第一章 32 「真の英雄と…」
砦の中は静かなものだった。
そもそもここが見つかる事など考えていなかったのか、新たな脅威も見当たらない。
それでもアカリは慎重に進む。
ふと扉の開く音が聞こえる。
アカリは廊下の影に身を隠し、音のあった先を手鏡で確認する。
「!…あいつ確か…」
廊下の突き当たりに現れた男にアカリは見覚えがあった。
冒険者組合でアカリ達に絡み、この事態を引き起こした張本人、ユージンだ。
彼は何処か機嫌が良さそうに歩き、左手にある階段を上へと登って行く。
彼の姿が見えなくなると、アカリはその姿が消えた階段まで移動した。
- あの男は後回しだな…ムカつくけど
今直ぐに追いかけて撃ち殺したい衝動を抑えて、アカリはユージンが出て来た方を見ると、そこには重厚な金属製の扉があった。
扉に鍵などは掛かっておらず、アカリは音を立てないように慎重に扉を開いた。
「んで、リアちゃんのケツなんだが、誰が最初犯るよ?」
吐瀉物と汗の臭いが充満した地下牢の中、男の一人がそんな事を呟いた。
「あ?そりゃ当然俺だろ」
「オメェには口の初物譲っただろうが」
「最初、歯立てられたんだぞ⁉︎気兼ねなく愉しませろや‼︎」
「オメェが犯ると直ぐガバガバになるだろうが‼︎」
くだらない事で言い合いを始めた男達。
それがリアに束の間の休息になった。
- ……何で…私がこんな目に…
朦朧とした意識の中、リアは思う。
生まれ育った村も、両親も盗賊達によって失った。そして今度は気狂いの男とならず者達によって自分の尊厳も何もかも奪われようとしている。
それでも最初の悲劇は、あの美しい異世界から来た少女によって救われた。
恐らく今も行方の分からなくなった自分の事を必死に探してくれている。アカリの性格からすれば絶対にそうだとリアは信じられた。
きっとアカリは助けに来てくれる。
だが、運が自分の味方をしてくれなかっただけ。呪うのは自分の不運だけだと思うと馬鹿馬鹿しくて涙が溢れる。
- 汚れた私でも…アカリは一緒にいてくれるかな…。ううん…きっとあの人は側に居てくれちゃう…それが辛い…
不幸の中で男性不審になっている自覚はあった。だが、それを差し引いても、アカリの事を考えると胸が苦しくなる自分が不思議で仕方がなかったと振り返る。
それはまるで幼い頃に読んだ物語に出てくる少女の様な…恋する少女の心。
- 早く会いたいな…アカリ
「ッチ、しょうがねえ…テメェに譲ってやらあ」
「へへへ、悪いな。シーアっちゃんお待たせ!直ぐに気持ちよくしてやるからねぇ」
-…あ〜あ…間に合わなかったな
言い争いに決着が着いたのか、男が再びリアを凌辱せんと歩いて来る。
どうにもならないと諦めたが、せめて気丈に男を睨み付けてやろうと顔を上げた。
上げて…そして彼女は目に飛び込んできた光景に涙と笑みが溢れ出た。
刹那、リアは瞼を強く閉じる。
以前、アカリが使う武器について教えてもらった事があった。その記憶が蘇る。
「こないだ使ったのがM84閃光手榴弾。でっかい音と光出して敵を怯ませるんだ」
「これを俺が出したら、とりあえず目と耳を塞いだらいいよ!」
好きになった人の言っていた事だからか、記憶と共に自然と行動が取れる。
- やっぱり…私の英雄だよ、アカリは
手を拘束されている現状では耳は塞げず、大音響によって不快な耳鳴りと眩暈がリアを襲う。だが目を閉じていた事から、直ぐに視界は回復した。
目に映るのは一方的な殺戮…いや、彼女にとっては断罪だ。
先程までリアに凌辱の限りを尽くしていた屈強な男達が、一人また一人と呆気なく命を散らす。
獲物を狩る鷹の如き鋭い眼は怒りに燃え、烈火の如く振る舞うアカリの姿を、リアは只々美しいと見つめていた。
「…リア」
薄暗い地下牢に囚われていたリアの様子は悲惨なものだった。
鞭に打たれた背中は真っ赤に染まり、その可愛いらしい顔は男達の欲望に汚されている。
その場にいた男達を制圧したアカリはリアの元に駆け寄り、晒し台の固定具を外しにかかる。
彼女がどれだけ心に傷を負ってしまったのか、それが気になってどう声を掛けるか解らない。
その沈黙に応えたのは他ならぬリアであった。
「…耳が…キーンってする…」
いつかの森で言った同じ台詞。
「ごめん…」
普段なら言い訳の一つも言っただろうが、アカリはただ謝りたかった。
固定具が外れ、晒し台から解放されたリアが蹌踉めく。それをアカリは慌てて受け止めた。
「…アカリは…いつもギリギリで助けてくれるね…」
「…ごめんな…遅かった…ね」
「…ううん…間に合ってるよ…?」
儚く微笑みを浮かべるリア。その様子にアカリの心の棘が解放される。
「リアごめん、いつもギリギリでごめん…怖い思いをさせて…ごめんな」
アカリは涙を浮かべてリアを強く抱き締める。
「…いいの。信じてた…それに…ちゃんと来てくれた…ありがとうアカリ…」
共に心を痛めた二人。今はただ、全てを忘れて静かに抱き合った。
「…落ち着いた?」
「…うん、もう大丈夫だよ」
胸元に顔を埋めていたリアが顔を上げる。その顔は先程までとは違い血色も良く、表情も明るく見える。
それを見てやっと彼女を助けられたんだと実感が湧いてきた。
アカリはバックパックから水の入った水筒とタオルを取り出す。
「背中、応急処置しておこう。背中見せて」
「うん…」
「しみるけど我慢してな」
赤く腫れたリアの背中を冷水で流すと、リアがびくんと震えた。
「⁉︎ぃったあ」
数箇所の裂傷には消毒液をかけ最後にタオルで拭き取る。
「顔も洗っとこ?」
「うん」
そうして一応の処置を終え、ダウンジャケットを羽織らせる。
「これからどうするの?」
「…本当はこのまま脱出したいけど…落とし前は付けないといけなくてさ」
「…あの男、まだ生きてるんだ…」
リアの表情が曇る。
「とりあえず君を助けるのを優先したからね」
アカリはそう言ってライフルの弾倉を交換する。
「…私も…私も一緒に行く。あの男、狂ってた…今までもいっぱい女の子を酷い目に合わせてきたんだと思う…許せないし、その一人として見届けないといけないよ…」
震える声で訴えるリアにアカリは微笑んだ。
「今度は俺が一緒だから…大丈夫。一緒に行こう」
「…うん‼︎」
〜〜〜〜〜〜〜
バイオレンスな異世界を書くのが好きですが、リアはギリギリ助かりました。
悩んだんですけどね…!
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