数ですかな?」
「うん。ただその前に…」
アカリはジッとコーエンを見やる。
「商人にとって情報は命、ってコーエンさんは言ったよね?その命はタダじゃないのも分かるけど、俺らも青天井に金を出せるもんじゃない。まず、情報という不確かなモノを買うからには取引態様を明確にしたいんだ。そこはいい?」
不確かな情報を買わされるリスクを低減すべく、アカリはコーエンにそう持ち掛けた。
「それは当然でしょう。ご希望は?」
「まず、基本はコーエンさんが問題ないと思う範囲でいいから、こんな情報があると一部を開示、金額も示して欲しい。その中で私が気になった物を全開示。その時点で開示に対する対価として手付けを払うよ。で、改めてその情報が必要と判断したら全額払って購入。それでどう?」
「成る程。情報取引の仕方としては新しいですな。よく考えてらっしゃる。」
「でしょ?これなら俺も損しないし、コーエンさんも開示分がタダにならない」
「いいでしょう。それでしたら開示に対する対価は購入額の半額で如何かな?」
コーエンはおっとりしていた先程までとは打って変わり、鋭い目付きで価格を提示する。
「いや、総額の二割」
「それでは話になりません。情報が全て見えた時点で、その情報は鮮度を失う可能性がある。貴方がそれを誰かに売ると言う可能性もありますからな」
それは当然の危惧であろう。だが、アカリも引き下がる気は無かった。
- それでは、と言ったね?
アカリは彼の言葉尻からコーエンが吹っ掛けていると判断する。
「二割五分」
「まけても四割です」
「…こっちも継続的な取引をしたいから四割は無理。今後は人探し以外でも情報のやり取りをしたいんだ」
「ふむ、つまりカーディナル殿と取引きをすると私に良い事があると?」
変わらず鋭い目付きでポーカーフェイスを決めるコーエン。だがアカリは彼の口元がほんの僅かに動いた事を見逃さなかった。
- ホント食えないジジイ
「あんな山奥のブエダ村の事すら知っているコーエンさんが、なーんも知らないなんて事はないでしょ?」
それを聴いたコーエンが微笑む。
「え?アカリどーゆー事?」
「このジーさん、最初から知ってるんだよ。俺達が公爵様を助けて、そのまま懇意にさせてもらってる事も、あの人が後ろ盾になってる事も」
アカリは半眼になってコーエンにガンを飛ばす。
「どーせ色んな所から情報入ってて、俺達を見て察したんでしょ?」
「ええ、ええ。私の見立ては正しかったですな。しっかり気付いてらっしゃった」
商人って怖いとショックを受けているリアはさておき、アカリは目の前の狸ジジイに集中する。
「これで探り合いは終了。で?取引してくれるんでしょ?」
「ええ勿論。開示情報は三割でいいですよ」
「妥当か…良いよそれで」
「早速ですが、探して欲しい情報のキーワードを貰えますかな?それを元に精査致します」
「キーワードか…そうだなぁ」
アカリは考える。
この世界に仲間達が来ているとしたら、恐らく自分と同じ様な状況だろう。まず自分が転生した時の状況を思い出してみる。
「探している人物達は…全員女子。多分俺と同じであまり見た事ない服装か、だったか。あとはどいつもこいつも見た目可愛い」
「人相絵とかはございませんか?」
「無いなぁ…あ、時間貰えれば描いてみる」
「ほう?絵も描けるのですな」
- オタクだかんね!
人並みに絵の練習していて良かったと安堵するアカリ。
「それと、商人としてコーエンさんは信用できそうだから言うけど…」
敢えて商人としてと強調して彼の自尊心に訴える。
「風変わりなマスケットを所持していると思う」
「マスケットとは、また。魔術師ですかな?」
「ま、そんなとこ」
流石に火薬を使う銃だという事は明かさないでおく。恐らく火薬はこの世界にとってとんでもなく価値ある物だ。無駄にその存在を明かせば、無用なトラブルを産む恐れがあった。
「概ね理解しました。あとはカーディナル殿の描いた人相絵をご提供頂けたら取引を始めましょう」
「分かった。渡してから何日位必要?」
「まあ十日もあれば、手持ちの情報の精査は出来ましょう」
コーエンはにっこりと微笑む。
「期待してるよ」
「いえいえ、帝国皇帝の懐刀と言われるバレンリア公の寵愛を受けるカーディナル様と取引出来るのも何かの縁。末永く贔屓にして頂けると願っておりますよ」
寵愛という一言が非常に不本意だが、そこは黙って利用する事にする。
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